ラグビーに石山次郎あり

(9月29日)

 ラグビーワールドカップの日本代表の活躍で、にわかに熱が高まり、フルバックの五郎丸歩選手のキック前の両手を組む仕草のテレビ放送などを見るにつけて、青春時代に焼き付いた名場面や名選手を思い出す。
 かつて1月15日の「成人の日」恒例の大学1位と社会人トップが日本一を懸ける選手権が人気だった頃、テレビ観戦でわくわくし手に汗握った。わけても「北の鉄人」と呼ばれた新日鉄釜石の昭和53(1978)年から59年まで7連覇だ。
 お隣の岩手県のチームが出場するとなれば、東北のよしみから応援したくなるのは自然なことだが、そこに大学(明治)の超スター選手の松尾雄治が入ったのだから期待感が膨らんだ。
 そして、スターティングメンバーの中に、出身「能代工業高校」を見つけ、感動し、うれしさがこみ上げてきた。「石山次郎」。スクラム最前列の左、1番プロップ。当時、能代工高はバスケットで全国制覇を果たし、全国にその名をとどろかせていたが、ラグビーで社会人トップに選手を輩出するとは信じられなかった。
 石山さん(58)は、旧二ツ井町切石出身。能代工高では主将を務め、51年3月の卒業と同時に新日鉄に入社、練習熱心でメキメキと力を付けた。バックスの華やかさの陰に隠れて、フォワードに強い印象は抱かなかったが、名解説者の日比野弘さんの「石山らの素朴で地味な活躍が光る」の説明にうなずいた。
 昭和63年に引退するまで、日本代表歴を示すキャップ数は19。55年には英国ウエールズ協会が選抜した世界ベスト15に選ばれ、「寡黙なる勇士」と称されている。
 新日鉄釜石の部活動は幕を下ろし、14年前に地域密着型のクラブチーム「釜石シーウエイブスRFC」に生まれ変わったが、石山氏はNPOスクラム釜石の代表を務めていた。
 震災・津波で大きな被害を受けた釜石・岩手・東北にラグビーをはじめスポーツで復興支援活動をする組織で、釜石ツアーや少年大会を実施している。
 能代に「ラグビーの石山」がいたことを誇り、胸に刻み、4年後に釜石でも行われるワールドカップに思いを馳せる。  (八)


 

国会前の抗議、能代山本の人々

(9月24日)

 集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法案が参議院で19日未明に成立。その朝のテレビは、東京・永田町の国会議事堂前や周辺に集まった法案に反対する市民の成立時の様子を伝えていた。
 インタビューに答える人の中に、見知った顔があった。地域おこし活動に積極的に取り組んでいる山本郡内の70代男性。居ても立ってもいられず上京、抗議活動に加わったと述べていた。政党色の薄い印象の人が意を決して参加したところに、法案への不信感の強さを改めて知らされた。
 同時に、東京圏に住む先輩を思い出した。8月に「秋は〝平和〟法案のラストのピーク。9月は3回は、国会へ行くつもり」と話していた。
 70年安保前後の「闘争の時代」に浸かった人は、法案に危機感を覚えて、青春の熱がよみがえったのか。ただし、「戦争法案」のレッテルは貼らず、「〝平和〟法案」と平和の有り様に疑義をただしてちょんちょんマークを付けているから、民主党や共産党、社民党と一線を画す思想がある。
 それで、本当に参加したのか。すると今週、14日と18日に国会に行ったと伝えてきた。そして短い報告も。
 「国会前のでかい通りに『入れろ』『入れない』のやり取りがあって面白かった。でも18日からは警察側の構えが本格的になって、バスと制服のバリケード、逮捕者も出て『やっぱり』でした」
 「昼から午後6時30分までは老人が圧倒的なのですが、6時45分頃からは30代40代、子ども連れが続々。(学生団体の)シールズは最先端なので、あんまりお目にかかれなかったのがむねん」と。
 かつての緊張感はなく、むしろ野次馬型参加の印象が受けたが、それもまた意思表示なのだろう。そして、若い世代の政治への関心の高まりに期待を寄せてもいると分かった。
 選挙では自民党支持の保守本流の友人が苦笑いして教えた。都会に出た息子が妻とともに国会前デモに参加していることを知らされた上、反対の態度を取るように説得されたと。子は子、親は親の考えを貫くらしい。
 能代山本の人も参加した国会前の抗議のうねりは続くだろうか。一過性か。(八)


 

シュノーケリングの悲報

(9月20日)

 冬の鈍色(にびいろ)の荒海に心塞(ふさ)ぐ北国の人々にとって、南国のブルーな海は明るい。見るだけでも満足するが、ボートやカヤックに乗ったりのマリンスポーツ、珊瑚礁(さんごしょう)や熱帯魚を観察するレクリエーションはさらに楽しい。

 23年前、仲間と沖縄本島を旅をし、用意された「体験型」の企画のシュノーケリングに初めて挑戦した。ステッキ型の水中呼吸用パイプを口にくわえ、水中眼鏡に足ビレのフィンを着けて遊泳するレジャー。プールで30分ほど指導を受けた後に、ボートで海のポイントに乗り付け、インストラクターに見守られながら海へドボン。足をパタパタさせて回った。

 岩館や青森西海岸で夏に素潜りしたが、息が続かず海の中を探るのは難儀。対してシュノーケリングはパイプに水が入らないよう気を付けてスー、ハー、スー、ハーと呼吸を上手にして浮いていれば、いくらでも海中をのぞくことができる。

 海面から差し込む光に当たってピンクや紫を神秘的に見せる珊瑚に息を飲み、手の先に群れるようにいる縞模様や黄、青が輝く魚たちにわれを忘れて、追いかけるように進んだ。忘れがたい思い出の一コマ。

 それで、シュノーケリングを再び楽しむとか、ボンベを付けた本格的なスキューバダイビングにのめり込むとかしたのかというと、そこには至らなかった。体力的な自信もなかったし、南国は旅をしてもマリンレジャーの機会もなかったからである。

 ここ10年ぐらいは毎年1回は顔を合わせ、つい2週間ほど前に向かいの席で懇談したばかりの知人が18日、急逝した。

 沖縄県内のある式典に出席の折、離島近くでシュノーケリングに参加していたところ、溺れたという。北海道の人は、珊瑚礁が広がる人気スポットに興味を抱き、63歳をおして挑んだのだろうか。元気な顔を思い出しながら驚き、悲嘆にくれる。

 手軽なシュノーケリングによる水難事故が沖縄をはじめ各地で増えている。素晴らしさの裏側に危険が潜むことを、南の海に憧れる北国の人々はもっと理解するべきである。知人の無念の悲報を知らされて思った。(八) 


 

決壊、常総市と43年前の能代

(9月15日)

 北関東と東北の各地に被害をもたらした水害。行方不明者の捜索が続く茨城県常総市では鬼怒川の決壊がなぜ起きたかと避難の在り方が問われているが、その報道に触れて、わが地域のあの日あの時を思い出す人が少なくないと思った。
 「能代市の守る生命線というべき米代川がついに決壊した。増水に次ぐ増水で亀裂を生じていたが、午後一時二十分ごろ、轟音(ごうおん)とともに堤防は崩れ落ち、あっという間に不気味な濁流が津波のように押し寄せ、ウズを巻いて中川原住宅地を呑(の)み込んだ。望楼のサイレンが危険を知らせて、けたたましく鳴り響く。逃げ惑う住民。避難を叫ぶ警察官。一瞬にして地獄絵図になった」─昭和47年7月9日の様子を伝えた本紙記事である。
 合併前の旧能代市の被災者は1546棟、1669世帯、6363人。しかし、死者は1人もいなかった。
 県北地区は記録的な豪雨に見舞われ、市の災害報告書によると、8日夕から各地で道路冠水の交通不能、午後9時には中川原地区全住民に避難命令、9日未明に二ツ井町から米代川堤防越流の連絡、午前6時すぎに下流域の川沿い住民に避難警報、市職員の全員避難招集、災害対策本部の設置と続いている。
 今回の常総市の対応と単純には比較できないが、時系列に見れば43年前の能代は相当の緊張感を持って対策に当たったと見て取れる。実際はわが身を顧みず舟を出して救助した民間人の活躍もあったが、犠牲者ゼロは特筆すべきだろう。
 昭和24年、同31年と続いた大火やその後の小規模な水害、工場火災などの経験から、行政にも住民にも「避難せよ」「逃げる」の備えがあったと思われる。昭和58年の日本海中部地震では津波で能代港の工事作業員が亡くなる惨事となったが、昼時にかかわらず火災が1件も発生しなかったことにも、住民の防御意識がのぞく。
 8年前の9月の米代川水害の際は能代市天内、中川原、二ツ井町で指示に従って多くの住民が避難、また発令がなくても自主避難した地区もあった。
 能代には辛い災害史がある。けれど教訓が風化せず、つながっていると誇る。(八)


 

会いに行こうスギッチ、くまモン

(9月10日)

 首都圏に住む能代出身者と再会すると、「スギッチどうなった?」と秋田県の公式マスコットキャラクターの「その後」を聞いてきた。「使われるみたい。ただし出番は少なくなりそうだが」と答えると、少しほっとした表情を見せた。
 この春、彼女はこんな問い合わせをしてきた。「スギッチ、リストラされるの?。可愛いいのに。好きだったんだけど…」と。秋田杉をイメージしたためか手足があまり動かず、県が新たなキャラクターをデビューさせる計画を進めているというニュースが、インターネットで〝解雇問題〟に発展したのを受けた心配だった。
 その新キャラクターが先月29日に発表された。この頃の秋田の観光を国内外に強烈にアピールするものといえばアレだから、何となく予感していたのだが、やはりその通りで、「なまはげ」の登場。赤い顔に黄色の髪の子ども型ロボットで、近未来から秋田をPRするためにやってきたという設定。秋田弁が好きな食いしん坊でもあるという。現在名前を全国から募集中で、10月に着ぐるみデビューする。
 さて、スギッチと新キャラのなまはげ。佐竹知事は「スギはドシッと構え、ナマハゲは活発を売りに使い分ける」と述べたそうだ。しかし、千葉県の「ふなっしー」、熊本県の「くまモン」のように動くゆるキャラが人気なのだから、使い分けするといっても子どもロボット型なまはげが積極的に使われて、スギッチの出番は少なくなりそうだ。
 先日のこと。家人が「くまモン取って」と話した。何のことかとキョトンとしていると、「そこにウエットティッシュあるでしょう」という。くまモンが印刷されていた。くまモンが秋田の生活にも及んでいると驚いた。
 比してスギッチは?。新登場するなまはげ君は?。「二兎(と)を追う者は一兎をも得ず」にならぬよう秋田は地元のゆるキャラにもっと親しみを持ち、発信するべきなのだろう。
 12日のおなごりフェスティバルでゆるキャラパレードが行われる。目玉は「くまモン」だが、スギッチも登場する。能代の「さんじゃくん」やリゾートしらかみ3兄弟も。会いに行こう。(八)


 

五能線による地方創生

(9月6日)

 昭和50年代に、「五能線を守ろう」と廃止の危機を訴える看板が能代市内にあった。
 奥羽本線の東能代から青森県弘前方面が災害などで不通となった場合、鉄路の代替は日本海側を走る五能線となるのだから、廃止はあり得ないだろうと思っていたが、当時の国鉄関係者はそうではなかったらしい。
 過疎化に自動車社会の進展で、乗客は減るばかり。その上、強風雪で線路がえぐられ長期間区間運休となる事故も発生。膨大な負債を抱え合理化に迫られた国鉄当局の赤字ローカル線を切り捨てる方針。秋田鉄道管理局も現場の鉄道マンも、先行きを不安視したのだ。その表れが、看板設置となった。
 しかし、30年余を経た今、「五能線の廃止」は笑い話。何しろ「乗ってみたいローカル線」として常に人気で、楽天トラベルの「旅行好きが選ぶおすすめのローカル列車ランキング」では堂々の1位。青池、くまげら、橅(ぶな)の3車両の観光列車「リゾートしらかみ」の乗客は年間10万人を超えているのだから。
 観光列車が営業開始したのは25年前の平成2年4月21日。通学用客車を改造し、気動車を連結したもので大正ロマンをイメージしたレトロな眺望列車「ノスタルジックビュートレイン」の名で発車オーライした。
 その前日、能代市と当時の峰浜村、八森町、青森の岩崎村が「五能線沿線市町村活性化対策会議」を開催、スクラムを組んで地域振興策を模索していくことを決め、その組織が発展して青森・秋田の10自治体とJR秋田支社による沿線連絡協議会となり、連携した観光宣伝活動を進めている。
 もともと五能線沿線は風光明媚(めいび)で、食材も豊富、温泉や遊べる場所もあり、住民は自慢にしていた。しかし、情報発信力は弱く、それぞれの市町村だけのPRでは限界があった。それが、観光列車をてこに広域連携をつなげ、観光資源の見直し、土産品・特産品・イベントの開発を進めた結果、全国に知られる五能線を生んだと振り返る。
 秋田支社の白石敏男支社長は先日、「手前味噌(みそ)ですが、五能線こそ地方創生です」と。確かに危機感が今日を作り上げた。来年は全線開通80周年。(八)


 

ミョウガの食わず嫌いなぜ

(9月2日)

 「ミョウガも、あど終わり。今のうぢ、えっぺ食ってら」。農家の友人が収穫の終わりに近づいて惜しむようにたくさん食べていることを伝えてきた。「油炒め、良(え)でぇ~」と、簡単クッキングの炒め物が美味(おい)しいと強調しながら。
 こちらも、ミョウガは何でもござれ。朝には口の中に心地よい味が広がるお浸(ひた)し。カリコリ歯応えがいい醤油(しょうゆ)漬け、それに爽やかな香りを運んでくる味噌汁。
 夜にちょいと晩酌を楽しみに行けば、ナスとキュウリの簡単あっさり漬けのお通しがビールとぴったり、注文した焼きミョウガは添えられたニンニク味噌(みそ)とマッチして、ついもう一杯である。 
 そして、小欄でこの時期、毎年のようにミョウガを取り上げ、料理を紹介してきたことを思い出す。
 世話になったおねえさんの「ミョウガとミズの玉っこの醤油漬け」、「ミョウガスライスのとびっこ(シシャモの卵)まぶし」、小泉武夫東京農大名誉教授オススメの千切りミョウガの鰹節(かつおぶし)・醤油和(あ)えを盛った「ミョウガ丼」。それに秋が時期だが、細かく刻んだイグジ(アミタケ)やミョウガ、シソの実などを醤油とみりんで和えた「なっつ」。自分はもちろん、皆ミョウガが好きなんだと思う。
 しかしである。今夏出会った人の中に、「ミョウガはどうも…」という何人かがいた。さらに「あいつも」「彼女も」実はミョウガを食べないという伝聞もあった。しかもミョウガが身近に育つ農村部に住む人までも。
 物忘れがしばしばという世代の人からは「どうしてミョウガを食べると物忘れするって言うんでしょうか。小さい時に刷り込まれたので、いまだに食べません」という質問までされた。
 「物忘れする」は諸説に創作もあるが、全くの俗信。むしろ食欲増進、消化促進、血行良化、疲労回復などに良いとされ、健康情報に取り上げられるほどだが、「ミョウガ嫌い」が案外多いとは一大産地の能代山本としては残念。いや消費拡大に由々しき問題か。
 安くて新鮮なミョウガもそろそろ終わり。ここはぜひ、工夫した料理で「食わず嫌い」の解消を。(八)