シドケで知る素人の危険

(4月29日)

 その日朝のニュースは、湯沢市の70代の男性が3日前にトリカブトをシドケと間違って食べ意識不明の重体となっていると報じていた。自分で採ったとみられるという。
 シドケは濃い葉の緑と根元の茎の薄い小豆色が鮮やかで、お浸(ひた)しにして食すると独特の香りとほろ苦さにシャリッとした歯触りがあり、ボンナ(ヨブス
ソウ)とともに好んで食べる葉物系山菜だ。
 しかし、食べたことはないが食用にもなるニリンソウ、それに猛毒成分が含まれているトリカブトと葉の形が似ており、誤認しやすいとされる。実際に県内ではトリカブト摂取による死亡例もあり、保健所で注意を呼び掛けている。
 ただ、山菜採り名人らによると、シドケはキク科のモミジガサのことで、その名の通り葉がモミジ状で傘のように開いており、トリカブトとは見分けが案外簡単だと教える。素人の自分は、名人が採ったものを左手に持ちながら、それと同じ形状を探す。
 ニュースのあった午後、自然に詳しい同期生に誘われて、去年より1週間早く山菜採りに出掛けた。暖かい日が続いて、採り頃だというのだ。
 白神山地の麓の里山。歩くこと30分、杉林を越え笹藪(ささやぶ)を漕いだ所の急斜面にシドケが自生しているという。けれど、着くなり彼は「そこは違う」と指摘した。
 目の前にあるのはトリカブトとニリンソウとのこと。それがあっちにもこっちにも一面に敷いたように広がっていた。彼が採ったシドケを手にしていなければ、迷宮に入り込んで、喜び勇んで取っていたかもしれない。
 しっかりと区別に注意し目が慣れてくると、シドケとそれ以外の植物の違いが分かるようになり、そこにもここにも見事な本物を見つけ、ポクリと折ってカゴに入れた。
 山菜ブームと言われるのに、誰にも会わなかった。以前は車で奥まで入れたのに今は薮化してかなりの距離を歩かなければならなくなった場所は敬遠され、さらに高齢化して山菜採りをやめた住民が増えたことが原因と彼は分析した。
 シドケから、トリカブトの危険を知った。山の荒廃、さらに地域の高齢化もまた。(八)


 

年寄りへの三大兆候プラス

(4月25日)

 知人が、とある組織の運営に物申す評議員を3月末で辞めたと明かした。
 60代半ば。これまでの経験と知識をもってすれば、まだその任にあってもよさそうだが、最初からのメンバーで10年以上も就任しているため、「もういいのでは」と、新風を入れる交代を願って決めたそうだ。それで彼が以前、笑いながら教えてくれた言葉を思い出した。
 「年寄りの兆候は『話が長い』『同じ話を繰り返す』『人の名前を忘れる』から始まるスナ」
 法人組織や地域の民間団体の会長を務めている彼は、話を簡潔に述べ、話題も豊富であり、「あれあれ」と思い出せない様子も見たことがないので、「年寄り三大兆候」にあるとは思えないが、若干の不安が出てきたのだろうか。
 それよりも、重い責任の役職にあるのだから、三大兆候が表れてきたら、勇退を考えざるを得ないと思っているのだろう。
 たとえ周囲が後継にふさわしい人がいないとして「もう少しやってください」と懇請しても、役員内の本音は交代を期待しているのに「余人をもって代えがたい」とおべんちゃらを言われても、心に留めていた「引き際の美学」「潔い勇退」を貫く覚悟があるとみる。
 彼自身、引退・交代の機会を逸し、「話が長く、同じ話を繰り返し、人の名前を忘れた」トップを、この地域でも全国でも見てきたはずだから。
 年寄り三大兆候とは別に、「やたらと自慢話をする」「過去の話ばかりする」を指摘する人もいる。
 年を重ねれば、短くなった未来と明日は不安と心配ばかり多く、懐かしい昔話、栄光と華やかだった頃を語りたがるのは致し方ないが、これが年齢の垣根を越えた気持ちの通いをまずくさせ、中高年の役職者やリーダーへの不満、世代交代論の台頭につながる。
 高齢化と少子化の社会。人生経験豊かな年配者の知恵や判断力は、ますます求められる。とすれば、自慢話と過去の話を繰り返さずほどほどに、しかも長々とせず、明るく語りたいものだ。
 若い人には聞く耳を優しく、人の名前を多少忘れるのは大目にしてもらって。

(八)


 

春の味、話題は尽きず

(4月22日)

 魚をさばいた後に残る頭やカマ、目、骨などの粗(あら)に付いた身を、剝(は)ぎ取ったり、すすったりして食べるのを好む。うま味が凝縮されている感じが何とも言えないのだ。
 特にサクラマスの醤油(しょうゆ)煮は極上。というのも祖母や母の春の定番料理であったためで、その思い出が詰まっているからである。そんな話を後輩の料理人に教えると、後日、「食(か)ねすか」と、粗煮を土産にくれた。
 店ではソテーや塩焼きを提供しているが、ジャッパ(雑片)を求める人はいないらしい。そもそも出す雰囲気ではないので、回ってきたようだ。
 ショウガと板昆布を豪快に入れて甘辛く煮付けた粗は、食べる部分は少ないが、付着した身やコラーゲン状のとろり、そして皮に脂が乗っていて、魚のエキスが凝縮されているよう。酒のピッチも上がった。
 米代川産のサクラマスだという。尻尾と頭から推定して結構な立派な型と思われた。
 米代川のサクラマスは、一昨年まで遡上(そじょう)のピークが一番美味(おい)しい「桜の季節」が禁漁だった。しかし、関係者の要望が叶(かな)い、昨年から解禁が2カ月早まって4月1日となった。
 ただ、昨年は期待に反して、不漁だったらしく、花見時に店頭にはほとんど出回らず、また釣果を自慢する人も現れず、食べる機会がなかった。今年はどうやら好調で、一部の飲食店では看板メニューに、さらに「2本釣った」、「年間の遊漁料分(1万5千円)の元は取った」とかの話題が出るほど。
 こちらは釣り情報に疎く釣りファンの事情がどういうものかよく分からないが、ゴールデンウイーク中は全国からサクラマス目当てに米代川に釣り人が多数訪れる、との予想をする人もいる。
 かつて観桜の時期に、能代市民が待ち焦がれていたサクラマスが、復活の兆しだろうか。
 そんなことを思っていると、「シラヨ食ったが」と古希の人が聞いてきた。早くも「踊り食い」を堪能したことを自慢していた。ここ何年も不漁続きの米代川のシラヨも、陽気とともに旬となってきたか。
 「春の味」の話題は尽きない。(八)


 

「どうしちゃった」と苦笑い

(4月17日)

 最下位当選が抽選、前回上位当選の現職2人が落選という波乱だった藤里町議選(3月27日)が終わって2週間後、同町の60代女性から手紙が届いた。
 「ここ数年、人口の減少、若者も少なく、高齢化も進み、産業も薄く、町全体が沈みかけている気がしてなりません。地方創生と言って頑張っても田舎はもっと厳しくなると思います。そんな中、候補者の皆様は各親類、元同僚とまるでクモの巣状態みたいな感じで各家々と一生懸命に足を運んでの挨拶(あいさつ)回りでした」
 町の現状を分析しつつ、選挙戦を「旧態依然」と振り返っていた。そして、人口3400人の議員定数が10であることに対し、「多い」という町民の声があることを紹介、今の議員報酬で努力して活動を成し遂げてほしいと求めていた。
 気になる一文があった。「私には議員の町に対しての仕事の内容が見えないような気がしてなりません」。
 地域を元気にするために率先し、住民の安心安全に目配せをする首長に比べて、議員の活動は議会以外あまり目にすることがなく、それが「活動が見えない」となり、住民が仕事ぶりをあまり評価しないことにつながりがちだ。人口が少なく狭い地域、顔も行動も分かられやすい藤里町であれば、議員は活動をより律しているはずだが、それでも厳しい見方があると理解した。
 では彼ら彼女らはどうしているだろうか。あれから1年、当選した能代山本の県議4人。あれから2年、喜びに沸いた能代市議22人、八峰町議12人、無競争だった三種町議18人。
 選挙前には相次いで発行された後援会だよりも活動報告のチラシも、とんと見掛けなくなった。報告会を開いたり、フェイスブックやブログなどでこまめに活動を発信している議員はいるにはいるが、少数である。
 住民から声を聞く機会を設けていながらも、その後の対処と説明を具体的にできないでいる例も少なくない。それどころか、引っ込み思案に陥っているかのような議員も。
 「あんなに懸命だったのに、今はどうしちゃったんだろうね」と首をかしげていた能代市内の60代女性の苦笑いを伝えたい。(八)


 

変わる能代海岸、砂浜はどこに

(4月13日)

 「わだし(私)海を見るの好ぎなの」と70代の女性が話した。
 社交的で冗談を言って笑わせる彼女は、神経こまやかで人付き合いも気遣いが過ぎて案外に疲れているのかもしれない。いや、どんな人にも悩みや苦労があり、老後の心配もあるのだから、彼女とて例外ではないだろう。晴れた日にふと、気晴らしに海を見たくなるのもわからなくはない。
 健康づくりを兼ねて小一時間、生まれ育った能代市南部の海沿いを歩くそうだが、「砂浜がなくなっちゃって、なんだがサビシーッ」。そして思い出したように「これがらも変わっていぐんだべニャー」と付け加えた。
 米代川河口左岸側はかつて砂浜が能代、八竜、若美、男鹿にまで続いて、能代、釜谷、宮沢、五里合の海水浴場があった。しかし、能代は港湾開発、さらに工業団地、火力発電所が整備され、砂浜は失われ海側に産業の拠点が張り付いた。
 さらに1983年5月の日本海中部地震と津波、その後の海岸浸食によって、ロケット実験場を挟み浅内地区に海岸防災林造成のための防潮護岸が延びた。
 子どもの頃に泳ぎ遊んだ海水浴場も、職場のみんなで楽しんだ地引き網の海も消えた。しかし、それは能代が発展するための、あるいは地域を災害から守るための〝犠牲〟であり、住民に大きな異論は起きなかった。そのことを彼女も理解しているのだが、海岸を改めて目の当たりにして変容に驚かざるを得なかったのだ。
 砂浜はどこにあるのだろうか。海釣りの愛好者や工事関係者ならば分かるだろうが、こちらは何年も足を運んでいない。風車の現場や宇宙イベント会場の鉱滓(こうさい)堆積場跡に行ったことはあるけれど。車を走らせた。行けども行けども護岸が続き、砂浜があったのは河口から約9㌔、三種町釜谷の境近くだった。
 能代海岸は、陸に風力発電所の建設が進む。そして世界有数規模の洋上風力発電の計画が具体化。エネルギー海岸に変貌(へんぼう)していく。
 失われる、生まれる─これからも能代の海岸風景を心のカメラに収めていく。けれど美しい能代の砂浜も歩きたい。落合浜はどうなっている?(八)


 

当面の焦点は「まとまれるか」

(4月6日)

 3カ月後の参議院議員選挙に向けて、県内では民進党と社民党、共産党それに市民団体「あきた立憲ネット」が統一候補の擁立に向けて協議を進め、今月中に結論付けするという。知人から「どうなの?」と聞かれた。
 「どうなの」とは、4者がまとまれる候補者を出せるのかと、まとまった場合に「勝てる」見込みがあるのか、の二つの問いが込められていた。
 秋田選挙区では先月まで、自民党現職で再選を目指す石井浩郎氏(51)と、3年前に苦杯し雪辱を期す民主党の松浦大悟氏(46)、共産党新人の藤本友里氏(36)、幸福実現党の新人の西野晃氏(38)が公認候補として立候補を表明、準備を進めてきた。
 それが、安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める大学教員や平和団体関係者が組織した市民団体の申し入れで、野党統一候補の擁立に動いているわけで、「意中の人と交渉を進めている」そう。
 若手で一定の知名度のある法曹関係者らの名も伝わってくるが、受諾に傾けば、維新の党と合流して結党したばかりの民進党の松浦氏と共産党の藤本氏は降りるか、比例区に回るのか。一方で民進党は「統一候補は松浦氏に」を確認しており、展開はなかなか複雑である。
 では、自民公認で公明党が支援するであろう現職に、統一候補が勝てるのかと考察すれば、五分五分の見立てとなろうか。
 秋田の参院選の歴史を振り返ると、昭和40年代は3年ごとに自民党と社会党が議席を分け合い、50─60年代は自民独占、平成に入っては社会、自民連続4回、13年から政党への追い風・逆風が極端に表れる選挙となり非自民系2回、そして自民2連続の当選。その間、共産党は「わが道を行く」の擁立であった。
 民主党と社民党と連合秋田が組めば「勝利の方程式」と言われた時代もあったのだから、これに共産党と支援団体が加われば、布陣は厚みを増す。自公が警戒感を持つのも当然だろう。しかし、共産党に距離感のある有権者も少なくない。そのプラスマイナスがどれほどとなるのかが行方を左右する。
 参院選の当面の焦点は、「まとまれるか」である。

(八)

 


 

県内政界の最大の関心事は

(4月1日)

 秋田市のホテルでの集まり。挨拶(あいさつ)を求められた佐竹敬久知事(68)の左足の運びが不自然で、登壇する際はスタッフの男性が慌てて駆けつけた。「大丈夫」という仕草をしていたけれど。
 27日の八峰町合併10周年記念式典の出席者の会話を思い出した。知事も出席して祝辞を述べたが、彼らは「足あんべ、おがしがったな」「大丈夫だったが」と振り返った。足を引きずるようにしていたので、何かしら具合が悪いのではと感じたようだ。
 知事は、秋田の会合で多くの目が足に注がれているのを気にしたらしく、「先日、小さな山に行って転んだ」とあえて説明し、それほどのけがではないことを強調、県民会館周辺に構想する県と秋田市の連携文化施設を「日本の最高グレードのものにしたい」と述べ、県政運営に強い意欲を示していた。
 政治家の病気やけがは、その立場を微妙にする。やがてくる選挙への「出る、出ない」や出た場合には票に波及するからである。
 佐竹知事は、1期目の当選から2年を経た平成23年4月、軽い脳出血で入院したことがある。その後、回復して復帰。3年前に無投票で再選され、今日に至っている。知事によれば、口の左上にしびれが残っており、滑舌が少し悪いそうだ。
 節制しているためか当選時から比べると、パスポートの写真と異なるほどほっそりしたが、酒の国のトップは結構飲むし、県産品を率先して食べてセールスするし、テレビCMに出るは、海外出張するは、で多忙を極めている。
 それでもなお、知事の病後が気になる県民は少なくなく、特に地方政治にどっぷり首を突っ込んでいる人は関心を注ぎ、八峰町の式典に出席した人のような言葉につながる。
 まして、来年春が改選期。3期目の挑戦となるのか、勇退するのか──。早くて9月、遅くても12月の県議会までには態度をはっきりさせるとみられるから、知事の動向と健康が注目されるのだ。
 夏の参院選、あるいは衆院とのダブル選挙もあるが、知事の去就は今年の県内政界の最大の関心事だろう。3期目への思いは、言動と行動からしても相当強いとみる。

(八)