火力3号機、久しぶりの曙光

(1月31日)

 地域に活力をもたらすはずの政策が思うに任せず、産業の話題になれば渋っ面の県幹部に出会うと、「今年はいい年になりそうだ」と明るい表情を見せていた。
 いわく─大館のニプロ、能代の火力、にかほのTDK、それに秋田のエルピーダもある、と。民間の4事例を挙げた。
 ニプロは大阪市に本社のある医療機器・医薬品製造大手。国内需要が拡大している透析治療用機器を増産するため大館工場を増設するという。新たな雇用は120人。投資総額は91億円。
 TDKは電子部品大手。円高やグローバル化などから国内生産を縮小、海外に拡大、中国には25の主要生産拠点があるが、スマートフォンや自動車向けの電子部品の生産を順次国内に切り替えるという。円安や中国での人件費高騰が背景とされる。
 県内では4年間で工場の3分の1が減り、契約を打ち切られた協力工場もある。空き施設の活用と雇用の確保で誘致されたコールセンターがずさんな経営で破綻、地域の嘆きは大きかったが、製造業の「国内回帰」でTDKも発祥の地・秋田への回帰の方向にあるようで、県の期待感も高まるというわけだ。
 エルピーダは、秋田市雄和に昨年2月まであった半導体製造の「秋田エルピーダメモリー」のこと。3年前に親会社とともに会社更生法を申請する事態となり、閉鎖も懸念されたが、アメリカのマイクロン社による親会社の買収・新会社化で、今はマイクロン秋田に改称され、400人以上の雇用が守られている。
 働く場がこれ以上なくなっては、の危機は一応脱し、逆に国内回帰や設備投資で、新たな展望が見えてくるとなれば、県幹部ならずとも顔はほころぶ。
 しかも、東北電力能代火力発電所3号機の建設は、大館のニプロ、にかほのTDK、秋田のエルピーダを遥かにしのぐ規模。総事業費約1000億円。ピーク時の工事従事者1日2000人。
 産業の低迷から閉塞感の漂う能代に、久しぶりの曙光である。が、たなぼたではなく、しっかりした経済波及につなげたい。着工は来年1月。(八)
 


モラハラと方言の罵詈雑言

(1月26日)

 知人が「なして『ほいど』と言わたがぁ」と聞いてきた。以前、小欄で「ほいど」を取り上げたことは記憶しているが、語源については忘れてしまったというのである。
 10年前の内容の一部を再掲。
 ─県教委刊「秋田のことば」から。「ほえ(い)ど」は「①乞食(こじき)②けち。『ほいとう(陪堂)』の転という。陪堂は、僧堂の外堂で食事を受ける客僧、居候になっている僧のこと。乞食を意味するのが普通であるが、あさましい様子から『欲張り』さらには『けち』の意にも用いられる」。全国分布では「食い物に卑(いや)しい人、食いしん坊」の意味があるが、能代周辺では「食い物に卑しい人」と「あさましい根性」に使うのが一般的だろう─
 実は知人、妻につい「ほいど」と言ってしまったそうだ。頂き物の寿司ハタハタを渡したところ、いきなりつまんだが、赤南蛮(なんばん)の唐辛子も一緒であったため、むせたらしい。自分より先に食べるからそうなるのだと、「ほいど」と発したのだが、それに「たがれ」を付け加えた。
 「ほいど」はまだしも、「ほいどたがれ」としたことを、「言い過ぎたかなぁ」と悔やんでいるようだった。彼は「たがれ」のほかに、「こぎ」や「けし」もつい足してしまうとも言った。
 全国各地の「悪口」を集めた「県別 罵詈雑言(ばりぞうごん)辞典」(東京堂出版)によれば、秋田県には悪口に特徴的な接辞が二つあると、分析している。
 「あえだばひやみ(怠け者)こぎだ」を使用例にあげ、ほかに「ばしこぎ=うそつき」「えふりこぎ=見栄っ張り」などを示す。「こぎ」、つまり「放(こ)く」がその一つで、ものを言うことを卑しめていう語をよく使うというわけだ。
 もう一つは「たがれ」で、「よぐたがれ=欲張り」「しけべたがれ=助平」「しんけたがれ=神経質」などを紹介。「たがれ」は「集(たか)る」が由来で、相手を罵(ののし)る接尾語となったのだろうか。
 有名芸能人カップルの離婚騒動で、夫の妻への言葉や態度による心を傷つける「モラル・ハラスメント」が問題視されている。
 知人の反省を聞いて、方言の罵詈雑言にも気を付けたいと思った。(八)
 


秋田のハタハタよ

(1月21日)

 それにしても小っちゃくなってしまった。何だか食べるのがいとおしい。でも、食いしん坊はぱくつく。「焼きハタハタ寿司(ずし)」だ。
 すると、ほんのりとした米と麹(こうじ)の甘さと酸味が口の中に広がり、続いてぎゅっと詰まった魚の旨(うま)みが追いかけてきた。塩(しょ)っぱ味も程よい。骨ごと一匹、また一匹。「湯づけまま」にもぴったり。
 その道で広く知られた人は、意外にもハタハタを漬けるのが特技。ひょんな縁でそれを当方が知り、自慢の「俺のハタハタ寿司」を3年ほど前から賞味するようになったが、いつもは正月早々なのに、今年は遅れて先日。
 彼は「漬けるのが遅くなって。それに小さくて。ほんのわずかですが…」と申し訳なさそうに話したが、わざわざ訪ねて持ってきてくれたのだから、こちらは恐縮の体でお礼を述べた。
 重石(おもし)の加減がしっかりしているためか水分が程よく抜けていて、それでいてパサパサし過ぎず、漬かり具合がいいあんばい。柚(ゆず)と生姜(しょうが)が香りと味わいを爽やかにしていて、なかなかの味わいだった。
 飯(いい)寿司で食べておいしいのだから、軽く炙(あぶ)っても美味だろうと、何匹かを「焼き」にしたのだが、小さくなり過ぎた。
 三五八(さごはち)漬けや味噌(みそ)漬けのハタハタは焼いてもほぼ原型の大きさだが、重石をかけた寿司は、焼いたり煮たりすれば小さくなる。今回は魚体が小振りであったから、いつもよりさらに小さくなってしまったというわけ。
 そこから、昨年末の秋田のハタハタ漁を思い出した。県漁協北部総括支所管内の季節(沿岸)ハタハタの漁獲量は150㌧で前季に比べて約60㌧の減少、漁獲枠に対しては6割にとどまり、過去6年間で最少。秋田県全体でも不漁のままシーズンを終えた。
 去年の暮れに出会った年金暮らしの男性は、寿司用ハタハタの仕入れ担当。そのうち大漁で値が下がるだろうとの予想が外れて、「買いそびれしそうだ」とぼやいていたが、手当てできただろうか。
 隣の青森では2年連続の豊漁で、漁獲量は秋田に迫る勢いだという。秋田のハタハタよ、次はぷりぷりと魚体が大きく、量も豊富であってほしい。(八)
 


阪神淡路20年、東日本4年

(1月17日)

 兵庫県神戸市を訪れた旅人の誰もが、この地が平成7年に大地震に襲われたとは思わないだろう。
 港の周辺には大型商業施設やレジャーゾーンが広がり、主要駅の周りの商店街はにぎわい、華やかなファッション、おいしいグルメを楽しむ人々にあふれているからだ。昨秋訪問した東京の後輩は「震災の影がまったく残っていない」と。
 自分もまた、昨年5月に所用あって神戸の街を歩いて同じ印象を抱いた。高級マンションのような高層の建物が、震災後に建てられた市営住宅であると教えられて驚いた。不可思議な立方体の建築物が大震災の記憶を風化させず、語り継ぐための「人と防災未来センター」と紹介されて、被災地であったのだとようやく実感した。
 再開発された商業地で空き店舗や空きテナントが散見されたが、都市としての復興は完全に果たしたように思えた。
 しかし、家屋の倒壊で家族を亡くした人々の心の傷は癒えたのだろうか。仕事を無くしたり、商売を再開できなかったり、新居に事業に多額の借金を抱えた住民は、どんな思いをして日々暮らしているのだろか。そんなことを考えざるを得なかった。
 講演した市長の演題は「震災からの復興と課題」であったが、災害時の選挙についてに重きが置かれ、関心はいまひとつ。その中で、記憶として鮮明なのは、被災者向けに民間などから借り上げた復興公営住宅が20年の入居期限を迎え、要介護度3以上の人や重度障害者のいる世帯に継続入居を認めているということ。住宅問題はまだ解決してはいないと理解した。
 市長はまた、震災当時を知らない市職員や市民が増えている、と危惧。「若い世代にどう伝えるか」が課題だとして、中学生サミットや東日本大震災の東北の自治体職員との意見交換、市民の震災体験の発信などを挙げていた。
 阪神淡路大震災からきょう17日で20年。復興したようで、まだ影を残す。とすれば、3月11日に4年を迎える東日本大震災の東北の被災地とそこに暮らす住民、避難した人々は…。着実な再生の道を願いつつ、教訓をつないでいきたい。    (八)
 


「ごろまろ」してもいいじゃな〜い

(1月13日)

 新年会で正月をどう過ごしたかに話題が及ぶと、「雪かきに追われた」「雪はもういいかげんにしてほしい」などのぼやきが相次いだが、「ごろまろ、ってら」という人がいた。
 旅行をするでもなく、パチンコ遊びにいくでもなく、初売りをのぞくでもなく、年始のあいさつ回りをするでもなく…。せいぜい初詣をして、あとは家で食って飲んでは、寝る、テレビをながら見する。そんな正月休みだったらしい。
 「ごろまろ」は、彼のように「ごろごろとばかりしている」ことを言い表す方言だと思うのだが、本当のところはどうなのか理解していないので年明け初調べの初勉強をした。
 ところが、「あんちょこ」(安直=アンチョクの訛)である3冊の虎の巻のいずれにも「ごろまろ」は出てこない。では、能代山本の方言ではないのか、と不安になった。
 そこで、普段はあまり手にしない「はなしことば飯田川篇」(小玉邦典著)をめくると、「ごろらまろら」があり、「なまける、ごろごろしている」とあり、使用例として「あさまから、ごろらまろらしてこのばがけ!少し手伝え!」を載せていた。
 「ごろごろ」は広辞苑によれば「人が怠けて何もしないでいるさま」。では「まろら」は。「まろ」は「麻呂、麿」で「人名に添えて用いる語」とあるから「怠け者」ということか。「まろ(円・丸)ぐ」から丸くなった様か。あるいはうとうとと眠る「微睡む」を付けて「ごろごろまどろむ」、それが縮まったのか。
 冨波良一編著「採録能代弁」には「ごろしゃろど」。その意味は①ゴロリ横になって②だらしなくゴロゴロする様に③だらだらとしているのがどうにもじゃま─とある。使用例文は「ごろしゃろてねで、おもででも掃げ」(ごろごろしていないで外を掃いていてくれ)。
 そんな風に家族に叱られているのか、そんな怠け者であってはならないと自戒しているのか、毎日、朝早くから吹雪でも除排雪に懸命なお年寄りを見かける。そんなに無理をしなくてもいいのに。
 家で少しごろまろしてはどうだろうか。家の中では厚着をして少し丸くなる「ごろまろ」で暖かく。   (八)
 


「特によろしく」に激戦の予感

(1月8日)

 昨年末の大詰め、夜の店を出ようとすると、居合わせた年上の知人から「来年は特によろしく」と声をかけられた。
 普通は「来年もよろしく」と言うところを、「来年は特に」とは?と考え込んだが、「ああそうか」と思い出した。彼は、4月の県議選に立候補を予定している人と縁戚であることを。「特に」に力を込めたのは、能代山本選挙区に激戦の予感があるためのようだ。
 そして、1年を振り返って、春の能代市議選で20代、30代、40代が上位当選を果たし、市長選では29歳の新人が落選ではあったが予想外の票を獲得、閉塞感が漂う地域に「世代交代」や「若手の台頭」を求める潮流があることを感じ取ってもいるらしい。
 県議選の能代山本選挙区は、小紙新年号でも報じているように定数4に対し、6人が出馬の意思を明らかにしている。
 現職の能登祐一氏(68)と中田潤氏(67)の2人に、新人は薄井司氏(54)、佐藤信喜氏(39)、高橋武浩氏(53)、吉方清彦氏(43)の4人。
 秋田市からあいさつ回りで訪ねてきた山本郡出身の知人と雑談すると、「県議選はどうですか」と聞いてきた。大選挙区の県都は毎回大激戦だから、そちらに関心が行きそうなものだが、それはもちろんだけれども、ふるさとの政治、政治家も気になるという。
 まして、現在4期目で東部地区を地盤にトップ当選を続けてきた自民党の武田英文氏(69)と、同じく4期目で保革を問わない個人票のあった社民党の宮腰誠氏(76)の顔見知り2人がともに勇退を決め、選挙の構図が前回、前々回と大きく変わったと見ているからである。
 政治通でもある彼は、政党や支援団体の力関係、選挙戦術、現職・新人の立候補予定者の印象などいろいろな見方を説明していたが、論戦、政策の中から「危機感をもって能代山本の明日を訴えてほしいものだ」と言い残した。
 年明け、立候補予定者の1人と出会った。こまめに顔を売り、語ることを心がけていると話した。県内の多くの選挙区が無風状態という。比して能代山本は、前哨戦が熱を帯びてきた。(八)