集中力を高める琴バウアー

(1月29日)

 1日1日があっという間に過ぎ、2月が目前。年頭に立てた「新年の誓い」もどこかにすっ飛んでいる。
 去年の暮れに、お世話になった70歳の人と偶然再会すると、彼は健康づくりにミニテニスを楽しんでいると明かした。それで、練習に一度遊びに来てよ、と誘われた。同好会の仲間には見知った人もいるので、その気になったが、練習日の当日になるとおっくうで、足が向かなかった。その翌週もまた。
 それで、新年の誓いの一つには、生活習慣病の改善のために、「運動をすること」を掲げた。しかし、暖冬とはいえ雪に寒さ。思い切ってスポーツに挑戦の意欲も萎(しぼ)んだままで前に進めない。
 そこで、気持ちを切り替えて、「せめてストレッチを」と、筋肉を引っ張ったり伸ばしたりして体を良好な状態にしようと、健康保険組合が配布した資料に示され、一時期真面目に取り組んだ簡単なストレッチ体操を毎朝することにしたが、3日と続かず、忘れた頃にする始末。
 誓いのもう一つは、「集中力を高めること」。年を重ねると、怠けているわけではないが、仕事がだらだらしがち。そのうえ、あっちにもこっちにも気がいってしまりがないような状態に。ピシッと意識を集めて物事に取り組む力が求められるのだ。
 スポーツの世界では、集中力を高める手法として「ルーティーン」がある。望ましい動作をするために行う習慣や行動のことだそうで、大リーグのイチロー選手がバッターボックスに入る前の仕草が有名。去年のラグビーワールドカップで日本代表の五郎丸歩選手がプレースキック前に見せた両手を組む五郎丸ポーズはブームになったほど。
 それをやっても笑われるし、効果もないだろう。何かいい集中力向上の方法がないかと考えていたところ、見つかった。大相撲初場所で日本出身力士として10年ぶりに優勝した琴奨菊が、最後の仕切り前に両腕を大きく広げて上体を思い切り反らす動作だ。
 真似てみたら気分がすっきり。緊張もほぐれて仕事にすんなり入れた。ストレッチにもなる「琴バウアー」をせめて続けることにしよう。(八)


 

大和言葉も方言も心伝わる

(1月25日)

 テレビに出てくる女性のお笑いタレントが、視聴者の受けを狙ってか、存在をアピールするためか、そこのところはよく分からないが、乱暴な、というより耳を背けたくなるような言葉を吐く。
 ふざけて「ざけんじゃねえよぉ」、内緒の話を明かす時には「ぶっちゃけ」、美味(おい)しいB級グルメに出合って「バカヤロー」「マジ、ヤバイ」などと。それに感化されてか能代山本でも若い世代、高校生や小中学生もそんな言葉を使う。
 かと思えば、政治家は地方の首長も議員も含めて妙にへりくだって、やたらと「させて頂く」を使い、「お訴え」「お示し」などと「お」を付けたがる。
 年のせいだろうか日本語はどうなるのかと案じていたが、年末から年初にかけて三つの新聞が、美しく味わい深い「和の表現」として、大和(やまと)言葉が見直されていると特集を組んでいた。
 朝日新聞は「美しいと思う大和言葉」の読者アンケート(12月5日)。1位が「思いをはせる」、2位が「おかげさま」、3位が「ときめく」で、以下「慈しみ」「心尽くし」「たたずまい」「ひたむき」…。
 1月4日の秋田魁新報は「人付き合いに力発揮 大和言葉であなたもオトナ」の見出しで、関連本が相次ぎ出版されていることを紹介、好印象を与える活用例に「折り合う」「心に留め置きます」「おこがましいが…」を挙げていた。
 18日の聖教新聞は大和言葉をテーマに、シーン別の表現を列記。「ありがとう」の感謝の気持ちも場面に応じて表現を使い分ければ、思いがいっそう伝わるとして、「ことのほか」「お心配り」「お心にかける」「思いのほか」を示している。
 取り上げられた一つひとつを読み返すと、日本固有の言葉が醸す優しさ、懐かしさを改めて感じる。伝えたい、使いたい。
 そんなことを思っていた先日、知人と数カ月ぶりに出会うと、いきなり「まめでらが。ぶじょうほして」と言った。「まめ(忠実)=元気でいるか」「ぶじょほ(不調法)=失礼して申し訳ない」。懇談を果たさぬままを詫(わ)びた。
 心が伝わる味わいのある方言も大和言葉と同様に大事にしたいものだ。(八) 


 

スマップ騒動で知った麻痺感覚

(1月20日)

 分裂・解散が騒がれた人気グループSMAP(スマップ)は、18日夜のテレビの生番組で謝罪、ひとまず存続することになった。スポーツ紙は「今世紀最大の芸能騒動は一気に解決した」と大げさな表現だが、こちらは「ふ〜ん」という感じ。
 リビングにメンバーの木村拓哉の大きなポスターを貼っていた友人の奥さんは、どんな気分だろう。平成11年7月24、25日に大館市の樹海ドームで行われたスマップのコンサート。彼女は運良くチッケットを手に入れ能代から2日間通い、キムタクを目の当たりにし、歌と踊りに酔いしれ、「もう、最高でした」と興奮気味に語った。還暦を迎え今なおファンでいたら、心を痛めたかもしれない。
 ふるさとを離れ東京でレストランを営んでいる同期生はどうだろう。草彅剛がちょくちょく顔を出しているらしく、7年前に酔って公園で事件を起こして逮捕された時に、最後に飲んだのが彼の店でマスコミに押し掛けられた。それを気に病んでいたことがあり、草彅クンとスマップの事態収拾にほっとしているか。
 テレビや新聞が大騒ぎしても、こちらがピンとこないのは、「世界に一つだけの花」のヒット曲ぐらいは知っているけれど、別にひいきにするほどのグループではないし、アイドルといわれてもメンバーの大半がもう40代になり、歌い手としてよりも個性的な皆が存在感あるタレントに独立してもいいぐらいと思うからでもある。
 それより、グループというものはいつかは解散や分裂してしまうものだと、歴史が教えるからだ。自分が興味を持った集団もそうだった。音楽性とその影響力からスマップと全く比較にならないが、ビートルズもだし、日本のグループサウンズの頂点だったタイガース、アイドルのジャニーズ、フォーリーブス、キャンディーズなどと数え切れない。
 もっといえば、最近の政界。再編とは聞こえはいいが、政党が離合集散という解散・分裂を繰り返し、衆院も解散が早くなり、今夏にも可能性が出て、衆参ダブル戦が取りざたされるほど。解散騒動に驚かない麻痺(まひ)した感覚が生まれているのだ。それは不健全だろうか。(八)


 

「ガッコ齧られない」と嘆かぬように

(1月16日)

 長く飲食業を営む女主人が「ガッコ頼む人、本当に少なくなった」と、お品書きにある「漬物」の注文が激減していることを嘆いていた。
 一夜漬け、なす漬け、沢庵、キュウリの糠(ぬか)漬け、大根の醤油(しょうゆ)漬けなど季節ごとにさまざまなガッコを用意しているが、確かに彼女が「食べてみない?」と薦めもしないと動きはない。今は亡き先輩のように、真っ先に「ガッコけれ」と叫ぶ人はほとんど見かけない。
 「しょっぺものばりさ、手ぇ出すな」と脳卒中から身を守る厳しい戒めが中高年にあるためかと思うが、今の漬物は薄味・減塩である。ではなぜか。客に中高年が多いことを述べたうえ、「ガッコ齧(かじ)られない人が増えているのよ」と分析した。
 なるほど、なじみの客はたいてい、歯応えのある、あるいは硬くて噛(か)み切れないような「しねぇ」食材の料理は注文せず、刺し身や焼き魚、豆腐、卵など軟らか系のメニューを選ぶ。
 どうやら、歯にだいぶがたが来ていたり、入れ歯がしっくりしなかったりしているよう。そこで、食べたい漬物も、一夜漬けや菜っ葉系はいいけれど、沢庵や燻(いぶ)り漬けの硬いもの、ビール・柿漬けのような大根の歯応えがしっかり残るものは敬遠するらしい。
 それで思い出した。ある歯科医が渡した「歯の健康」のテキストブック。高齢者を対象にした「健康の後悔」を質問したアンケートが示されていた。
 第3位は「日頃からよく歩けばよかった」、第2位は「スポーツなどで体と鍛えればよかった」、トップは「歯の定期検診を受ければよかった」だった。「ガッコ齧られない」も含めて、楽しく食事をできない辛(つら)さや悔しさがにじみ出ている調査結果と受け止めた。
 昨年9月の「8020いい歯のお年寄り表彰」能代山本地区審査会。80歳を過ぎても自分の歯が20本以上残っている15人が表彰されたが、取材で知った4人が含まれていた。
 ガッコをポリポリ美味(おい)しく齧っているだろうと、うらやましく想像した。
 こちらも、いつまでガッコを味わえるだろうか。極薄切りや刻みを入れて食べるようになる前に、歯の定期検診に行くべきか。 (八)


 

滋味あふれる「じぇんめかやぎ」

(1月10日)

 年末年始で食べた料理で、一番印象に残ったのは「じぇんめかやぎ」。温かでやさしく、そして懐かしく、滋味にあふれていた。
 秋田弁でお金は「じぇんこ」つまり「銭っこ」、「前に進め」は「めさいげ」。「ぜ」は「じぇ」に訛(なま)り、「ま」は「め」と発音する。ということで「じぇんめかやぎ」はゼンマイ(薇)の貝焼き」を言う。
 小学校に入学する前、親類となった男性の里山近くにある実家に遊びに連れて行かれた。幼い子どもに何の料理が提供されたかは記憶になかったが、中学の頃に「あれではなかったか」と思うようになった。
 彼の家に呼ばれて食事に出てきたのは、鍋焼きうどん用のアルマイトの一人鍋に、ふんわりした溶き卵。中にはとぐろを巻いたようなゼンマイと、豆腐。ほかにも何か食材が入っていたような。柔らかい食感が何ともいえず、幼少の頃と何となくつながったのだ。
 しかし、その後何十年もゼンマイを貝焼きという鍋にして食べたことはなかった。煮物や油炒めはあるが。
 そんな話を、知り合いの農家の女性に話すと、「へえ~、そんだの。私がたは、案外食べるけど」と驚かれた。それを気にかけてくれたのか、彼女が入っている無尽講の日に出す料理の一つに「じぇんめ貝焼き」があるので、「食べに来て」と誘われ、いそいそ出掛けたのが年末のある日だった。
 一人鍋ではなく大鍋。煮干しで出汁を取り、味噌(みそ)仕立て。水で戻した太くて軟らかいゼンマイと豆腐と入れて、煮立ったところに溶き卵を回すように流し。ふんわりしたところを、頂いた。
 その感想は、冒頭の「温かで、やさしく、懐かしく」であった。居合わせた中高年のだれもが「んめなあ~」と発し、豊かな気分となっていた。
 大量のゼンマイを使った。が、彼女によれば、裏山に敷くようにあるそうで、それを採って茹(ゆ)でて、もみながら干して保存、冬の栄養源に使っているらしい。手間暇かけたゼンマイとその貝焼きは、わが地域の豊かな自然の恵みと、伝統食の良さを伝える。
 昔からの病人食だそう。食が細くなったあの人この人に滋養を与えたい。(八)


 

「ちょいと待て」の声がして

(1月5日)

 雪がほとんどない穏やかな新年は何年ぶりだろうか。初売りに出掛けた家族連れ、正月帰省の再会を楽しむ若者たちの足取りも軽いように見えた。雪かきをしなくて疲労の少ないロートルも軽快に仕事場に向かったが、「ちょいと待て」と心のどこからか声がした。
 昨年末の友人知人の言葉と元旦の初詣のおみくじから総合的に判断して、今年は「転ばぬ先の杖(つえ)」と「急(せ)いては事を仕損じる」を心掛けなければならないと思ったからだろう。
 ふるさとの冬をいつも心配してくれる首都圏の友人は12月20日、こんな便りを寄せた。「この冬を転倒せず、風邪から肺炎にならず、魚をたくさん食べて野菜も然(しか)りで切り抜けてください」と。
 彼は2年前、関東に雪が降った翌日、坂道ですってんころりんとなり、腰の骨にヒビが入ったそうだ。トイレに行くにもままならず、咳(せき)をすれば響いて痛い状態が2週間続いたという。その苦痛から雪道転倒の怖さを痛感、親切にもこちらに教訓を伝えてきたのだ。風邪の恐ろしさもまた。
 転んでから杖を用意しても遅い、風邪をひいてから薬を飲んでもしばらく苦しい、周りに迷惑をかける─健康であるためには注意を怠らず、備えなければならないと自戒した。それは、日々の仕事にも通ずる心構えだ。
 冷え込んで道路がミラーバーンになった29日は、出会った何人もが「気を付けて歩かなければならないぞ、運転も」と声を掛けてきた。言った本人自身が用心するように。なじみの商店の人はわが社の何人かが過去に雪道転倒で骨折したことをどこからか聞いたらしく、ひときわ案じてくれた。そこで「転ばぬ先…」が再び浮かんだ。
 引いたおみくじは「小吉」。運勢は「調子に乗って動くと勇み足になる危険があります」から始まり、結びは「いたずらに積極策をとることは好ましくない結果を招きます。何事も注意深く、手堅く進め」であった。初春の浮かれ気分をたしなめる文に、気が引き締まり、「急いては…」を心に刻んだのだが、果たしてどうなるか。
 ともあれ確実にできることは、友人が指摘した「魚をたくさん食べて野菜も然り」。地元食材を大事にして、元気に進む。(八)