地価、30年前と比べて愕然

(9月26日)

 土地の値段が話題となって、「あの頃は、すごかったよなあ」と顔なじみの社長がしみじみと語った。
 一般の土地取引価格の指標として活用される地価調査の平成28年分。能代山本は31の基準地のすべてで下落、能代市の全用途の1平方㍍の平均価格が1万3900円で前年比4・4%ダウン、山本郡3町は4500円〜5700円で3・6%〜5・2%落ち込んだ。
 地価は県内のほとんどの市町村で毎年下落、能代山本もその例に漏れず、「そういうものだろう」と驚くこともなくなった。しかし、社長の言う「すごかった」が地方の能代市にもあったのは事実だ。
 昭和40年代から60年年初頭まで、地価はダウンした年もあったが、全般的にはほぼ上昇を続け、儲(もう)ければ土地を購入する企業が多く、経営不振になれば不動産を売却してしのいだ事業所もあった。金融機関は土地さえあればそれを担保に融資した。
 では、あの時代と今はどれほどの差があるのだろうか。ほとんどの新聞記事もテレビニュースも前年との対比を示すのにとどまっており、「地価」を扱ったスクラップブックを取り出し、30年前、20年前、10年前との比較を試みた。
 驚くべきデータとなっていた。特に商業地の目を覆うような下落には愕然(がくぜん)。
 国土交通省と県の2つの調査から能代市の主要な商業地を拾う。1平方㍍価格。
 30年前の昭和61年、柳町の中央は14万3000円、区画整理と商業近代化が進み、その10年後の平成8年は15万7000円に上昇。しかし下落に転じ、平成18年7万3500円、今年28年は2万9300円である。
 能代駅前の元町の交差点近くは30年前は一等地の貫禄で20万3000円。しかし景気低迷と商業地図の変化で20年前17万円、10年前5万5000円、そして今2万4000円。
 かつて一坪70万円近くしていた元町は9分の1の約8万円、50万円の売買実例があったとされる柳町は10万円弱に下がっている。
 住宅地は30年でおおよそ半分程度だ。
 地価下落は地方の衰退、能代山本の低迷、経済の縮小を表していないだろうか。改めて憂う。(八)


 

はまなす展望台周辺をうろつく人々

(9月20日)

 東日本大震災後に能代を旅して、立ち寄った居酒屋の味に惚(ほ)れ込んで、今ではすっかり能代ファンになって年に数回泊まりがけで遊びに来てくれる岩手県の三陸沿岸部の40歳前後の夫婦が、語った。
 おなごりフェスティバルが終わったので、能代にはもう祭りはないと思ったのに、18日に街を歩くと、かわいらしい稚児の行列と元気に練り歩く神輿(みこし)に遭遇した。「まだあったんですね」と奥さん。
 すると、夫は能代港周辺を巡ったことを紹介した。「はまなす展望台に上ったんですが、私たち以外誰もいませんでした。でも、駐車場には車が止まっていて、周辺を歩いている人がいました。何だと思います?」と聞いてきた。
 イベントは特になかったはずなので、首を傾げると、彼は「ポケモンGOですよ」と教えた。
 「ポケモンGO」はスマートフォンのGPS機能で実際の風景に現れるキャラクターを捕獲するゲームだそうで、日本での配信が7月22日から始まり、能代山本でも早速ゲームを楽しむ住民の姿が見られたと少紙で報道した。
 わが社のスマホオタクは、けやき公園(上町)やイオン能代店前(柳町)でキャラクターを見つけたとはしゃいでいたが、こちらは、情報化社会から取り残され進化しないままで、編集局で唯一、ガラケーと呼ばれる旧型の携帯電話を使っている〝ガラパゴスおやじ〟。
 電子ゲームはパックマンやスーパーマリオの後はやったことがなく、ポケモンGOはどうやって遊ぶのか、どこが楽しいのかさっぱり分からないし、したいとも思わないが、はまなす展望台周辺をうろうろする人がいることに興味を覚えた。
 そういえば、10日に能代港に停泊した豪華客船「ぱしふぃっくびいなす」を見物にいった時、展望台にも車がけっこう止まっていた。それで19日午後に寄ってみると、うろうろ組が10人近く。「ここはスポットらしい」と若者が話した。
 まあ、何にしても遠くから来てくれるのはうれしい。事故のないように。ついでに展望台に上って、白神山地や風の松原にも関心を持ってくれれば…。次元が違う?(八)


 

「あねこ」の別の意味を知る

(9月16日)

 方言を懐かしく思うのか、覚えようとしているのか、同期生から二つの言葉の意味を聞かれた。
 一つは「あずましい」。「嶽(だけ)のきみ」を求めた青森県の岩木山周辺の旅の折、「あずましい足湯」があったそう。この方言は小欄で5年前に紹介しており、「気持ちがいい。安心だ。満足だ」の意。ただし能代山本では、その逆の状態の場合に、「あず(づ)ましぐね(無い)」と否定語としてよく使う。
 しかし、二つ目は簡単なようで難しかった。「あねこ」。
 主に「姉」「若い娘」を言い表すが、ある集まりの後、一人の女性のことを「あねこ、だものニャ」とこっそり語る同席の女性がいたそうだ。その意味が分からない、なぜ非難めいた言い方になるのか、との問いだった。
 一瞬、浮かんだのは「あねこかんじょ」。お金のやりとりを相殺しないで、お互いにやるものはやり、取るものは取るといった簡単な「姉こ勘定」をする場合に使う。そこから「きっちりしない、いい加減」を指すと考えたが、ちょっと飛躍し過ぎ、いや曲解になるので言いよどんだ。
 それで調べると、県教委の「秋田のことば」に、県北には「あねこちかる(う)」の方言が残っていることが分かった。
 「姉こ使う=お世辞を言う」とあり、「『あねこ』は若い初々しい女性をいう。『使う』は装う(そのふりをする)意。男女に関わらず、心にもない追従(ついしょう)を口にして相手に媚(こび)びることをいう」と説明している。使用例に「えぐ思われるために、あねこちかって」(よく思われるためにお世辞を言って)を紹介。
 「追従」は広辞苑によれば、「人のあとにつき従うこと。転じて、こびへつらうこと。おべっかをつかうこと」。世の中はさまざま。仕事や人事で覚えめでたくありたいと思えば、持ち上げたり、ごまをすったりする人は、いつの時代もどこの地域にもいるが、概して男性に多いと思われる。 だが、お追従を言う女性が案外いて、「あねこ、だものニャ」と呼ぶ人がいるとは意外であった。年を重ねても若々しく、〝ほじね男〟に襟を正させる厳しい「あねこ」が多いはずだが。 (八)


 

腹立てず、小言言わず、丸く丸く

(9月10日)

 能代市内の70代半ばのひとり暮らし女性がこの頃、心している言葉は「小言言われても腹を立てるな/腹が立っても小言を言うな/丸く丸く」だ。雑誌か何かで見つけたらしく、紙に書き写しトイレに張っているという。
 格言集にその文言は出てこないが、同じ内容では「人に小言を言われたときに腹を立てるな。腹の立ったときには小言をいうな」がある。3年前のNHK大河ドラマ「八重の桜」で再評価された、同志社を創立した明治の教育者の新島襄が残した箴言(しんげん)。それを身近に受け止めやすいように直したものとみられる。
 小言をめぐっていったい何があって、どのような心持ちなのだろうか。「どしたスカ?」と聞くと、「ちょっとネ」と返事を濁したが、とにかく自分を落ち着かせ、「丸く丸くしなければ…」という思いが伝わってきた。
 体力の衰えでぐずぐずするのと、音を聞き取りにくくなったのと、ど忘れ・物忘れが増えてきたことを嘆いていた。それが失敗につながって、友達や近所、遠くに離れた娘からいろいろ言われる注意が文句のように聞こえて、腹が立ってしまうことが多いからだろうか。
 不安な政治の行方、政治家の不祥事、地方の人口減の不安、身近には回復が感じられない景気、ままならない暮らし向きに、不満や不平を強く口にしたりしているのか。それは必要であるし、黙っていれば世の中は変わらないけれど。
 それよりも、周辺の人々や仲間、家族のしっかりしない行動を見ていられず、ついあげつらい、口やかましい〝小言幸兵衛〟のように思われていることに気付いたのだろうか。
 以前、街で出会った時、随分と不機嫌な表情をしていたので、声を掛けずらくなり黙っていると、「一人喧嘩(けんか)してきた」と妙な話をしたことがあった。腹を立てる自分と、それを戒める自分がいて、頭の中で争ったことだそうで、そうしたむしゃくした状態を避けたい心構えなのかもしれない、とも思った。
 小言はもちろん、説教も叱責も度を過ぎると、心の通いが悪化する。それどころか嫌われる。自戒が求められる人が何と多いことか。丸く丸く。 (八)
 


 

今昔、ワタリガニとシタビラメ

(9月4日)

 先輩と再会すると、なぜかワタリガニ(ガザミ)が浮かんだ。
 もう15年ぐらい前か。早朝の散歩をして、能代市下浜の漁港で彼と出会った。漁民と親しい間柄のようで、ワタリガニを譲り受けているらしく、夏のある時、当方にも6匹ぐらい分けてくれた。
 いずれも甲羅が硬くどっしりと重かった。それを茹(ゆ)でるのでなく、近所の料理人が教えた「蒸し」にすると、緑がかった灰汁(あく)色が鮮やかな明るい朱色に変わった。甲羅を外すと味噌(みそ)と内子、そして白い身がびっしり。
 手や口が汚れようが、むしゃぶりつけば、カニの風味が一気に広がり、身の甘い味に陶然とした。「カニは何といっても、能代のワタリガニだ。毛ガニ、ズワイ、タラバなんか目じゃない」と一人ごちて、黙々と食べた。
 その思い出がよみがえったのだ。同時に、能代沿岸のワタリガニにしばらくお目にかかっていないことも。子どもの頃は年に1回はありつき、青年期には浅内の同級生の家に遊びに行って、大皿にいっぱいのワタリを供されたことなども。
 ワタリガニを話題に振ると、彼もまた同様に食べておらず、「あの頃が懐かしいなぁ」とポツリ。すると、別の仲間が「八の字ガニも最近食ってね」と話に割って入った。
 甲羅に「八」「H」のようなマークがあることから「八の字」「エッチ」「ホンダ」などの呼び名のあるアカガニ、正式にはヒラツメガニも、型は小さいがワタリガニに負けず劣らずのおいしさで、人気があったが、最近見掛けなくなったというのだ。確かに、茹でを味わったのはいつだったか忘れるぐらい。
 地場のワタリガニ、アカガニの捕獲量は激減したのだろう。それは、海岸の整備や工事、海の環境の変化によるものか。残念なことであり、復活を期待するのだが。
 そんなことを思っていた先日。ある店でカレイのような魚のムニエルが出てきた。オクラやアワビタケを添えて。淡泊な味とバター醤油(じょうゆ)の香りが調和して美味にうなった。
 草履のような形状の正式名ウシノシタのシタビラメだった。かつて大流行(おおはや)り、近ごろは忘れられている魚、それも地元産との再会に至福を覚えた。(八)