ハタハタにはマギリ包丁

(11月29日)

 沿岸ハタハタがいよいよ。刺し網漁の漁民が、「安全祈願祭」をするというので番屋に御樽(おんたる)を届けた。所用がありすぐ辞去しようとすると、「ハタハタ鍋、いっぺ、け(一杯食べて)」という。
 沖合底引き漁が好調のようで、それを用意していたのだ。塩汁にネギと頭を取ったハタハタ3匹が入っていた。ブリコ(卵巣)は粒が小さく飲み込みやすい。シラコ(精巣)はプチンと割れてクリーミーに口の中に広がる。骨は外しやすく、身は淡白でありながらも脂が乗っていて美味(おい)しい。「シンプル・イズ・ベスト」つまり「単純素朴が最良の味」を改めて理解した。
 熱々の汁が体を温める。これに日本酒の熱燗(あつかん)があれば、どれだけ体が火照(ほてる)るだろうか。ビールはグイッといくだろう。けれど、車で帰らなければならない。残念。
 後ろ髪を引かれる思いで帰社しようとすると、簡易のみんじゃ(水屋)に置かれたまな板に、キラリと光るものがあった。彼が魚を切り分けるのに使う小刀だった。
 我が家はもちろん一般家庭では魚を捌(さば)く場合、使う包丁は和洋あれど出刃だろう。しかし、彼や彼の仲間は魚の骨を切るにも刺し身にするにも小刀を器用に扱う。全体で25㌢ほど、刃の長さは13㌢か。切れ味がいいから、こまめに砥石(といし)で研いでいるのだろう。
 彼らはその小刀を「まぎり」と言う。そう最初に教えられたときは、驚いた。自分も周囲も「まぎり」とは何枚もの紙に孔(あな)を開けるために使う文房具の千枚通しのことを言うからだ。それとは違う、手を使って小さな穴を開ける小型の工具に錐(きり)があり、そこから千枚通しのことを「まぎり」と呼んだものだと思っていた。
 が、千枚通しや錐と全く異なる小刀が漁師の「まぎり」なのである。後で調べると、「マキリ小刀=間切り・魔切り包丁」で、マキリとはアイヌ語で小刀を意味し、アイヌ民族が使う万能ナイフ、東北地方のマタギや日本海側の漁師が使うナイフのことであると知った。
 資源保護で今年のハタハタの漁獲枠は大幅に減った。大事に扱わなければならない。使い勝手のいいマギリを購入しようか。 (八)

 


 

「返り咲き」の執念、燃えるはず

(11月23日)

 JRにまだ寝台特急「あけぼの」が走っていた頃、上野駅近くのアメ横の居酒屋で時間つぶしに一杯引っ掛けていると、客席が盛り上がっていた。元プロボクサーの輪島功一さんが周囲を笑わせていたのだ。
 小さなその店のなじみらしい。かつての世界チャンピオンがいることにビックリ。変則右のスタイルは、上に下に跳ねるように動くので「かえる跳び」と呼ばれたが、それよろしく席をあちこち動き回り、気さくに声を掛け、こちらには、タレント業のかたわら団子屋も経営していることを教え、「団子よろしくね」とちゃっかり宣伝した。
 輪島さんを思い出したのは、22日に米国ラスベガスで行われた世界ボクシング評議会(WBC)スーパーフェザー級で、5度目の防衛を目指したチャンピオンの三種町出身の三浦隆司が、メキシコのフランシスコ・バルガスに敗れたからだ。
 「敗れざる者たち」──ノンフィクション作家・沢木耕太郎のスポーツにまつわる6つの短編を編んだ名著(1976年)に、輪島さんの物語「ドランカー〈酔いどれ〉」がある。スーパーウェルター級で既に2度の世界王者を達成し栄光の人となったが、ボクサーとしての年齢・体力の限界が近づいているにもかかわらず、3度目の返り咲きに向ける執念を「沢木文学」で綴った。
 三浦選手の戦いを、BS衛星放送WOWOWでリアルタイムに見て、応援した。詳細は記事に譲るが、相手を追い詰めて次の回では勝利を確実にするだろうと踏んでいたところ、逆に強烈なパンチを食らい、想定外のレフェリーストップのTKO負け。高速スローモーションで映し出される、パンチの強烈さと打たれた顔の歪みに、一瞬で暗転するボクシングの怖さと厳しさを、改めて知った。
 勝者の影に敗者ありであるが、終わった後の三浦とバルガスの顔は、明らかに異なり、バルガスが圧倒的に痛々しい。「三浦、敗れざる者」である。
 戦い終わって三浦選手は何を思うだろう。ゆっくり休み、故郷に帰りたいかもしれない。いや、あの輪島と同様に「返り咲き」の執念が燃えていると想像する。    (八)

 


 

ひったくり事件の驚きと不安

(11月22日)

 事件を知って職場の30代の女性は「こわ(怖)~い」と小声で叫び、60代後半の知り合いの女性は「おっかね(恐ろしい)ニャー」と眉を曇らせた。
 その後、毎日顔を合わす近所の先輩は「どうなった」「捕まったが」と聞いてきて、逮捕の報道が新聞に載った日は、「おなごがだ(女性たち)、一安心だな」と感想を漏らした。別の大先輩も「なぜ」「どうして」とあれこれ質問してきた。
 能代山本に事件事故が数々あれども、これほど驚かれ、女性に不安を広げた事件は最近なかったと感じた。能代市通町で発生した「ひったくり」である。
 14日午後10時45分ごろ、会合を終えて帰宅途中だった70代の女性が、住宅街の薄暗い市道で背後から近寄ってきた男に手提げバッグを奪われた。バッグの中には現金約3万円入りの財布のほか、携帯電話など。5日後の19日、市内の21歳のアルバイト男性が窃盗容疑で逮捕された。「金がなくてやった」と供述。
 この事件に多くの住民が関心を持ったのは、能代山本に「ひったくり事件」がほとんどなかったからである。置き引きや万引きは検挙・逮捕があるし、空き巣被害も聞くが、「ひったくり」は大阪など大都市部の事案と思いがちだ。
 それが地方、それも自分たちの地域で発生し、「ひったくり」は都市も田舎もないと驚いたのだろう。しかも高齢の女性が狙われ、高齢社会のわが地域に心配がまた一つ増えたと思わせたのだ。
 事件や事故がなく安心・安全と思われた場所で、背後から近寄られてバッグを奪われた恐怖。現金はもちろん、大事な写真や電話番号などが記憶されている携帯電話、キャッシュカードをはじめさまざまなカード、診察券も入っていただろうから、見つからなければ生活に大きな支障を来す不安──。
 ある女性は、被害者に心を寄せていた。「私だったらパニックになる」と。「転んでけがをしたらどうしよう」とも。
 家にいれば不審電話による詐欺、怪しげな訪問販売、外に出れば「ひったくり」も加わる街頭犯罪。年末に向けて、地域の防犯活動と家族や近所の見守りの重さを思う。  (八)

 


 

アラフォー結婚を祝って

(11月20日)

 数字の語呂合わせの「今日は何の日」で、11月22日は「いい夫婦の日」。その日を前に「理想の有名人夫婦」や「いい夫婦パートナー・オブ・ザ・イヤー」が発表されたが、世の人々はどんな感想を抱くだろう。
 はた目から見ても家族の内実からしても「いい夫婦」であるのは容易でない。長く連れ合ってきた夫婦は「よくぞ、ここまで来たものだ」と感慨を深くするだろう。相方が病気や事故で亡くなった人は寄り添っていたあの頃を懐かしむかもしれない。別居や離婚した人は悔恨が浮かぶか、出直しのさばさばした感情が湧くか。
 「いい夫婦」であり続けることを願って、11月22日に役所に婚姻届をするカップルが多いと若いサラリーマンから聞いた。彼の弟は困難を乗り越えて彼女と同居を始め、12月に内輪で結婚式とパーティーを開くそう。婚姻届けはてっきり11月22日だと思ったが、11月29日にするという。
 結婚記念日が「いい夫婦の日」は多いけれど、「いい肉の日」はそんなにいないだろうし、毎年、美味(おい)しい肉を食べて記念の日を刻んでいきたいということのよう。夫婦それぞれ。幸多かれと祈る。
 先日、ホットな知らせが舞い込んだ。仕事を通じて知り合った40代半ばの男性が結婚したのだ。お目出たい話を喜び、仲間内で「祝う会」を開くと、現れた彼女もアラフォーの独身であった。
 2人を知る親年代が引き合わせると、互いに魅()かれる何かがあったらしく、とんとんと事が進んだらしい。共に初婚。期するところがあったはずだ。「カンパーイ」。照れる彼、にこやかな彼女。新婚夫婦の幸せが、われらをハッピーにさせ、「いつまでも素敵な夫婦に」と心の中で願った。
 ふと、ある結婚の言葉を思い出した。「急いで結婚する必要はない。結婚は果物と違って、いくら遅くても季節はずれになることはない」(ロシアの文豪トルストイ)。同時に知人夫婦を思い出した。妻と死別した人と、独身を貫いてきた同期生が60代半ばにして縁あって結婚、幸せの笑顔であることも。
 結婚を強要しないが、出会いをどうぞ。できれば、ためらわずに早めに。  (八) 

 


 

共産党は元気、民主と維新と社民は…

(11月16日)

 14日。所用ついでに秋田駅前をぶらつくと、「戦争法案反対」と叫ぶ声が聞こえた。2カ月前に国会で可決された安全保障関連法の廃止を求めて十数人がビラを配ったり、署名を求めたり。
 ハンドマイクを持ち演説する人以外は年を重ねた人だったが、皆が肌寒さに負けず懸命に活動をしていた。共産党の面々だった。
 15日。能代市でも同様の街頭宣伝が行われた。こちらは二つの市民団体によるもので中高年を中心に約30人が参加。社民党員や党派性のない人もいたが、共産党員や支持者らが多かった。
 安保法制問題に関して県内、能代山本では共産党の反対行動が目立ったが、同党が法案可決後も継続して運動を続けていることを秋田と能代で改めて知らされた。同党と支持者のこの問題への強い意志と受け止めると同時に、「共産党元気」を感じた。
 宮城県の選挙を思い出した。先月25日の県議選で共産党は8議席を獲得して倍増、自民党に次ぐ第2会派に躍進した。民主党と社民党は議席減の後退。8月の仙台市議選では7人全員が当選、5選挙区のうち3選挙区でトップ。秋田では考えられない結果となった。
 安保法制反対と原発再稼働反対を訴えて、支持を広げたと分析されているが、自民・公明の連立政権に対抗する野党が多弱状態の中で唯一気を吐いている格好で、最近は野党連合で選挙協力する国民連合政府構想を描くほどである。
 野党の中心となるはずの民主党は安保法制をめぐり不統一感が拭えず、党内の亀裂が深まるばかりで、解党の話が出る状況。加えて能代山本では日常活動がほとんどうかがえない。
 大阪組と東京組などと分裂した維新はもともと選挙は風頼みで、県北に基盤は皆無に等しい。社民党は地方では旧社会党の支持層が残り、オールド党員もいて、一定の活動が見られるが、全国的には国会議員数が激減、党存亡の危機である。
 ゆえに、頼りない野党の中で、目に見える行動をする共産党が秋田市や能代市でも「元気」に映るのだ。それは今後も続き、地方政治に微妙な影響をもたらすだろうか。  (八) 


 

不信を広げる罪深き偽装

(11月11日)

 池井戸潤さんの小説「下町ロケット」の続編「ガウディ計画」を一気読みした。
 ロケットエンジンのバルブシステムで倒産の危機を乗り越えた東京都大田区の町工場の佃製作所が、その技術を生かして今度は心臓の人工弁という医療機器の開発に挑戦する物語。相変わらず手に汗握るが、一段と読み応えがある場面があった。偽装だ。
 佃製作所のライバル会社の新興勢力の企業が、人工心臓の開発にあたって、実験のデータ偽装に手を染めていて、「こんなことを許していたら、何人の命が奪われるかもわかりません」と内部告発者がジャーナリストに不正を持ち込み、事態は急変して行く。
 これは小説の世界。だが現実にも偽装が後を絶たず、世を混乱させている。
 先日、知人は「あれはどこにでもあること。この地域にだってある」と話していた。
 横浜市の大型マンションの傾斜に端を発した杭(くい)打ち工事問題。杭の先端を硬い地層の「支持層」に打ち込まなければならないのに、実際は行わず、他のデータを流用するなどしていたことが分かった。それが元請け・下請け施工の全国各地の建築物に広がり、また別の業者でも偽装が指摘されている。
 知人の発言は、報道から受けた建設業への不信感が増幅して、自分の住む地域の工事への疑惑につながったと言える。彼は一般住宅の土台でトラブルがあった事例を語り、それをもって「どこにでもある」としたらしい。丁寧な施工をする業者、施主と信頼関係を築いた会社が大半のはずだが、そう思われないとすれば、地元業界にとって由々しき問題であろう。
 そうこうしているうちに、秋田市に本社のある肥料メーカー「太平物産」の有機肥料の成分表示の偽装が発覚した。原価を下げるため10年以上も前から行っていたらしいが、同社製造の肥料を使った安全で美味(おい)しい特別栽培米や有機米は元も子もなくなる。
 それどころか、買ってきた肥料、さらにはオーガニックの農産物、秋田米にも「大丈夫か」「表示は本当か」などと思う。
 偽装は不信を広げる。罪深い。  (八)


 

かつてアメリカ街があった

(11月4日)

 能代市の繁華街・柳町。その通り東側の店主が、人通りが一段と少なくなったこと、特に夜の寂しさをぼやいていた。
 人口減、高齢化、地域経済の縮小、暮らし向きの厳しさ、外食や憩いの時間の節約、宴会の小規模化などが重なってのことだろう。また、区画整理や中心商店街の衰退、飲食も含めた幹線道路沿いの店舗立地などで街の姿が変わってきたことも影響していると見る。
 そこから、先日の居酒屋での会話が浮かんだ。店は西通町。かつて周辺はアメリカ街と呼ばれ、後に多くのママさんを輩出したキャバレー、ばあさんが主のように座っていたおでんが名物の酒場、都会弁を使うエキゾチックなママのいるバー、割烹着(かっぽうぎ)姿のおふくろの味の店などがあった。
 そのことが話題になると、「アメリカ街って知らない」と40代から声がした。シャトー赤坂向かい側からイオン能代店の西側をつなぐ道路付近にあった、狭くて緩い弧を描いたような道に、店がびっしり張り付いていた。映画全盛時代は人の往来が多く、能代を代表する飲食店街の一つだった。大判焼き変形の栗焼きの店が東側入り口のシンボル。
 昭和60年代から平成はじめに区画整理され、整然とした通りには今も店が並ぶが、小路の情緒と猥雑(わいざつ)さが消えたことを残念に思う人も少なくない。失われて30年も経(た)てば、知らない世代が多くなるのも時の流れである。
 ただ、われらとて「なぜアメリカ街と呼ばれたのか」は分からない。ワイルドターキーなるバーボン酒を能代に広めた「コミック」の今は亡きマスターに聞いておくべきだったと悔いる。
 小路を懐かしんで、昼の繁華街を歩いた。けやき公園東側から柳町イオン正面までは稲荷小路、そこから西に抜けるのが狸(たぬき)小路、プラザ都裏側の通りは蛭子(えびす)小路。店が少なくなったり、ビルが取り壊される予定だったり、駐車場になったりと夜には気付かない変貌(へんぼう)があった。一方で、新しい飲食ビルが出来たり、空き店舗改修して新規開店の予定も。
 駅前や東町にまで広がっていた能代の夜の街は全体として収縮しながらも生き続け、柳町や西通町に集約化すると予想した。(八)