野球もバスケも熱い夏

(7月31日)

 29日夜、顔なじみの昭和22年生まれの人はいつになく饒舌(じょうぜつ)だった。いきなり「バスケットいけるのでは」と。
 畠町通りの能代バスケミュージアムに寄って、全国高校総体(インターハイ)の能代工の試合結果を尋ねると、122─80で奈良育英を圧倒、初戦を突破したと知り、それを語り始めた。
 常勝チームもこのところ全国大会では優勝から遠ざかり、早い段階で姿を消すこともあるから、この調子で勢いづいて、上位に進んでほしいという思いがあるのだろう。こちらは既に1回戦の結果をつかんでいるのに、熱心に教えるのである。
 彼は、続いて「勝てば59年ぶりだよ」と。全県少年野球で彼の母校・能代一中は準決勝で天王を下した。決勝進出は昭和54年以来36年ぶり。決勝で稲川を破れば半世紀を超えた栄冠である。そのことを興奮気味に繰り返した。
 能代一は戦後黄金期を迎えた。昭和24、25、29、31年優勝、26、27年準優勝。「強い一中」を伝えられ、憧れたのだろう。その後、彼の年代を含め全県出場はあったものの、昭和54年に準優勝した以外は、目立った年はないので、余計に期待が膨らんだらしい。そこから野球で活躍した同期生や先輩の名前やその後、そして高校の甲子園出場を含め尽きることなく語った。
 30日、能代一が優勝した時に選手だった親類を思い出して、電話した。彼は59年前ではなく61年前だった。春先、能代二に敗れた悔しさをバネに練習を重ね、郡市大会を制して全県出場の切符をつかんだという。
 すると、知人から仕事場に電話。「一中と二中が全県で決勝を戦ったことを知っているか」と、昭和25年のこと。能代一が3─2で能代二を下した。「八橋の田んぼを走って球場に向かったよ。懐かしいなあ」。一中と二中が今も昔も良きライバルであることを改めて分かった。
 ちなみに能代山本の全県優勝は能代一の4回のほか二ツ井(昭和52、54年)、峰浜(平成元年)、能代二(同4年)、八竜(同8年)、東雲(同22年)。
 能代一は惜しくも敗れてしまったが、東北大会に出場する。球児の熱い夏は続く。バスケットもまた。 (八)


 

「上司に逆らえる?」と問われ

(7月26日)

 「あれって粉飾決算じゃないの?」と、経済の動きに関心を寄せる女性が聞いてきた。東芝の問題である。
 経営トップの関与の下、組織ぐるみで利益をかさ上げ。その額は3社長が在任中の5年間で1562億円。新聞やテレビは「不適切会計」と報ずるけれど、利益を偽ってきたのだから、過去の著名企業の粉飾決算と同じではないのか、との疑問だ。
 ふと、数年前に再会した知人の疲れた表情を思い出した。
 彼が役員をしていた会社は、トントン拍子で成長し上場企業となったが、決算を粉飾したとして金融商品取引法違反の疑いで証券取引等監視委員会から強制調査を受けた。上場維持のため財務を良好であるように見せかけたとされた。
 彼がどれほど関わりがあったのかは知らない。しかし、役員の責任はある。「大変だったな」と声を掛けるのが精いっぱいだったが、その後、苦い経験を背負いつつ、新しいスタートを切った。陰ながら応援。
 地方では無名ともいえる彼の会社と、日本を代表する大企業の東芝と、どれほどの違いがあろうか。新興と名門で罪科に差がつくのか。会計の専門家に聞くべきだが、質問した彼女にはとりあえず、「粉飾決算だろうな」と答えた。
 もう一つ、問われた。「上司に逆らうことって、できるの?」と。
 東芝問題の背景には、「当期利益至上主義」と「目標必達のプレッシャー」に「上司の意向に逆らうことができないという企業風土」が指摘されているが、その3番目の改善に個人でも組織でも一般的に立ち向かえるのかどうか─。
 「そうしたら左遷か閑職に追いやられるか、出世が望めないかだろう」と即答した。民間企業も行政も、地方の中小企業も役所も、トップの誤りを正すことは極めて難しく、抵抗した正当な部下が排除される人事を見てきたから。「倍返しだ」と叫ぶ半沢直樹のような人物には出会ったことはない。
 危機管理の専門家から24日、評論家の故草柳大蔵氏のこんな言葉を教えてもらった。「組織も人も自己観察の能力とモラルを失ったところから崩壊が始まる」。世のトップや幹部に贈る。(八)


 

バスケの街にやってくる

(7月21日)

 バスケットファンにとって能代は「憧れの地」であると、2度書いたことがある。
 最初は、5年前の秋に白神山地と五能線沿線を旅し、能代できりたんぽ鍋に舌鼓を打った東京の夫婦の話。
 奥さんは鹿児島県出身で、高校時代にバスケットボールに励み、部はインターハイに出場した。その時、男子で優勝したのが能代工。地方の学校の快進撃に感動したそうだが、風の松原に行く途中に能代工高の前を通って、「校舎を見ただけで感激。だって聖地なんですもの」と興奮したことを紹介した。
 もう一つは3年前の春。群馬県在住の女性が能代に宅配便を送ろうとした際、担当の青年が「そろそろ能代カップですね」と声を掛け、いつかは名門・能代工業のある地を訪れ、「能代カップ」を見てみたいと述べた、というエピソードだ。
 こうした「伝説の能代工バスケ」「バスケの街のしろ」「能代カップ」に関する話題は、案外あちこちにあるらしい。そのことを先日、実感した。
 11日と12日、能代市落合のアリナスで開かれた「ドクターズバスケットボールフェスティバル」というイベントである。
 同市のNPO法人ミライ10(大塚満彦理事長)の企画。能代にやってきた全国各地の医師が、地元のナイトリーグの選手や高校バスケ部なとど交流試合を行い、テーピングの指導もした。
 月刊バスケットボールの元編集長の島本和彦さんが2年前に千葉県で開かれた日本医師バスケ大会に招かれた折、参加者に「能代でバスケを」と呼び掛けたのきっかけだそう。 
 2回目の今年、集まったのは9人にとどまったが、皆、青春時代に戻ったかのように、溌剌としたプレーを見せ、楽しそうであった。
 岡山県から参加した医師は62歳とは思えぬ若さ。「来年もぜひ能代に来たい」。千葉、新潟、東京からも。「能代での交流を、自慢しまくります」「(練習風景を見学した能代工体育館の)シューズの引っかかり感に本当に感激した」「大学の学生を連れてきたい」の感想が続いた。
 「バスケの街」で活性化を─と長く論議が続いたが、外から人を呼び寄せる方向が見えてきた。(八)
 


 

やはり夏は虫にご用心

(7月15日)

 窓を開けたわが編集局に時折、虫が飛んでくる。そのたびに女子社員は「キャー、ムシ、ムシムシ」と叫び、居合わせる男性記者らが何かを振り回して追い払うが、ビビったへっぴり腰もいる。
 虫を見るだけで怖がり逃げる人もいれば、慌てず騒がず対処する人がいる。沈着にやっつけるシューター(狙撃手)がいる一方で、空振りを繰り返すヘタッピーもいる。
 人によって虫に対する温度差が大きく異なるが、概して若い人は虫を怖がり過ぎ、有害か無害かをあまり判別できず、対策もよく知らないのではないのか、と感ずる。
 遠い昔、食卓や台所に蝿(はえ)、それも見るからにおぞましい光沢の銀蝿が飛び回って、捕まえるためにベタつく紙・リボン、さらに毒キノコまで用意された。水たまりにはボウフラが湧き、夜ごと飛び交う蚊(か)に刺されるので、蚊帳(かや)を吊(つ)り、蚊取り線香に火を付けた。
 一方で、野山や近くの雑木林にカブトムシやクワガタ、トンボを捕まえに行き、コオロギやキリギリスを虫かごに入れて鳴き声を聞いた。
 そんな少年時代を過ごした世代から見れば、今は虫と向き合うことが少ないと思う。し尿や下水の処理などの生活環境が改善され害虫は以前ほど発生しないし、ゲーム機に没頭して虫取り遊びをする子どもたちを見掛けないから。
 だから、虫を見ると大騒ぎするのだろう。それを、冷笑したためか、虫刺されのバチが当たってしまった。
 干天で、しおれ気味の庭に水やりをしていたところ、左腕にビリッと痛み。見ると、長袖ポロシャツの上にハチがいた。振り払ってシャツをめくると、赤く刺さった跡。
 いきなり口で吸ってペッ。水洗いした後、薬を探すと抗生剤の軟膏(なんこう)はなし。取りあえず保冷剤で冷やしたものの、次第に痛みが増し腫れてきたので、皮膚科に出掛けて、注射を含めた治療を受けた。包帯を巻くこと3日。
 スズメバチだった。その襲撃地の近くの梅の木に、白い斑点が特徴のカミキリムシがうごめいていた。食害が心配。種類は分からないが蛾(が)も出てきた。県内ではマイマイガの大量発生の情報。やはり虫にご用心を。(八)


 


旬のベリーケーキの出来上がり

(7月12日)

 甘かったり、酸っぱかったり。爽やかな味を運んでくる。けれど小さい。一つ一つ摘んで口に放り入れても、面倒臭い。そこで思いついた。ケーキの材料にしようと。
 といっても素人。スポンジもクリームも作れない。そこで、テレビコマーシャルに出ていたコンビニのロールケーキ(1個150円)を購入。クリームの上に円状にブルーベリーを大粒と小粒を9つ飾る。その内側に赤とピンクのラズベリーを2つずつ、真ん中に薄緑のスグリ一つ。隙間を埋めるように小さく可愛いアカスグリを散らす。ただベリーを置いただけの色鮮やかなケーキの出来上がり。
 スプーンでスポンジとクリームとベリーをすくうようにして取り、口に入れる。柔らかなクリームとしっとりと焼き上がったスポンジにベリーがそれぞれ甘酸っぱさを絡めてきて、「いげるでがぁ」と1人満足した。左党が、急に甘党になってしまった。
 このベリー、小学校の同級生の産。数年前、およそ果樹に縁のなさそうな彼が、忙しい民間企業に働きながら、自宅庭で育てることを趣味にしていると知った。今春再会の折に、「まだやっているか」と聞くと、継続中で10種類ぐらい栽培しているとのこと。その実力のほどを、小さなパックに入れて持ってきたのだ。
 薄緑のかなり酸っぱいスグリを口に入れて、昔がよみがえった。駄菓子屋で茶碗1杯5円とか10円で売っているのを買って紙袋に詰めてもらったこと、たくさん食べると「ゲッツとぱっと」(尻が閉じる=大便が出なくなる)と注意されたこと。中学校の裏の公園に、部活をさぼって取りにいったこと、などを。
 ブルーベリーを齧って、「瞳がすっきりするかしらん」と思った。含まれるアントシアンは視覚機能の改善に効能があると健康情報が盛んに流されているから。ラズベリーを頬張って少しでも若返るかと期待した。ポリフェノールたっぷりで生活習慣病予防やアンチエイジングにいいと宣伝されるから。
 身近に新鮮なベリーがあることは、うれしい。彼のようにとはいかないが、何か植えてみようか。それよりも、栽培農家が増えてくれればと思う。(八)


 


ああプレミアム商品券─

(7月7日)

 「まあ大丈夫だろう」と、3日正午すぎに能代商工会館に出かけ、一応並んだ。しかし前には70、80人。係の人は「無理かと思われます」。偶然一緒に並んだ同期生は「やっぱり、だめか」と諦め顔。間もなく「あと1人で本日分は終わりです」。みな散り散りに帰った。
 能代市のプレミアム付き商品券の初日の販売。1万円で1万2000円の買い物ができる。今時2割増の価値の商品券はない。誰だって手に入るのであれば欲しい。こちらはくたびれた革靴を新しくしたいのと、美味(おい)しいものを食べたいなどと、お得な商品券を求めようとしたのだが、甘い考えであった。
 早い人は午前7時前から、発売開始の10時には500人以上が並んで、この日の1億3600万円は完売。「行列もなんのその」との必死さがなければ、どだい購入は無理なのだ。
 翌4日の土曜日。発売開始の午前10時に駅前周辺をのぞいてみると、またもや長蛇の列。みな1人上限の10万円いっぱいを求めるそうで、そうすればこの日の8000万円は、800人が並べばほぼ終わり。最後尾のプラカードの後ろに100人以上はいたから、またもや無理で諦めた。足運びのおぼつかないともに80代の姉妹と出会ったが、「なんとなんと、全然やずがねがった」と大ぼやき。
 5日の日曜は所用で不在。後で聞くと、午前8時に並んだ夫婦は、滑り込みセーフの20万円購入だったという。簡易椅子に日傘、飲み物を持参して備えたらしい。
 最終日の6日は月曜。「平日が狙い目」と言う人もいたが、あにはからんやこの日も人、人、人。「早く並ばないと購入できない」の心理が広がり、結局は最後まで過熱状態だった。
 そこから何が見えただろうか。特典商品券で、生活を少しでも楽にしたいという、市民の厳しく倹(つま)しい暮らしがあるだろう。並んだ多くは高齢者。タンス預金(眠ったお金)がこの能代でも多いと推察できる。
 一般分に子育て世代、市税非課税世帯を含めて大量の商品券が出回る。地域内消費が停滞する地域経済を刺激し循環することを願う。(八)


 


いっぺじゃまこ、頑張れ

(7月4日)

 「いっぺじゃまこ、だども大したもんだでが」。サッカー女子ワールドカップの準決勝で、なでしこジャパンがイングランドを2─1で下し、「勝利の美酒」を味わっていた先輩が方言を使って称賛した。
 イングランドの平均身長は169㌢。対して日本は164・8㌢だが、肩幅も、身体の厚みも外国勢に劣るので、身長差以上に小さく見える。
 ペナルティーキックを決めた宮間あや主将は158㌢、前線にクロスボールを上げ、決勝点となるオウンゴールを呼び込んだ川澄奈穂美選手は157㌢、途中出場で流れを変えたフォワードの岩渕真奈選手は155㌢。
 組織プレーでピッチを走り回り、大柄な相手をかわしてボールをつなぎシュート、ピンチには果敢に滑り込んでカバー。小さき牛若丸が、仁王のような弁慶と戦っているようでもあった。そのことを「いっぺ、じゃま、こ」と表現したのだ。
 各種方言辞典に「いっぺじゃまこ」は見当たらないが、分割すれば、「じゃま」は「背丈・図体・背かっこう」。「い(え)っぺ」は「いっぱい、たくさん」の意味。「こ」は秋田弁の特徴である名詞の語尾に付ける「コ」。
 それがどうして、身長の低い人を言い表すのかは分かりにくく、勝手な推測をするしかないが、「いっぱい」は「精一杯」や「一杯一杯」である場合、つまり限界であることを意味するので、「いくら伸びてもそれが限度の身長」になろうか。
 身長が低く小さく見られる人が、政治や経営やスポーツ・文化で活躍したり成功すると、能代山本では「いっぺじゃまこ」と陰口を言うことがあるが、それは彼・彼女より「おっきジャマ=大きな図体」した者のやっかみであり、ひがんだ心の表れと思う。
 逆に「いっぺじゃまこ、だどもな」と体力的なハンディを乗り越える努力をたたえて使う人もいる。例えば能代工業高校バスケットボール部で背が低くても走って高さへの挑戦を続けた名ガードたちを言う際にである。
 なでしこジャパンの2連覇を懸けた決勝は6日。アメリカを相手に「いっぺじゃまこ、頑張れ」と能代からエールを送る。(八)