週刊新潮に「天空の不夜城」が

(7月30日)

 「週刊新潮の最新号、見ました?」と聞かれた。新聞広告によれば、目玉記事は東京都知事選の有力候補の女性問題で、それのことか、あるいは能代市出身の作家の小嵐九八郎さんが「黒い事件簿」に執筆しているのかと思ったが、「天空の不夜城が大っきく載っているんです」と驚いたように教えてくれた。
 「文春砲」「センテンス・スプリング」の言葉でスクープを連発する〝絶好調〟の週刊文春を、追撃するように特報を続ける週刊新潮。それに能代の「天空の不夜城」が紹介されているとは。せいぜい夏祭り特集の一つに取り上げられているのだろう、大げさ過ぎるのではないのか、感じた。
 ところが、仕事場に届いた8月4日号は、「秋田県・能代の夏を彩る 天空の不夜城」と題して巻頭のカラーグラビア4ページを飾っていて、職場の仲間が皆「オオーッ」と驚くほど。
 最初の面は、高さ24・1㍍の日本一の高さを誇る灯籠「愛季(ちかすえ)」の2段目に描かれた「鷹献上場面」が色鮮やかに映し出されていた。2、3㌻は見開きで夜の闇に浮かぶ「愛季」を右に高さ17・6㍍の「嘉六(かろく)」を左に。4㌻目は大通りを進む「嘉六」を小路から横向きに写したショットで、これは小紙の紙面に一度も登場したことのない参考にしたいアングルだった。
 これらの写真から、新潮が昨年から「天空の不夜城」を翌年夏の紙面掲載を計画し、準備していたことが分かる。では、なぜ能代の夏祭り行事なのか。
 導入の文には「目の前に広がっているのは、明かりに透かされて浮かび上がった巨大な〝時代絵〟である。その鮮やかな色彩はさらに上へ上へと伸びている…」とある。最後の写真説明は「脇道から望むと、まるで巨大怪獣が出現したようにも見える」と。
 グラビアを飾るにふさわしい色彩美と巨大さがあり、カメラマンを突き動かしたのだと推測した。
 週刊新潮の発行部数は約60万部。週刊誌では週刊文春に次ぐ第二位。読者は中高年齢者が中心。能代にとって宣伝効果は大きく、全国からの見物を誘う。
 それに応える演出、時間調整、もてなしはどうだろうか。 (八)


 

隔世の感も元気な「能代の夜店」

(7月26日)

 能代市の日吉神社の祭典が始まった。26、27日には柳町通りに夜店が並ぶ。出店は約130の見込み。昭和40、50年代は現在の渟城西小前の坂から東へ「たっぺの坂」を越え、畠町にまで及び、今の倍以上だったのと比べると隔世の感がある。
 「的屋(てきや)」「香具師(やし)」といった縁日・祭礼などでのやや怪しげな物売りを指す言葉が消え行くように、「健全」が求められて商売がやりにくくなったのか、業者の高齢化に伴い引退が続いているのか。あるいは、少子化で夜店を楽しむ子ども・家族が少なくなり、全体として縮小せざるを得なくなったためか。
 それでも、御指南町の神社から離れた繁華街の柳町での「日吉さんの夜店」は、能代山本最大規模の出店街であり、毎年、「わが地域にこんなに子どもがいるのか」と思うほどの人出。「地方は消滅する」との不安をあおるリポートとデータを、一時的でも忘れさせる。
 それだから、能代の夜店から元気をもらおうとのぞくのだが、オヤジが一人ぶらついては、場から浮いているようで、いつも「にぎわっているなぁ」と表層を見るだけ、横道に逸れてふらりと縄のれんを潜っていた。
 だが、去年は夜店通りを往復、じっくり店を見物した。世の中の変化が激しいように、露店も変わってきているのではないかと感じたからである。
 で、当然ではあるが驚いた。自分の子どもの頃から半世紀余、我が子の頃から四半世紀、変わっていた。
 輪投げ、射的、金魚すくい、型取りといった「遊び」。お面、ヨーヨーの「販売」、ハッカパイプ、綿あめ、りんご飴(あめ)の「食」は続いていたが、カラメル焼きは見つけることは出来なかった。「がまの油」や「バナナの叩(たた)き売り」に、フーテンの寅さんのような口上はあるはずもなく。
 代わって、焼きそば、お好み焼き、ホルモンなどB級グルメのあることあること。それにアイス・氷菓もいろいろ。夜行性のおもちゃも面白い。目移りしてしまった。
 さて、今年はどうだろう。出掛けよう。子どもにあふれる夜店の思い出は、やがて走馬灯のように浮かぶ。その走馬灯は今は売っていないけれど。 

(八)


 

夏も「ガッコが一番」の人

(7月24日)

 農産物直売所に、夏野菜が豊富に出回っている。わが家の猫の額の菜園でもキュウリが伸び、ナスがふっくらとし、トマトは赤や黄を濃くしている。それらを使った料理が食卓、仲間との懇親のテーブルに載るが、これからはもりもり食べようと、〝決意〟を新たにする。
 キュウリは体を冷やす効果があり、猛暑を乗り切るために必要、ナスは夏に疲れて一段と感じる老化を遅らせる抗酸化作用があり、ぜひとも摂りたい。トマトはアルコールの分解を助けてくれて中性脂肪の値を下げてくれるそうだから、なお。
 キュウリは生のままで、味噌(みそ)を付けた「モロキュウ」に、乱切り、スライスしてサラダに。最近は酢漬けのピクルスにも。ナスは焼いて熱々で、冷ましてさっぱりと、さらに麻婆(マーボ)などの炒め物に。トマトは生はもちろん、あれこれアレンジして和洋中にイタリアンと何でもあり──と、地場の旬を楽しみたい。
 そんなことを思っていたら、知り合いは「何たってガッコだよ」と、漬物が一番であると話し、行く店々で注文した。そして、「ナスは甘く、キュウリはしょっぱく」と。
 農村地帯に暮らす彼の家と近所では野菜の栽培はお手の物。今はどんどん「おがっている」状態、つまり生育がいいらしい。そこでさまざま調理して食べるが、「ガッコ文化」に染まる秋田県人は、夏も漬物をおいしく味わいたいと語るのだ。
 浅漬けが主体らしいが、「ナスは甘く」とは、糖類の入った甘さではなく、塩味が薄いことを指す。ナスは生で食べることはほとんどないが、薄塩の漬物は、生の食感に近いのがいいらしい。そして、へたを取り、そこに醤油(しょうゆ)をちょんと付けて頬張るのが、「いどぉ~」で、最高だそう。夏の涼感が伝わってくる。
 対して、「キュウリはしょっぱく」とは、薄味過ぎるとほとんど生の状態に近く、毎日の「生をポリポリ」と食感が重なってしまうことから、ここは漬物らしくはっきりした味と硬さが抜けた状態にするべきなのだ、というわけである。
 「俺って難しべが」と彼は言うが、妙に同意した。ただし、塩分は必要であっても過多に気を付けたい。(八)


 

「なっとこ映画」の思い出の夏

(7月18日)

 「団塊の世代」の先輩2人に別々の場で、彼らが少年の頃の夏休みの映画上映会を「なっとこ映画」と呼んだことの意味を聞かれた。
 昭和30年代に、学校の校庭や町内の空き地、神社の境内などに柱を立ててスクリーンを張り、映画を上映していた記憶はある。ただ何の映画だったかは覚えていない。ヒーロー物かチャンバラか。
 子どもがあふれていた多子化の時代、テレビもさほど普及していない頃、上映会は楽しみな夏のイベントで、にぎやかだった。スクリーンの裏側で裏返しの映像を見て喜ぶヘンな人もいた。
 その野外上映会を「なっとこ映画」と言っていた気もするが、定かではなく、質問に答えようがなかった。各種の方言辞典を調べても出てこず、夏の懐かしい思い出に浸りたいだろう怖い先輩に、説明できないお手上げ状態となった。
 そこで、秋田の雑学は何でも知っていそうな詩人でエッセイストの「あゆかわのぼる」さん(秋田市河辺)に相談すると、翌朝、返答が届いた。
◇ ◇ ◇
 そもそもは戦後、GHQが占領政策の一環として「非劇場型」の教育映画の浸透をはかるため、映写機やフィルムなどの資源を大量に投入して全国的な啓蒙活動をしたようです。民間情報教育局という所が推進した16ミリ映画による民主化促進プログラムだったそうです。学校や地域の会館などで上映会が行われたといいます。この時、全国に1100台の映写機が注ぎ込まれます。秋田県には23台入ったそうです。
 この映写機がNATCO(NATIONAL COMPANY)社製だったことから「なっとこ映画」と呼ばれたそうです。
 その後、日本製の映画がその方式で全国上映され、田舎では「古い」と「納豆」と重ね合わされて「なっとこ映画」といわれた、という説があります。それが昭和30年代、戦後復興に拍車が掛かる頃でしょうね。
 外国製の映写機の名前を秋田弁にしてしまう、秋田衆のバイタリティーを感じます」。
                ◇  ◇  ◇
 受け売りの付け焼き刃の知ったかぶりだそうだが、いえいえ、目から鱗のバッチリ回答である。感謝。(八)

 


二刀流・大谷翔平投手と能代

(7月14日)

 12日現在、8勝4敗で奪三振140、球速最高163㌔、打率3割3分9厘で本塁打10。
 3年前にプロ野球日本ハムに入団以来、投手と打者を貫く大谷翔平選手(22)は、「二刀流」に磨きがかかる。
爽やかで精悍(せいかん)な顔つき、ピッチングとバッティングのしなやかなフォーム、ヒーローインタビューは生意気にならずやさしい笑顔。野球のスーパースターと感心し、たたえる。
 かつて史上最高のサブマリン投手と称された能代市出身の山田久志さん(67)が文芸春秋7月号の企画「2020年の『日本の姿』」で予言した。
 大谷選手が再来年あたりから米国のメジャーリーグでプレーして、3年目の2020年、「経験値が上がって、投手として20勝、打者としてホームラン20本という夢が現実になる可能性は十分」と。
 山田さんは当初、二刀流を危ぶんでいたが、今の姿を見て、「もしかしたら大谷というのは私の想像を遥(はる)かに超えた選手ではないのか、今までの常識からかけ離れた選手かもしれない…」と考えが変わり、二刀流の〝応援団〟になったと明かしている。
 それはなぜか。野球解説者は具体的に分かりやすく説明、なるほどと何度もうなずき、こちらもさらに応援したくなった。「さらに」とは、大谷選手のルーツが能代市にあると聞いたからである。
 大谷投手の曽祖父・三蔵さんは同市栗山の出身。戦前に岩手県に「かまど」を持ったらしい。三蔵家は次男の政幸さん(北上市)、その長男・徹さん(奥州市)と続き、徹さんの次男が翔平さん。
 三蔵さんの長姉ツギさんの家系が能代に残り、ツギさんの孫・大谷孝雄さん(71)が同市竹生にいる。政幸さんと孝雄さんは親交が深く、翔平選手を語り合うという。孫が能代高校時代、花巻東との交流試合で翔平選手と対面・対戦もあったそう。孝雄さん宅には、今季のキャンプインの頃、翔平選手の額入りサインとサインボールが届いた。
 「活躍を見るのが楽しい」という孝雄さん。日ハムと楽天の試合がこまち球場で行われたら、旗を手に皆で応援に行きたいと夢見る。こちらもまた。(八)

 


参院選、タレント性重視の是非

(7月8日)

 東京都知事を辞任した舛添要一氏の話題は、さっぱり聞かれなくなった。本人が雲隠れ状態のためか、マスコミが後任候補者選びの報道に集中しているためか。参院選の終盤。舛添氏がもともと参議院議員であったことを思い出した。
 大学の教官から国際政治学者に。そしてテレビの政治討論の論客として名を挙げ、参院選比例区に自民党から立候補、2期連続当選で12年務めた。その間、厚労大臣を歴任、民主党政権が誕生して自民党が下野するや、党を離れて新党改革を立ち上げ、やがて都知事に。
 成績は優秀で弁も立ち、パフォーマンスも上手だったようだが、政治家としてどうだったのか。公私混同と「せこさ」が問われ、結果的に国民の失望とブーイングで都議会から引導を渡され、都政の場から退場せざるを得なくなった。
 舛添氏に投票した有権者は今、どんな思いでいるだろうか。平成13年の能代山本での得票は534票。政党の東北地区重点や秋田県出身の候補、業界団体・宗教組織・労働組合などの支持を得た候補には大きく及ばなかったが、乱立したタレント候補の中では〝トップ〟。
 同じ自民党の大仁田厚(元プロレスラー)313票、社民党の田島陽子(元大学教授)417票、民主党の大橋巨泉(元テレビタレント)232票、保守党の扇千景(元女優)315票、二院クラブの青島幸男(作家・元東京都知事)323票を上回った。それだけ期待が大きかった。
 しかし、6年後の19年、舛添氏の能代山本の得票は前回の半分以下の205票。自民党に厳しい風が吹いたとはいえ、知名度頼みのタレント候補が、地方で高い支持を得ていくには、簡単でないことを物語る。
 人の心は移ろい、別の好ましいタレントがいればそちらに流れる。爽やかな元スポーツ選手、力強い発言の評論家・学者、弁舌巧みなキャスターなど志は高いのだろうが、果たしてタレント性重視でいいのかの疑問も生まれる。
 舛添氏の教訓には、選挙における知名度優先の是非もある。参院選に影響はあるのかどうか。今回の比例区は案外に、タレント候補が少ないが。(八)


ソフトクリームの列に並んで

(7月3日)

 友人とドライブ旅行をして、道すがら農産物直売所のある「道の駅」3カ所に寄った。農業を営み直売コーナーで販売しているから、どんな工夫をしているのかを調べる意味合いがあったのだろう。
 それとは別に、「ソフト食べるか」とソフトクリームにご執心の様子だった。肌寒く風の強い日だったので、嘗める気分にはならなかったが、珍しいソフトでもあれば、買い求めたのかもしれない。
 話しぶりから、彼の近くにソフトクリーム大好き男がいて、影響を受けているよう。以前の仕事仲間だった先輩で、北海道を視察研修したところ、行く先々でソフトの看板があれば、求めてペロリペロリ。つられて彼もまた頬張ったらしい。
 酪農王国では牛乳のソフトがその店によって微妙に、あるいは大きく異なって、それぞれに美味(おい)しいと、彼の先輩は1日に5個も食べた理由を説明したという。お腹が冷えて後で困らないのだろうかと話すと、そんなことはなかったそうだ。
 ソフトクリームのファンはかなりいるのだろう。「道の駅」と「直売所」のほとんで扱っているぐらいだから。以前、山本郡内の直売所で秋田市の知人と偶然出会ったが、訪ねてきた理由は「ここのソフトが美味しいと聞いたから」だった。ラーメンだけでなく、ソフト巡りもあると知った。
 そして、ソフトは王道のミルクだけでなく、地域の特産品をアピールした変わり種が競うように増えている。能代山本にはラベンダー、サルナシ、ソバ茶、コハジャ、ブルーベリー、県内ではイチジク、モモ、リンゴ、木イチゴ、ホオズキにシシトウまで。あれもこれもで、行楽に出掛けて、1日で5個もあながち大げさな話ではないと妙に納得した。
 1日、大仙市での用事の帰りに国道13号沿いの「道の駅かみおか」に立ち寄ると、味どうらくソフト(330円)を求める行列が出来ていた。気温29度。こちらも一つ。秋田を代表する万能つゆの甘さが広がった。
 きょう7月3日は「ソフトクリームの日」。昭和26年、進駐軍のカーニバルの模擬店で、一般の日本人が初めて口にした日だという。その進化を改めて思う。(八)