「じっぱり、け」を送りたい

(3月28日)

 山菜に話題が及ぶと、友人は「ちょこっと、がいいんだよなぁ」と話していた。バッケ(蕗〈ふき〉の薹〈とう〉)のことであった。
 「バッケ味噌(みそ)」。飲食店のカウンターで飲んでいて、店主がサービスで酒のあてに出してくれたが、それがほんの少々、箸で2、3回摘(つま)む程度の量だったという。逆にそのくらいが、口に程よい苦さをもたらして、美味(おい)しいのだそう。
 確かにバッケは、たくさん食べる山菜ではないような気がする。天ぷらにしても小さいのが2個、煮浸しにしても3個。つまり、僅(わず)か、少しの「さっとこ」がちょうどいい。
 先日、静かに一人酒を楽しんでいると、アザミの天ぷら二つと、アザミのガッコ(醤油〈しょうゆ〉漬け)が出てきた。もう店頭に出ているのか話すと、客が持ち込んだものだという。東京から帰省した友人に山菜を食べさせたくて、近くの里山で採ってきたが、結構な収穫であったらしく、こちらにも回ってきた。アザミもまた風味豊かで、若干の苦味が春を運んできた。
 すると、帰省の人の仲間が、今度はバッケを大量に持ってきた。まだ土が少しついていたから、夕方にでも急いで採ってきたのだろうか。すでに、別の人もバッケを持ち寄っており、店主は目を白黒させていた。
 「じっぱり、け」を思い出した。能代市が地場農産物の消費拡大を目的に2月に刊行した地産地消レシピ集のタイトルである。
 「じっぱり」は「充張」が語源らしく、「たくさん」の意。「け」は「食え」で、つまり地場物を「たくさん食べて」の願いを込めたらしい。春の料理の欄では風呂吹き大根のような「大根のバッケ味噌」と「バッケ味噌おにぎり」を紹介していた。
 「たくさん」を言い表す方言が多いことにも気が付いた。料理を勧める際には「じっぱり」よりも、「えっぺ=いっぱい」「てぇっぺ=手いっぱい」をわりと使うし、「えだげ=良いだけ」も発する。
 「地元のおいしい」を食べさせたい。その気持ちは充分に分かる。けれど、年を重ねると「じっぱり」よりも「さっとこ」になる。だから、レシピ集は全国の能代出身者は縁(ゆかり)の人に送りたいと思う。ぜひ安価で市販を。

(八)


 

なんと多いか「びっくりぽん」

(3月23日)

 先月手にした勉強会の月間の会報誌が、講師陣に「2016年はここに注目!」を聞いていた。そこに懐かしい人がいた。
 「住みやすさ」や「豊かさ」などの都市ランキングが流行(はや)った頃に、インタビューした民間の調査研究機関の元所長。「びっくりぽんが普通になる年」と予想していた。
 アメリカ大統領選。彼の予測通り、共和党がトランプ氏、民主党がクリントン氏で争う展開が濃厚になってきたが、「もしトランプ氏が大統領になったら、さらに『びっくり』だ」と。経済でも参院選があるので株価が上がると思っていたそうだが、年明けから株価が下がり「びっくり」で、今年はそんな「びっくり」に臨機応変に対応する年になるとのお告げだった。
 こちらは、会った20年前に比べて、彼の髪が随分ふさふさして、以前より若い印象だったのが「びっくり」。
 彼がなぜ、ことさらに「びっくり」を強調するのかと思っていると、NHK連続テレビ小説「あさが来た」で、ヒロインの白岡あさが繰り返す口癖が「びっくりぽん」で、今年の流行語大賞にもなりそうなため、引いたと知った。
 その後、国会衆院予算委員会で民主党の野田元首相が、定数削減問題で安倍首相に「いやー『びっくりぽん』ですね」と憤懣(ふんまん)やるかたない表情で話したことで、さらに話題の言葉となった。
 それにしても、世の中「びっくりぽん」がなんと多いことか。
 年に1度は顔を合わせ懇談する東海地方の社長が今月初め、辞任した。50代半ばで、中興の祖の先代の息子。情報化社会の未来を見据えた新しい事業の展開などを熱く語っており、辞める年齢でないのだが、不適切な会計処理の責任が問われた。
 企業の信用にもかかわる問題が指摘されたにもかかわらず対応が遅れ、自らも減給処分を科したが、それでも収まらず、社員から辞任の嘆願書まで出されたという。後任は先週ようやく決まったが、信頼回復と再生は容易ではないだろう。
 中小も大企業も経営者・社員の不祥事、その先に経営の躓(つまず)きが起きる。「びっくりぽん」はうれしいことだけにしたい。(八)


 

藤里町議選、少定数の激戦へ

(3月17日)

 知人が「陣中見舞いに行ってこようか」と話していた。旧知の人が22日告示の藤里町議選に立候補を予定しているからだった。
 年初までは無競争の観測も流れた。近年は首長選のみならず市町村議選でも無競争当選が目立ち、県内では2年前の三種町、由利本荘市、昨春の東成瀬村、そして今年1月の井川町。となれば、藤里町のその可能性があるとも感じた。
 しかし、その後、再度の出馬、引退の決断、初挑戦と去就が鮮明となって、選挙戦が確実となり、前哨戦が活発化している。
 住民からどれほどの支持を得ているのかを把握できず、期待度も分からないでは、当選しても喜びの実感が中途半端、逆に厳しい目にさらされていることも理解できないでは、反省もなおざりになりがちとなる無競争。それが回避され、堂々と地域の安心と未来を論じ合うことは望ましいことだ。
 ことにも藤里は平成の大合併に乗らず、「小さくとも輝く町に」と単独立町の道を選んだのだから、立候補者が町民とともに政策を語り合うことは意義が大。
 そんなことを考えていると、知人の陣中見舞い予定には、別の意味が込められていた。毎回、激戦が続いているので、「油断は大敵」と陣営を鼓舞しようというわけだ。
 過疎化・少子化で人口減は避けられず、今3540人、有権者3130人。かつて20あった議員定数は16人、12人と削減され、4年前からは10。人口減と定数減が、少ない有権者を奪い合う選挙をいっそう混戦にさせるらしい。
 平成20年は定数12に14人が立候補、54歳と50歳の新人が1位と2位、前回16年にトップ現職が次点、2位がビリ、3位が当選者のブービー・11位の辛勝だった。前回は60歳と52歳の新人2人がトップと8位で、現職2人が涙をのんだ。最下位当選と次点は1票差。
 さて、今回は現職9人、元職2人、新人1人の12人が争う。定数10の少数の1・2倍の戦いは厳しいとみる。ちなみに立候補予定者の平均年齢は65・66歳で、前回の62歳を上回る。40代の立候補は平成12年以降なし。全県で2番目の高齢化率がここにも表れる。ともあれ奮闘を。(八)


 

議会質問に色をなす首長

(3月15日)

 能代市議会一般質問で、来るのか来ないのかはっきりしないイオン新能代ショッピングセンターの出店問題に関し、若手議員の発言に斉藤市長が激高したという記事があり、28年前を思い出した。 
 昭和63年の市議会3月定例会。ベテラン男性議員が午前中の一般質問で誘致企業の早期操業について、他人の話とした上で「積極的に陳情していない」と述べると、当時の宮腰洋逸市長は顔色を変えて「何を言ってやがる」というようなことをもごもごつぶやき、議場がざわついた。
 結局、答弁が午後に持ち越され、市長は「そういうことはない。数回訪ねて一日も早い操業を要望した」とし、操業開始繰り上がり決定を報告して応酬したが、憮然(ぶぜん)としていた。
 似た印象を今回の報道で感じたのだ。落合康友議員がイオンと市の交渉の場を議長ら第三者に公開すべきとする質問に際し「市長にやましい部分がないなら公開できるはず」と語り、市長が「やましいと言うなら、その証拠をしっかり出した上で聞いていただきたい。やましいことは一切ない」と声を荒げたそうだ。
 後日、落合議員と斉藤市長はインターネットのブログにやりとりを、こう記した。
 落合氏─「言葉遣いが不適切でありました。市長の立場に我が身を置き換えてみれば、故意に相手を貶(おとし)めることが可能で議員側が有利な立場になってしまいフェアではないことに気づいたので、発言取り消しに応じ市長にはお詫(わ)び申し上げました」。
 斉藤市長─「噂(うわさ)だとか、『そういっている人がいる』と言うことで、『真偽も確かめずに議会の正式の場で発言するのは、如何(いかが)なものか』と問うた訳です。議会終了後、お詫びに来てくれましたので、水に流すことにしました」。
 山本郡の町議会でも、町長が議員の質問に気色ばんで反論した、色をなして厳しい表情を見せたとの報告が時折、上がる。
 温厚・慎重・我慢強いとされる首長も概して、議員側の思い込みや風評を引いたトンデモ質問に対し反発と嫌悪感が強くなるらしい。いずれ、すぐキレた答弁をしたり品位を欠く野次を飛ばすどこぞの国の首相のようにはならぬように。(八)



いまさらなぜ?の政策条例

(3月10日)

 地域産業を元気づけるためには是非ともと常々願っていたことが条例となったとあれば、ご同慶の至りだが、一方で「なぜ今なのか」「いまさらどうして」と違和感を覚える。
 県議会が8日に全会一致で可決した「県木材利用促進条例」である。
 縮小したとはいえ木材加工業の集積度がなお高い木都能代の市民も、森林資源が豊かで林材業が息づく米代川流域の住民も、「木の国秋田」を誇る県民も、同様に思うはずだ。
 この条例は、木材の利用の促進へ施策を総合的に推し進めることで本県の林業と木材産業の振興を図り、県内経済の活性化に寄与するために定めたそう。県が先頭に立って、市町村や関係業界、建築業者そして県民が協力と支援、つまり「オール秋田」で県産材を活用、また全国に売り込もうというものだ。
 それには異論はない。けれど、制定理由にある「近年においては、様々な分野で木材や木製品に代わり他の素材や製品が使用されるようになり、林業及び木材産業は厳しい状況に置かれている」の近年とはいつのことか。30年も前から指摘され、「木に未来を」が説かれ、「木材を使おう」の訴えが続き、県議会でも取り上げられてきた。
 当初は重い腰だった行政側も県産材・地元加工品を積極的に使用するようになり、空港やバスターミナル、運動施設など公共建築物にはっきりと木材が目に付くようになった。能代市では木造校舎や集会所の建設が相次いだ。さらに、住宅や塀などに木材使用を促すための補助金も制度化され、木質化が進んだ。それゆえ「いまさら」の感が強いのだ。
 条例は県議全員による「県森林・林業・林産業活性化推進議員の会」(林活議員連盟)の発議。報酬や定数など議員そのものにかかわるものとは異なる、政策的な内容の条例が出されることは歓迎すべきことだろう。が、「秋田の酒による乾杯促進」「読書活動の促進」などに遅れた8本目の政策条例とはいかがなものか。
 それよりも同様の県産材利用促進の条例を徳島県(平成25年)、茨城県(同26年)の後塵を拝するとは、「木の国」「木都」の一人として残念至極。(八)



フォークソングの破壊派にあの人

(3月8日)

 6日深夜、テレビ番組をリモコンで探すと、NHKのBSプレミアムで「ザ・フォークソング〜出張ゼミナール」が放送されていた。フォークシンガーのなぎら健壱(けんいち)とフォークソング博士といわれる坂崎幸之助(ジ・アルフィー)の軽妙で漫才芸のような掛け合いが面白く、眠気を押して見てしまった。
 1960年代後半から70年代まで全盛だった日本のフォーク。その歴史や共感を呼んだ背景、名曲、個性豊かな歌手とグループなどを、その時代が青春だった団塊の世代や、憧れた少年少女の今50代後半から60代前半よりも、若い人たちに知ってもらいたいように解説していた。
 日本のフォークは聞くには聞いたが、疎い。ギターをつま弾いた同期生たちのようにその世界にはまり、今でも懐かしく話題にすることはないので。それで、なぎら健壱が「破壊派」なる存在があると説明してもピンとこなかった。ところがなんと、その代表の一人としてゲストに友川カズキさん(65)が呼ばれたのだ。
 ギターを壊すかのように引くのが「破壊派」と、言われれば、友川さんの歌を思い出して納得した。ふるさと三種町や母校能代工業高校でのコンサートを聞いた人もうなずくだろう。
 自身の作詞作曲の2曲を披露した。ちあきなおみが紅白歌合戦で〽おいで、おいで…と鬼気迫る表情で歌った「夜を急ぐ人」と、3年前に泉谷しげるがリリースした「昭和の歌 ありがとう」に選曲された「生きているといってみろ」。
 1杯引っかけたか顔を少し赤らめ、言葉も怪しく登場。抜けない秋田訛(なま)りで重く、絶叫するように歌い、「生きている…」では、これまで聞いたことのない「絶絶絶望 絶絶望」の歌詞を加え、ギターをこれでもかと弾き鳴らし6弦のうち2弦を切らした。静まり返った観客からため息が漏れた後、拍手が湧き上がった。
 「プカプカ」で知られる西岡恭蔵のギターを本当に壊して大目玉を食ったこと、岡林信康の「山谷ブルース」に触発されて歌を作り始めたことなどのエピソードも語られた。
 日本のフォークシーンに友川さんが、異能で強烈な存在であると改めて知った。(八)


イオン東能代の噂の流布

(3月2日)

 1日午前11時ごろ、知人の事務所に寄ると、「イオン、来るそうだね」と断定的に話題を振ってきた。そのころ能代市議会の3月定例会が開会し、斉藤市長が行政報告で触れているはずだから、いずれ真偽は分かるのだが、彼と別の客との会話には、出店となった場合を想定して加わった。
 どのようなショッピングセンター(SC)となるのか、当初の構想のような大規模なものなのか、テナントは集まったのか、イオンの出店に合わせて凍結状態のホームセンターなどの計画が復活するのか、街が東能代寄りに発展するのか、が交わされた。
 続いて、中心商店街として踏ん張る柳町周辺への影響は、既存のイオン能代店の行方は、いとくを核としたアクロスショッピングゾーンや既存スーパーとの競合は、と。そして、成算があって進出するのだろうが、人口減と産業低迷による経済縮小がさらに進めばいつかは撤退するのか、そうなれば土地を貸した農家はどうなる、と尽きなかった。
 先週の金曜26日ごろに、先送りが続いている東能代SCの出店が正式に決まったような情報が一部で急速に広がった。小社の記者にも問い合わせがあり、あちこちに裏取りをしたが、イオン側がゴーサインを出したとの感触はつかめなかった。むしろ、とぼけるふりでもなく、「そんな話は聞いていない」などの反応が相次ぎ、取材される側が困惑気味で、計画は進んでいないような印象を受け、記事にできる状況には至らなかった。
 結果的には、市長のイオンに関する行政報告の通りで、開発責任者が「コスト面でめどが付き次第、開発行為等の申請を行う予定である」と伝えたとのこと。これまでの回答の域を出ていない。
 では、なぜ「出店へ大きく前進」の噂が流れたのだろうか。新年度を前にした議会で、何らかの新しい情報が出てくるのではないかとの予想が拡大解釈されたか、関心を呼ぶ秋田市北部で構想されている同じイオングループの巨大な複合型商業施設の動きと混同して広がったのか。
 いずれにしても、来るのか来ないのかが長引くゆえの噂の流布とみた。(八)