ビッキーのスピードで勝利を

(10月26日)

 我が家の濡れ縁にある置物はカエル。友人の親類の左官職人の製作で全長約40㌢、どっしり重い。赤茶に着色され、目玉は薄緑のビー玉。今にもピョンと跳ねそう。「無事カエル」を願って置いている。
 ところが、残暑の9月初め、夜遅く帰宅すると、通路に黒い物体。じっとしていた。よくよく見ると、置物のカエルと同様の構え。翌日の夜も「お前、遅いぞ」とでもと忠告しているのか、でんと居座っていた。
 体長15㌢で、月に照らされた色は焦げ茶。夏になると、「ゲコゲコ」とカエルの鳴き声が聞こえるが、家に大物が現れるの初めてであった。インターネットや「能代市史・特別編・自然」を調べると、どうやらアズマヒキガエルらしい。
 何にしても、我が家の周辺をうろつき、「自然」や「生態」を教えてくれるのだから、名前でも付けようと、「ゲロッピー」とした。「ビッキー」も考えたけれど、週刊誌やワイドショーで騒がれていたタレントの「ベッキー」さんに似ているのでやめた。
 21日、能代ふれあいプラザ・サンピノを「ビッキー」が訪れた。プロバスケットボールBリーグの秋田ノーザンハピネッツのマスコットキャラクターの背の高いカエルだ。29日と30日に能代市総合体育館で行われる栃木ブレックス戦を前に、地域を盛り上げようと保育所園児たちとミニゴールを使ったシュート体験などで交流したと本紙記事にあった。
 意外なことにカエルのことを秋田弁で「ビッキ」と呼ぶことを若い記者が知らないでいた。
 県教委の「秋田のことば」によると、「のっそりと脚を引くさまを特徴としてとらえて、それを『ひき』ではなく語頭濁音形と促音の挿入で『びっき』の形で表現した」とある。
 ハピネッツのロゴマークにデザインされている稲穂から秋田市の小学4年生がキャラクターを原案、それをデザイナーが仕上げたのがビッキー。天井直撃ダンクシュートが得意技で跳躍力抜群だそうだ。
 ハピネッツは低迷していて脚を引いた状態だが、能代ではカエルのビョン。ビッキーのスピードと跳躍力で勝利をだ。(八)


 

「四谷・3丁目」と「きりたんぽ」

(10月22日)

 酒を飲む口実で開く「きりたんぽ会」。いつもは「飲み」に力が入り、鍋にかなりの量が残るのだが、今回は「ほとんぼ食べていたわよ」と店主が驚いていた。
 確かに皆、「んめ、じゃあ」とたんぽはもちろん、セリにネギ、地鶏の正肉にモツもぱくついていた。隣席の仲間は「俺はいい」と遠慮していたが、深皿に盛られた「貝焼き」を押しつけられ、結局2皿分をしっかり頂いていた。
 「うまかった」のは新米のたんぽを中心に、地元の旬の食材がそれぞれほどよい味を出し、その絡み具合が絶妙であったうえ、会話が弾んで楽しい会となったためと思う。
 「地元に勝るものなし」とも感じた。
 古希の人は、都会に住む息子から「きりたんぽセット」をせがまれるという。それも地鶏のガラで取ったスープ付きで。以前、市販品を添えて送ったが、「おふくろの作った出汁(だし)がいい」と求められたので、我が子かわいい母は、手作りセットを用意するらしい。
 「ふるさとの鍋」を味わいたくて東京都内で「きりたんぽ」を出す店に行った能代市出身者が、「梅の花をかたどったニンジンが入っていたのにはびっくり」と話していたことをある場所で話題にしたら、先輩は「うちの息子の行った店では、白菜が入っていたそうだ。それじゃあ『ちゃんこ鍋』だよな。カマボコもあったらしい」と話した。たんぽ鍋は都会風にアレンジされているのだろうか。
 そんなこんな「きりたんぽ話」をする中で、友人から教えてもらった「四谷・3丁目」というカラオケが浮かんだ。栃木県出身の北川かつみが5年前に発売したムード歌謡曲(作詞作曲きたのえいじ)。
 東京は新宿区の四谷三丁目で暮らす男女(同棲中?)がふるさと秋田に戻るか戻らないかに悩む歌で、コミカルなのだが、最後の歌詞にしんみりする。
 「小包開けたらきりたんぽ/あなたあてにきりたんぽ/自信がないのよ野良仕事/都会の水に染まったし/あなたを呼んでるきりたんぽ/帰ってこいときりたんぽ」
 歌と同様にきりたんぽを送り「帰ってこい」と多くの親は言いたいが、そうもいかないところが辛(つら)い。(八)


 

断捨離、衣類をこの際に

(10月18日)

 掃除や片付けとは異なる「断捨離(だんしゃり)」なる言葉は、やましたひでこさんが6年前に著書で説いた。
 「断」は「入ってくる要らないモノを断つ」、「捨」は「家にはびこるガラクタを捨てる」で、これを繰り返すと、「離=モノへの執着から離れ、ゆとりのある〝自在〟の空間にいる私」となるそう。「このモノは自分にふさわしいか」という問いかけによって、取捨選択の技術が高まるとのこと。
 しかし、流行語になった断捨離に成功した話は周囲から聞かない。むしろ、「もったいない」「まだ使える」「思い出があるから大事にしたい」と、捨てるに捨てられず、モノがますます増えているという嘆きがあちこちから漏れてくる。
 先日、「タンスを空っぽにする」と宣言する人がいた。若い頃のおしゃれなスカート、おなかが出てきてはけなくなったズボン、大都市圏に住む子どもの中高校時代のトレパントレシャツに可愛(かわい)いトレーナーなどを一気に処分するらしい。
 「今なぜ?」と聞くと、能代市の広報に「古着・古布を資源ごみとしてして回収します」の知らせがあったからだという。回収日は11月6日。
 これまで、使い古した家族の下着やタオルなどは「燃えるごみ」に出していた。まだ十分使える洋服やセーターは段ボール箱に詰めて発展途上国や国内のホームレスを支援するボランティア団体に送ったこともあるが、送料は自前の上、協力金を求められたそうで、負担も少なくなく、また案外に面倒なことから止(や)めた、と話した。
 能代市の古着・古布の回収は初めて。燃えるごみの減量とリサイクルを推進するためで、回収したものはリサイクル業者に引き渡し、海外へ中古衣料として輸出するほか、ウエス(工業用ぞうきん)などに再利用される。
 八峰町がすでに実施(今年は19、20日)しており、「能代でも」とモアリサイクル推進会議で提案があったことを受けた試み。
 さて、我が家は。空き家状態の実家には、だいぶ処分したつもりでも、亡母の衣服が眠ったままだ。あの人この人の法事のお返しのシーツ、タオルケットも新しい。この際と思うけれど。(八)
 


 

29日、田臥が戻ってくる

(10月14日)

 1週間前。「今頃になってですか。たぶんないと思いますよ」と、ハピネッツファンで能代山本はもちろん県内での試合に通ってきた女子社員に驚かれた。
 29日午後6時から能代市総合体育館で行われるプロバスケットボールBリーグ1部の秋田ノーザンハピネッツと栃木ブレックスの戦いのチケットのこと。
 実は、入場券の購入を頼まれていた。中学の同期生からであり、無下に断るわけにもいかず、安請け合いしたのだが、翌日にはたと困った。「田臥が能代にやってくる」と気付き、人気のゲームのチケット確保が困難、要望に応えられない可能性が高いからだった。
 田臥勇太、36歳。日本を代表するバスケットボール選手は、20年前に横浜から能代工業高校に進学、1年生からポイントガードとして活躍、能代工3年連続全国3冠の立役者で「不敗神話」を作った。後に北米の男子プロバスケNBAの日本人初のプレーヤーに。
 今は国内の二つのプロバスケ団体が統合して9月に開幕した新リーグの牽引(けんいん)役。ここのところと選手としての凄(すご)さは、10日夜に放送されたNHK総合「グッと!スポーツ」で取り上げており、見た人も多いだろう。
 チケット購入を頼んだ彼女は、新リーグの話題性と盛り上がりに興味を抱き、秋田県民が地元ハピネッツへ送っている熱い力付けに自分も参加したいという思いが募り、それに田臥選手が「バスケの街・能代」に戻ってくるのだから、何としても観戦したくなったのだろう。
 思えば平成10年5月5日。能代カップ全国選抜高校バスケの最終日、能代工は2試合を行ったが、会場の市総合体育館は超満員、田臥、菊地勇樹、若月徹を中心としたチームのハイレベルな技を堪能した。観客は4400人。同体育館で初めての入場制限となった。
 田臥とともに、熱気が戻ってくるだろうか。いや戻ってくる。予感がする前人気だ。
 「指定席はダメです。自由席はまだいくらか残っています」とハピネッツファンがインターネットで調べてくれ、4枚をゲット。手渡す際に誰と行くのか聞くと、「おばさんたち」とのこと。大応援が目に浮かぶ。 (八)
 


 

 

ハッピーなおむすびを食べて

(10月10日)

 グルメ屋台が並んだ八峰町の「はっぽう〝んめもの〟まつり」で、各地の食を楽しむはずが、地元のさして珍しくもない2品食べてしまった。興味を引く魅力があったからだ。
 一つは、地元の漁業の女性たちの「あんこう汁」(一杯400円)。「食べてみてください」と誘われて。
 アンコウの身、皮、肝と長ネギが入っていて、味付けは塩。それに魚醤(ぎょしょう)の「しょっつる」を加えて。味噌(みそ)仕立てでは何度も味わってきたが、塩プラスしょっつるは初めて。さっぱりした汁に、アンコウの肝のねっとりが何ともいいハーモニーだった。
 もう一つは「おにぎり」。中学生たちが「いかがですか」と声を掛けてきた。
 B級の味を求めてきたのに、握り飯でもあるまいと思ったが、自分たちが握ったものだという。地元八峰町にこだわり、20個に1個には具材としてアワビが入っているとのこと。「八宝ハッピーむすび」の面白いネーミングもいいし、「自然乾燥の新米使用!」にも引かれて、2個入り1パック(300円)を購入した。
 パックに付いていた説明文には「お米は峰浜小学校の皆さんが作ったあきたこまちの新米を使用しています。この商品は八峰中学校と八峰町起業家教育推進プロジェクトチームの共同開発によるものです」とあった。
 あきたこまちの白さが際立ち、黒海苔(のり)で「八」の字を作ったおむすびを頬張ると、ふっくらした食感の中に米の甘みと旨味(うまみ)が広がった。アワビには当たらなかったが、それに似た食感の菌床シイタケが甘辛く味付けされており、ごはんに染み込んでいた。付け合わせの卵焼きには刻まれた海藻のギバサが混じっていた。
 10回を数えるまで成長して集客力のある食のイベントに、地元の子どもたちも参加する。それはさまざまな効果を広げ、意義あることと、強風にさらされながら思った。好天であれば、もっとよかったのに。
 それにしても、おむすびは「おいしかった」。ハッピーを運んだ。丹精込めた栽培、自然乾燥、上手な炊き方、心を込めた握り、子どもたちの元気な笑顔──それらが重なったためと理解した。 (八)
 


 

 

犬の「ポポ」と果実の「ポポー」

(10月5日)

 カゴに盛られていた果物のようなものをのぞき込んでいると、「何だかわかる?」と聞かれた。
 アケビを大きくした長楕円(だえん)の形状であったが、アケビの薄紫とは異なる薄緑、洋ナシが追熟する前の色。だが、ナシには見えない。軟らかそうであり、マンゴーが色づく前のようにも思えたが、ちょっと違う。
 首を傾げていたところ、「匂いをかいでみて」という。それで、鼻を近づけると、フワァーと甘い香り。メロンでもリンゴでもバナナでもない。
 「さて何でしょう」といわれても、さっぱり見当がつかない。「分がらねぇ」と答えると、「ポポの木の実なんだって」と教えた。「実は私も初めてなんだけど」と付け加えて。
 彼女の娘の愛犬のミニチュアダックスフンドの名前が「ポポ」だそう。何かの集まりかで娘が愛犬の名前を紹介したところ、「家にもポポがある」と言う人がいて、後日、届いたのが目の前にある枝にたわわの「ポポの木の実」というわけだ。
 「食べてみて感想を聞かせて」と1個分けてくれたので、冷蔵庫で冷やして翌日、デザートにした。縦に包丁を入れるたところ種らしきものに当たり、アボカドを使う時のようにねじると、クリームイエローの果肉が現れ、強い甘い香りが広がった。
 スプーンですくって頬張る。すると、ねっとり、濃厚。甘みと酸味が程よい。初めての味に陶然とし、皮の底まで食べた。取り除いた種は植えようか。たぶん育たないだろうけれど。
 調べると、「ポポ」ではなく「pawapawa(ポポーもしくはポーポー)で、北米産のバンレイシ科の果実。明治期に日本に渡り、自給用に多くの家庭で育てられたそうだが、戦後、多様な果樹が普及し、忘れ去られるようになったらしい。
 「アメリカン・カスタードアップル」「森のカスタードクリーム」の別名があり、「マンゴーとバナナとパイナップルを足して3で割った味」とも。なるほど。
 そうした果樹をこの地で育てている人がいて、知人の犬の名前が縁で、食の思いがけないうれしい出合いにつながった。「食欲の秋」。市場に出回ってくれれば。 (八)
 


 

イベントの人出は「ごまんさんぜん」

(10月1日)

 後輩が「ごまんさんぜん、の意味分かりますか」と聞いてきた。職場の若い女性から質問されたけれど、ちんぷんかんぷんだったので、こちらに話を振ったのだ。
 若手が言うには、能代で行われたイベントが話題となり、人出が去年に比べて多かったか少なかったに及ぶと、上司が「ごまんさんぜん」と話したそうだ。その言葉から「五万三千」を想像したらしいが、根拠のなさそうな数字で、「それって、どういうこと?」と疑問が湧いたよう。
 「ごまんさんぜん」はどこかで誰かが話したような気がする。しかし、意味となると全く思い浮かばず、「あとで調べてみる」と返答した。
 その時、すぐに浮かんだのは「ごさんぱち」だった。先輩たちの会話によく出てくる「嘘の五三八」のこと。人は嘘をつく時、数字では5、3、8を使うことが多いという説である。
 たとえば、架空の数字をでっち上げて偽領収書を作ったり、年齢や身長・体重をごまかすしたりする場合に、1ないし2ではなく3、4と6は外して5、7や9よりも8を書き込んだり、言ったりと。確かにそのようにも感ずるが、そうでもないような。いずれ「この五三八め」と嘘つき呼ばれは避けたい。
 さて、「ごまんさんぜん」は方言辞典も含めていろいろ調べても出てこない。ふと、嘘つきではなく正直者も「ごまんといる」と思った。「五万」ではなく「ごまんと」は、辞書では「非常に多くあるさま」とある。
 そこで「さんぜん」は「燦然」で、「ごまんさんぜん」は輝く人がたくさんいることかと考えたが、無理がある。ところが「三千」という言葉には「千の3倍」だけではなく、「比喩的に多くの数量を示す語」との意味があることが分かった。
 「ごまんさんぜん」とは「ごまんと」と「三千」の「非常に多い」を表す二つの言葉が重なったと理解した。正しいだろうか。
 彼女の上司は「イベントの人出は相当多かった」と言いたかったのだろう。ただ、「ごまんさんぜん」では抽象的過ぎる。かといって「五三八」ではあってならない。納得できるデータが欲しい。 (八)