銀座で見つけた「じゅんさい」

(6月29日)

 「大好き」はお世辞だろうと冷ややかに見たが、どうしてどうして、俳優の綾野剛さん(34)はジュンサイが好物らしく、実においしそうに食べていた。
 NHK総合テレビで27日夜放送の「鶴瓶の家族に乾杯」は、三種町の旅。綾野さんは、鶴瓶さんらと地鶏入り醤油出汁(しょうゆだし)の旬のジュンサイ鍋を堪能、さらにジュンサイ沼を探して、作業には無理なファッションで危なっかしく摘み取りを体験、笑わせていた。
 ここ数年、同町のジュンサイは、全国放送の旅やグルメ番組にたびたび紹介されるが、視聴率の高い「家族に乾杯」に登場するに至って、特産品と「面白くて人情味のある町」の宣伝効果は大だったと、うれしく思う。
 1週間前の東京での「銀座のじゅんさい」を思い出した。
 能代出身の世話になっている人の小さな祝宴に参加した後、会場近くの繁華街を1人そぞろ歩いた。すると銀座のど真ん中、4丁目に昭和の路地裏が残っているのに気付き、小路に入ったとたん、目に飛び込んだのは「じゅんさい」。「本日のオススメ」の宣伝メニューではなく、店の名前が目立つ袖看板である。
 小料理屋らしく、銀座値段は高いだろうとためらったが、地下の店の暖簾(のれん)を思い切ってくぐると、「いらっしゃい」とかなり年を召した女性店主が明るい出迎え。家庭料理の店でカウンター席に座ってビールを注文した。
 「ママさんは秋田の山本町出身ですか」と疑問の第一を質問すると、「違うの。六郷、今の美郷町」との返事。「じゃあ、どうして店を『じゅんさい』にしたのですか」と聞き返した。
 店主の高橋セキさんは、昭和47年に素人で銀座で開店するにあたり、故郷にちなむ店名を考えたが、「おばこ」や「こまち」はありきたり。写真で見たジュンサイ沼のエメラルド色の美しさに魅せられ決めたという。
 開業から44年、今の店は31年目。最高級のジュンサイを提供しているそうで、その日も会社帰りの男女が酢の物を味わっていた。ただ来年で満80歳。「潮時なの」と年内に閉店すると明かした。
 残念ではあるが、ジュンサイの産地は感謝。「ありがとう」と店を出た。

(八)


 

鍔を鰐に間違え38年目の訂正

(6月25日)

 昭和53年5月8日付社会面「暮らしを潤す趣味」欄の文中に「秋田鰐銭(わにせん)」とあるのは「鍔銭(つばせん)」の誤りでした─能代市河戸川の古銭研究家の村上英太郎さんの訃報に接し、故人を偲びつつ、記事掲載以来38年目にして訂正する。
 村上さんはあの時、菓子問屋を営み43歳、こう語っていた。「古銭一枚一枚からは製造時代の庶民の生活がしのばれ、歴史・文化の勉強にもつながる。それに、古銭を通じて仲間が増え、自分の生きていく世界が広がったような気がします」と。
 その10年前。商用である店に行ったところ、古銭を見せられ、何とはなしに2万円で10枚を購入。その中に、久保田藩が鋳造した秋田鍔銭や加護山銭座(現在の能代市二ツ井町)による波銭があったそうだ。秋田でも貨幣が造られていたことを初めて知り、興味をそそられて古銭収集の道に入ったと明かした。
 それらを企画記事にしたのだが、彼はこちらの間違いを全然気にする風ではなく、会うたびにニコニコと声を掛けてきてさまざまな趣味の話をし、何年かに一度は「君は鍔を鰐にしたもんなぁ」と笑い飛ばした。
 村上さんは「趣味は?」と聞かれると、「多趣味」と答えるほどで、当時すでに将棋に囲碁、卓球で地域に名が知れていたが、古銭にも没頭していた。やがて天保通宝の収集研究では第一人者に。旺盛な好奇心はもちろん、道楽と思われないための努力があったと推し量った。
 古銭だけでも驚かされたのに、後にさらにびっくりさせた。平成17年の暮れ、「くし・かんざし資料館」を開館したのだ。櫛(くし)、簪(かんざし)のほか笄(こうがい)、根掛、紅板、懐中鏡、それに意識して集めた秋田銀線細工などを常時1000余を展示、それらを紹介するコレクション本を自費出版するほど。
 さらに、どうして登場したのかは聞く機会を逃したが、3年前にはテレビの「開運なんでも鑑定団」に現れ、自慢の花嫁簪10組の鑑定を依頼、東京のスタジで収集のエピソードが紹介された。
 村上さんは、能代山本の誇れる貨幣と頭飾具の収集研究家だと思う。そこには秋田の文化財を残し伝えたいという強い思いがあったのだから。   

(八)


 

迫る参院選、勝敗の分かれ道は

(6月21日)

 参院選の公示が目前。立候補予定者と陣営の動きは慌ただしく、自民党の安倍総裁、民進党の岡田代表をはじめ各政党の大物が続々秋田入りして、政策と批判をぶつ。
 だが、取材に走る記者や政党関係者によると、「あまり」どころか「さっぱり」盛り上がっていないという。衆参ダブル選が消えて、参院単独となったためか。選挙区が広く、立候補予定者の姿が見えず、現職の場合も衆院議員に比べて密着度が薄いためか。それに、業界、労組、宗教団体などが推す比例区の動きが鈍いことも拍車を掛けているか。
 集団的自衛権の是非、その先にある憲法改正問題、消費税率引き上げの先送りとアベノミクス経済効果、政治とカネ、TPPと農業などと争点はさまざまにあるというのに。早くも、3年前より投票率が下がるという予測も出るほどだ。
 しかし、今回の参院選は、見方を変えれば相当に興味深い。秋田は3人が立候補予定だが、事実上は自民・公明の与党勢力の自民党現職の石井浩郎氏と、野党統一の民進党元職の松浦大悟氏の一騎打ち。これまで「わが道を行く」の共産党が、予定していた公認候補を取りやめ、民進・共産・社民・秋田立憲ネットで対立軸を組み上げたのだ。
 前回の自民は中泉松司氏が26万846票で当選。落選した民主の松浦氏は19万4497票。共産党候補は3万6371票。仮に野党統一であったとすると23万863票となり、3万票の小差、惜敗率88%に上がる。石井氏が初当選した6年前は、石井氏32万8771票、次点の民主現職・鈴木陽悦氏22万6217票と大差だが、共産党候補の3万6320票を加えると6万票差に縮まる。
 実際はそうは単純な足し算ではなく、野党統一への反発や切り崩しもあるだろう。だが、与党に批判の逆風が吹き、逆に野党に追い風となれば、状況は一気に変わることを、過去のデータが示しているのである。
 それぞれの候補が支持基盤をしっかり固め、その時のムードで右にも左にも投票する無党派層と、新たに選挙権を持つ18歳・19歳をどう引き込むのか─勝敗の分かれ道になると見る。(八)


 

「あっこ」が呼び覚ます幼児方言

(6月17日)

 日本茶、コーヒーが用意された昼食会で「何飲む?」を聞かれ、アイスコーヒーを頼むと、同席の人は「私は、あっこ」と言った。
 歌手の和田アキ子の愛称でも、亡くなったスナックのママの名前でもなく、「あそこ」のこと指す方言でもない。久しく聞くことのなかった「冷たい水」を言い表す幼児語だ。
 懐かしく、可愛(かわい)い方言を彼女はなぜ発したのだろうか。孫を「かでる=遊ばせる、あやす」という「孫かで」をしていて、幼子に「あっこだよ」「ハーイあっこ」と語っているものだから、中高年の場でもつい出てしまったのかもしれない。コップの水道水をおいしそうに飲んでいた。
 そこから、なぜ「あっこ」と言うのか疑問が湧いて調べると、奥深い方言と分かった。県教委の「秋田のことば」から少し長くなるが引用。
 「『あこ』『あっこ』は、梵語『アカ(閼伽)』(ラテン語の『aqua〈アクア〉』も同義語)からきたもので、もとは仏などに供える水を意味したが、幼児に水を供えさせる躾(しつけ)の際に用いていた語は、いつしか幼児の口にする水をも意味するようになったもの。水を飲む際の擬音表現によるか」
 ちなみに湯を与える場合は「おっこ」を使うが、これは、「おゆ」に親愛の意を添える接尾辞の「こ」が付いた「おゆっこ」の「ゆ」の音節が弱まり脱落した形─とある。
 先輩が「ひとごび、してやぁ〜」と話していた。聞き返すと、関東圏に住む息子家族に久しぶりに会いに行くと、男の子の孫が親に隠れようにして飛び込んで来なかったという。帰省した折には、息子の妹が抱っこすると、火がついたように泣いたそうだ。
 「ひ(ふ)とごび」は、「はにかむ。人媚(こ)びする」のことで、「幼児が見慣れない人に接したとき、むずかって泣いたり不機嫌になったり、はにかんだりすること。人見知りをする」と説明している。
 先日、近所の人に「どうして『ごんぼほり』って言うの」と聞かれた。再会した孫が駄々をこねて、困った彼女は「ごんぼほり」を思い出したのか。
 孫は、ジジババに忘れ消えかかっていた方言を呼び覚ます存在と知った。(八)


 

フキと身欠きニシンの煮物

(6月12日)

 一足早い中元ではないだろうけれど、親類の男性が「さっとこだども」とフキとワラビを届けてくれた。いずれも水煮で、きれいに束ねてあった。
 ほかの親戚にも配るらしいから、ある程度の量を生まれ育った里山で採ってきたと思われる。ただし、大鍋で煮て灰汁(あく)抜きして、フキの場合は筋を取り除いて、となると男手ではどうだろうか。なじみの農家のおかあさん、ばあさんに処理を頼んだのかもしれない。
 それにしても、太さと長さが揃(そろ)っていて、採るも下処理もプロの腕のよう。ワラビの濃緑とフキの薄緑の色の対比も目に鮮やかだ。
 ワラビは、半分をそのままお浸しに。カツオ節をかけて、醤油(しょうゆ)を垂らして食べると、ほどよい軟らかさとぬめりで、曰(いわ)く言い難い食感を堪能した。残り半分は、だし醤油に漬け込んで、翌朝に「簡単ワラビの漬物」として味わった。これもいける。
 さてフキ。煮物が定番だが、単体でピリ辛煮、色を生かす薄煮とするか。それとも別の食材と組み合わせか。その場合、さつま揚げや油揚げ、タケノコ、こんにゃく、肉(鶏、豚、牛)か。
 「どうする?」と問われたので、しばし思案すると、身欠きニシンが浮かんだ。少年から青年期に食卓に出ていたし、仕出し料理にもよく詰められていたが、最近はほとんど食べなくなっていたこと、食料品店の総菜コーナーでためらって買わなかったことを思い出したのだ。
 それで、スーパーで柔らかい「ソフト身欠きニシン」(1パック200円)を求め、フキとの煮物にした。ニシンは小骨が邪魔だが、それを外しながら食べると、魚と山菜の独特の味のハーモニーが、懐かしさを運んできた。
 翌日の煮物はさらに味がしみ込んで、ご飯が進んだ。
 同時に、「身欠きニシンは駄目だ」と語る2人を思った。彼らは、少年期に脂身が強くて好まなかったニシンをよく食べさせられたことが「心の傷」になったという。年を重ねて味の嗜好も変わっただろうから、旬のフキとの煮物に挑戦してはどうか。
 田舎の山菜の緑を、もっと味わう。 (八)


 

「毛高」が「げんだが」な「ゲダガ」

(6月7日)

 若い社員が休日に家族でドライブ先の公園で遊んでいると、奥さんの服に毛虫が付き、それを取るのに大騒ぎになったことを仲間内で話していた。
 居合わせた女性の皆が毛虫を嫌い、遭遇すると「キャー」と叫んだり、逃げたりすることが分かった。別に襲ってくるわけではなく、大概はじっとしているか、もぞもぞ緩く動くのだから、割り箸か何かでつかんで、袋や穴に捨てればよいものを、とこちらは思うのだが、そうもいかないらしい。
 女性の一人は、サツキの鉢に毛虫が2匹いるのにびっくり「コワーイッ」。あわてて親に連絡して処理してもらったそうだが、父親は「なんでそんなことまで」と思ったのでは。渋面が浮かぶ。
 そんな毛虫話のやりとりの最中、50代が「ゲダガがぁ」と、呼ぶと、20代、30代から「ゲダガってなんですか」と聞き返された。ゲダガは毛虫のことを言い表す方言だが、知らないらしい。彼は深くジェネレーションギャップを感じたよう。
 先日、知人女性が、「ちょっと、どうして毛虫をゲダガって言うの」と質問。勤務に向かう途中に道路に黒く動くものがあり、見ると毛虫だったそう。そこで「キャー、ゲダガ」。年を重ねて怖いものはもう何もない、あるとしたらヘビぐらいと勝手に思っていたが、まったく違い、ぞっとして身の毛がよだつらしい。
 彼女の同僚もまた、庭先などで毛虫を最近よく見掛けるそう。大げさに体を震わせるようにして、ゲダカの語源調べに同意した。
 毛虫はいまさらだが、「チョウやガの幼虫で毛の多いものの総称。多くは褐色または黒色で、全身に長毛を有し、植物の茎・葉を食害」(広辞苑)で、ほかに「いじわるな嫌われ者のたとえ」である。
 県教委の「あきたの言葉」では、「毛高」の変化した形らしいとあり、「げぁんだが」「げぁんじゃが」と言う地域もあるそうだ。
 こちらは、たまに使う「げんだが」「げんだに」、つまり「ことさら・非常に」を言い表す方言の「げ(ぎょ)んだ=仰だ」に由来すると思っていたが、外れていた。
 「毛高」が「げんだが」な「ゲダガ」が増える心配な季節だ。(八)


 

本因坊戦の〝趙サプライズ〟

(6月3日)

 「あれ、趙治勲(ちょうちくん)さんがいるじゃない」。秋田市から泊まり掛けで能代市にやって来た知人男性が驚いた声を上げた。「どこに」と聞き返すと、メインテーブルを指し、「ほらあの独特の髪形だよ」という。後ろ姿では顔は分からないが、髪があちこちにはねていた。
 趙さんは、囲碁ファンでなくてもその名を知っている人は多いだろう。韓国釜山市出身の59歳。6歳で来日した天才棋士で、通算タイトル獲得74は史上最多、史上初の通算1400勝、本因坊は歴代1位の12期で1989年からは10連覇の偉業、などと囲碁界のスーパースターだった。
 その人が、第71期本因坊戦七番勝負第三局のため来能、1日に開かれた「前夜祭」に現れたのだ。そのことは、事前にあまり周知されていなかったらしく、秋田から来た囲碁ファンはサプライズと受け止めたらしい。そして、こう付け加えた。「彼の話は面白いんだよ。何か話してくれないかなぁ」と。
 前夜祭には、本因坊元祖の算砂(さんさ)ゆかりの寂光寺(京都市)の大川定信住職(73)が駆け付け、「本因坊盾」を披露、その際に井山裕太本因坊(27)と、挑戦者で過去3期本因坊タイトルを獲得している高尾紳路九段(39)、そして趙さんと歴代3人の本因坊が登壇するという即興に、感極まる参加者もいた。
 その後に、今回の第三局にやってきた囲碁関係者が紹介され、スピーチとなったが、主役はやはり趙さん。
 ユーモアを交えて、協賛の証券会社を持ち上げたり、主催の新聞社を下げて激励したりで、会場の笑いを取った。もちろん翌日からの対局についても触れたが、対局する2人の棋風の表現が素人にもわかりやすく、なるほどと思った。
 絶好調で挑む高尾九段は「川の流れのように『美しい碁』を打つ」と。しかし、美人にも言えることだが、美しいは必ずしも幸せではないとし、初の七大タイトル保持者の井山本因坊を「美しいものを食べ尽くす」と言い表した。
 1勝1敗で迎えた能代の戦いに、俄然(がぜん)興味が湧いた。
 本日1面とこの面の写真で、黒の眼鏡をかけた人が趙さんです。わかりますよね。(八)