息子可愛い 母心に付け込む

(5月30日)

 心ある限り親が子を思いやるのは当然だが、特に母親の息子にかける情は深いと感ずる。はたから見れば、「息子はそんなに可愛(かわい)いのか」と思えるほどの態度をみせる母が多いからである。
 たとえ非行を犯しても、遊興にふけっても、きっと立ち直ってくれるはずと願う。仕事につまずき、恋愛がこんがらがってもやり直しができると心を寄せる。反省の弁も相談の言葉もあきれるほど足りなくても分かってやるのだ。
 たとえ周りから道楽息子、バカ息子と呼ばれ、母自身そう思っていたとしても。自慢の息子ならば、よけいに守りたい気持ちが高まる。男親が心配しつつも突き放す態度を取って会話なしになり、あげく「勘当だ」とわめくのとは対照的。
 結婚している女性を妊娠させ、旦那にばれて、弁護士を通じて200万円で示談することになった。しかし自分には用意できない。だから母さん助けて─。
 息子からそんな電話がきたら、普通の母親はどうするか。愛する息子が心配で心臓はバクバク、頭の中はゴチャゴチャになってしまい、慌ててお金を用立てるかもしれない。
 母さん。株の取引をして失敗した。会社の金で埋め合わせたが、バレそうだ。800万円がないと首になる。いずれ必ず返すから、お金を貸して─。
 涙声の電話がかかってきたら何としよう。息子可愛い、世間に問題が知れたら大変、ここは何とかしなければと、老後のために寄せていた預金を下ろしに走るだろうか。
 そんな母心に付け込んだ特殊詐欺が依然、収まらない。不倫妊娠に示談金を絡めて能代市では今月中旬に60代女性が450万円を騙(だま)し取られたが、28日も同様の手口で60代女性が100万円を振り込まされた。
 警察や金融機関が警戒を強く呼び掛けているのに、またもや。息子の名前とちゃんと名乗り、体調不良を事前に告げて心配させて、母親の不安を募らせていく巧妙さは、「なぜ騙されるのか」と疑問の声を吹き飛ばす。
 被害に遭った母は泣いている。本当の息子も悔しいだろう。親心をもてあそぶ犯罪集団を検挙せよ。(八)
 


 

名人はワラビのアク抜きにも

(5月25日)

 落ち着いた店でビール、相方はハイボールを注文すると、お通しに「ワラビのお浸し」が出てきた。
 店主は「ワラビだけど、いいかしら」と少し申し訳なさそうだった。客のどちらも家庭でワラビ料理を食べていそうだから飽きていると思ったのだろう。
 実際、4月からボンナ、アイコ、シドケなどの山菜を楽しみ、この頃はワラビが食卓にしばしば載るので、「店でもワラビかぁ」と内心で思った。そのことが顔に表れたのを察知したよう。が、箸を付けてみて、「こりゃ、んめ〜」と互いに発し、店主は安堵した表情を見せた。
 なぜ、「んめ」と思ったのか。太くもなく細くもなく揃っていて深緑色が鮮やか。見た目が美しかったからでもあるが、それ以上に、軟らかさが何とも言えず程よかったのだ。
 ワラビをお裾分けとして頂く場合、採ったそのままではなく、たいていはアク抜きしたもの。近所・親戚からのそれや家人がこしらえたものに、下処理の経験のない者が難を付けるのははばかられるが、どうもピッタリくるのが少ない。結局、歯応えの残る硬いワラビは醤油漬けにし、軟らか過ぎるものはマヨネーズをかけてごまかす。
 アク抜きは木灰と重曹を使う場合があるが、ゆでる、冷ます、水に浸すのタイミング・時間によって硬さ・軟らかさに違いが出てくるのだろう。
 ある農産物直売所では、ワラビの棚に「アク抜き方法(木灰の場合)」の印刷メモが添えられていた。
 ワラビ100㌘に対し木灰10㌘。▽水洗いしたワラビをたっぷりのお湯で茹でる(100㌘の場合はおよそ3分ですが、ワラビの長さ、古いか新しいかで茹で時間は前後します)▽茹であがったら、ザルにあげ熱いうちに(ここがポイント)木灰をまぶす▽まぶしたワラビが、完全に冷えてから水に浸す▽浸したら、そのまま翌日まで置いておく──
 それでもなお、「いつも上手くいかなくて」「また失敗した」との声をよく聞くから、難しいらしい。
 わが地方にはハタハタの飯寿司やタクアンなどのガッコと同様に、ワラビアク抜きにも名人がいると理解した。 (八) 
 


 

能代でロカビリーのスペシャル

(5月19日)

 当たるか当たらぬか分からなかったが、やはり申し込んでおけばよかった。そして、当たったら絶対に行って見て聞いておくべきだった。あんな豪華メンバーが、名曲の数々を感動の歌声で披露したのだから。残念。
 と、平成19年8月の小欄に書いた。それが再び。いや、あの時以上にチャンスを逃したことを後悔した。
 8年前の残念は、その年の6月21日に能代市文化会館で公開録画が行われたNHKの「BS日本のうた」。合併後の市制1周年記念行事。2カ月後の放送を見て、数々の名曲に聞きほれ、坂本冬美の「岸壁の母」と島津亜矢の「ヨイトマケの唄」の熱唱に感動したからだった。
 そして今年の後悔は、同じNHKの「新・BS日本のうた」。市制施行10年を記念した公開収録が4月23日に市文化会館で行われた。
 著名な12人が来能することは知っていた。しかし、端(はな)からあきらめ観覧を希望しなかった。
 理由は二つ。前回「はがき10枚応募しても当たらなかった」と嘆く人がいたのが一つ目。もう一つは、「千の風になって」で知られる秋川雅史が出演するが、何年か前に能代で彼のコンサートがあった日に、食堂で隣り合わせになった中年女性が横浜市からの追っかけであり、秋川をはじめ出演者の熱心なファンが全国から入場整理券を求めるだろうと予想されたから。
 5月10日は見逃したが、16日の再放送を見て、会場にいたらどんなに面白かっただろう、楽しかっただろう、と思った。
 地元能代出身の大下八郎の「おんなの宿」はやはり名曲である。ささきいさおと能代南中の生徒との「宇宙戦艦ヤマト」は力強く、「宇宙のまち・のしろ」にふさわしい。夏川りみも、門倉有希もいいなあ。
 その中でも、圧巻はかつては佐々木功の名でロカビリー歌手だったささきと秋川が「スペシャルステージ」。「恋の片道切符」「ダイアナ」やプレスリーの衣装で「GIブルース」などを歌い、ロカビリー時代を彷彿(ほうふつ)させたのにはびっくり。あり得ない企画が能代であったのだ。
 再々放送は22日午後4時30分から。お見逃しの方はぜひ。 (八) 
 


 

「したげ空」と「姉こ天気」

(5月15日)

 里山に遊んで、案内役の同期生の自宅に立ち寄り一休みすると、彼の80歳を超えた母親が、「したげ」という方言を分かるか、と聞いてきた。
 即座に、「しんたげ、なら知っている」と答えた。「しんたげ・しんたぎ」は「死ぬだけ」が訛(なま)って変化したものとみられ、そこから「死ぬほどに」、さらに「ものすごく・すごく大変」や「一生懸命」「精いっぱい」を表現する。若い人でも案外に使う方言だ。
 スポーツの試合の前に「しんたげ頑張れ」と発破をかけられたことがある。期待には応えられなかったけれど。今回の山の麓(ふもと)歩きは急峻(きゅうしゅん)な沢もあり、足はカクカク、途中息を切らして、「しんだげ」であった。
 しかし、「したげ」はそれとは違い、天候に関するものだという。それまで晴れていた空に雲が広がってきて、暗くなってきたが、そんな曇り空からやがて雨が降るような状態を指し、今では聞かないものの、彼女の父親たちはよく使っていたそうだ。その意味するところ、語源を知りたいらしい。
 こちらは初めて出合う方言。そこで県教委刊の「秋田のことば」を調べると、「したげ=にわか雨」とあったが、「能代山本地方では曇り空を意味するという」と注釈。「『吹竹(すいたけ)』すなわち竃(かまど)を吹く火吹き竹が上げる煙を曇天に準(なずら)えたものかという。曇天の天候がもっと崩れるとにわか雨(驟雨・しゅうう)になるので、その他の地域の用い方は意味変化した方を採用したものであろう」と説明している。
 能代山本では急雨を予兆させる曇り空を表し、南秋や由利本荘では通り雨のことを言うらしい。しかし、竃も吹竹も使わない時代になって、「したげ」は消えかかっているのだ。伝え残したいよき気象語であるのに。
 天気方言に関すれば、「まんず、今日だば、あねこてんき、だな」という人がいた。「姉こ天気」とは「気まぐれな天気」のことで、「秋田のことば」では「晴陰(せいいん)定まらない変わりやすい天気を女性の気分になぞらえたもの」と。
 「女心と秋の空」と類義だろう。しかし古くは「男心と秋の空」も。とすれば、「あんちゃ天気」もあってよさそうだが、それは無粋でだめか。(八)
 


 

日の目を見て喜ぶ版画の数々

(5月10日)

 専門知識はないのだが、友人に5人の画家とその油絵の価値を調べてほしいと頼まれたことがある。
 一人は秋田県出身の著名な画家だが、ほかは初めて聞く名前。絵画愛好団体の知人から美術年鑑を借りて調べると、数々の受賞歴があったり、所属団体の幹部だったりと、その世界では高名である。
 評価を依頼してきた彼は、懇意にしている高齢の人から「飾ってくれ」と渡されたという。地方の資産家は絵画の収集家なのか、画家たちの後援者だったのか。しかし、それらの多くは展示されることなく眠っているらしい。老い先短い。それならば、信頼すべき年下の人に今のうち預けた方がいいと判断したようだ。
 世の中に、さまざまなコレクターがいる。眺めて想像を膨らませて満悦して。けれども、多くの人に見てもらうという機会はあまりない。相当のお宝でない限り、日の目を見ないで消えてしまうことが多いと思われる。
 三種町の旧鯉川小を活用した橋本五郎文庫に、「著名画家大版画展」のコーナーが設けられた。
 文化勲章受章の加山又造の「西洋人形」、同じく片岡球子の「めでたき富士」、小説も書いた池田満寿夫の「ミス・ペティの受難」、ジョアン・ミロの「マッソンへ捧げる」、マルク・シャガールの「以心伝心」をはじめ木版画・銅版画・リトグラフ、シルクスクリーンなど35点。
 同町鹿渡出身の佐藤洋一さん(76)=秋田市在住=が寄贈した半分だ。損害保険会社に勤めていた佐藤さんは北海道勤務の30代に北岡文雄の木版画にひかれ、版画がサラリーマンの収入で購入できる 範囲の価格であることから収集を始めたという。
 橋本文庫に寄贈を決めたのは「ふるさとに恩返しをしたい」ため。兄弟が多く、旧琴丘町から給付型の奨学金を得て高校に通ったそうで、今日あるのは「ふるさとのおかげ」。同文庫が交流拠点となっていることを知り、申し入れたという。
 過疎の農村に図書館があること自体珍しいが、そこに名だたる作家の版画の常設展示。地域住民の誇りであろう。佐藤さんの家で埋もれていた作品も公開されて喜んでいるように見えた。(八)
 


願人踊の面白さにはまって

(5月5日)

 一昨年の5月5日の「こどもの日」。天然秋田杉を彫り込んだ長さ1・8㍍余の大鯉のみこしが練り歩く、三種町浜鯉川の「鯉まつり」を見物した後、さらにドライブして隣町の八郎潟町に入ると、真坂地区の商店前で、派手な装いの男性数人が踊っていた。
 「願人踊(がんにんおどり)」だった。
 テレビニュースなどで一日市(ひといち)神社の奉納芸能であることは知っていた。平成24年秋にJR奥羽本線を走ったC61の「SLあきた路号」の試乗で八郎潟駅の歓迎行事としてチラリと見た。
 さらにいえば、四半世紀も前に宮沢海岸に海水浴に行った時、八郎潟町から来たと思われる海水パンツ姿の若者たちが、奇妙に動いて「願人踊」だとして仲間内から受けようとしていて、その光景を眺め笑った。
 しかし、人家の前で門付(かどづ)け芸能のように披露するのを見るのは、初めてであった。
 女物の長襦袢(ながじゅばん)、紫の頬(ほ)っかむり、手甲に前垂れ。男のその姿さえ奇天烈(きてれつ)で可笑(おか)しいのに、曰(いわ)く言い難い奇妙で力強い踊り、それが早い拍子になって鈴の音も軽やかとなれば、見る側も楽しくなった。デジカメでパチリ。
 続いて、赤いフンドシが鮮やかな山賊が、これぞ田舎の爺(じ)っちゃから金を奪い取ろうとする寸劇。秋田弁ふんだんで、観客を笑わせるツボも心得た名演技であった。拍手喝采して、一気に「願人踊」ファンとなった。
 それで、昨年10月の国民文化祭。八郎潟町町民体育館での「願人坊主が伝えた民俗芸能の祭典」に出掛けたのだが、会場はほぼ満席、知った顔も何人かおり、能代山本からも結構いたとみた。
 願人踊りは伊勢・熊野信仰の普及のため、願人坊主が村回り芸人となって日本各地に伝えたものという。八郎潟町には260年前の江戸中期に伝えられたとされる。
 小島願人踊(宮城県登米市)、駒衣の伊勢音頭(埼玉県美里町)、願念坊踊(富山県小矢部市)も披露され、その広がりを知らされたが、八郎潟の願人踊が最も躍動的であった。それはなぜか。
 黄金週間も終盤。桜のない今年の「安・近・短」の旅は5日、再び「鯉まつり」と「願人踊」に農産物直売所巡りといこうか。(八)
 


山菜も山野草も〝てらえぢめん〟

(5月1日)

 4月29日は昭和の「天皇誕生日」、平成に入って18年までは「みどりの日」、以降は「昭和の日」の祝日であるが、自分にとってはここ10年ぐらい「山菜採りの日」だ。
 ことしもアウトドアの師匠と名人の3人で、白神山地の麓に出かけた。準備万端のはずが自分は軍手を、師匠はカマを忘れるなど寄る年波による「物忘れ」を互いに苦笑いしながら、沢を下り上り、渓流を渡り、林道周辺を歩いたのだが、師匠は「てらえぢめん、だな」と叫んだ。名人は「んだな」と相づち。
 初めて案内してもらった日当たりのいい斜面には、素人でも見分けが付くアイコがそこにもここにも、それも大きく伸びて、中には「おがり過ぎ」も。「ほら、そごさあるど」と指摘されて摘んだボンナも、見渡せばそこここに。いずれも、家族で楽しめる量の「ひとがだぎ」を頂いた。
 去年の場所では、山ウドがいつものように待っていて、太い食べ頃を少し恵んでもらった。笹藪(ささやぶ)ではタケノコが顔を出し、中にはニョッキリも。小指か薬指程度の太さをポッキリと折った。
 実は4日前に、里山で遊んで育った同期生に誘われて、彼の実家近くの自然を楽しんだ。その時、タケノコを少し採ったが、本当に細い「ホソダケ」だった。場所は違うとはいえ、今度は「ナワシロダケ」ぐらいに太くなっている。とすれば、そろそろ苗代の時期か。
 疎い知識の山野草で、わずかに分かるニリンソウもヒトリシズカもシラネアオイも咲き乱れていた。キクザキイチゲは可憐(かれん)な白、薄紫を見せ、珍しい濃青紫に案内された時は、その神秘的な美しさに息をのみ、慌てて携帯写真にした。
 いつもの年は、厚着をして出かける山菜採りも自然散策も、ことしは薄着、小一時間もしないうちに汗ばむほどである。ここ数日の春を超えた初夏の陽気は、里山の山菜を一気に生長させ、花を繚乱(りょうらん)にさせている。
 「てらえぢめん」の「テラ」は「てらりと=全て」で、「エヂメン」は「一面」の訛(なまり)。つまり、「いっしょくた」「あっちもこっちも一面で」「そこら辺全部が」を言い表す方言。わが地域の今の季節にぴったりだ。    (八)