市民ミュージカルで拾った方言

(10月28日)

 22日の能代市民ミュージカル「〜善婆(ぜんばば)が語る〜清水治郎兵衛政吉 野代湊(のしろみなと)町物語」は、人々が生き生きと街を発展させていった歴史を学べて、元気付けられた舞台だった。その中で笑いを誘う重要な〝役回り〟したのが方言。
 「がくらもくら」。檜山安東家と鶴岡の大宝寺の政略結婚を解説した善婆こと今立善子さんが使った。山形の蕎麦(そば)は旨(うま)いけれど、自分たち年寄りは食えないそうだ。「がくらもくら、って」。わが地域の鶴形や石川のそばに比べて、山形のそれは腰が強く、食べにくいらしい。
 「ががらもから」「がちらもちら」とも言うが、各種方言辞典には載っておらず、語源も分かりようがないけれど、なんとなく「なるほど」と思う。同様に腰の強過ぎるそばを食べて、「ぼぐぼぐ、で」の表現もある。
 「びょん」。野代代官所で、城代の大高安時が、加賀の国からやってきた清水政吉らを迎える場面で、安時が野代と加賀の本吉湊との違いを示すにあたり、「比べたてならねすびょん」と言う。すると、政吉は「はっ?」と不思議な表情を浮かべ、代官の石岡主膳が「びょん」について、「多分そうだな」のことをこの辺では言うと説明した。
 「おそらく〜だろう」「たぶん〜だと思う」「〜に違いない」といった場合に「びょん」「だびょん」と使い、推量することを言い表す助動詞。「べ(可)う」を表す古語の「びょう」が語源だそう。
 青森県のタレントの伊奈かっぺいさんのライブアルバムに「だびよん劇場」があるように津軽弁とみられがちだが、われらの何気ない会話に、「んだびょん」がよく出てくるから立派な秋田弁だ。
 ところで、工藤泰二著の「読む方言辞典」には、四半世紀前の小紙コラム「渟城雑記」が引用されていた。
 「ある議員さん、東京からの来客に一席設けた時、客が『能代に〝ビョン〟』という言葉があるそうだが、どんな意味だろうか」と尋ねられたが、いくら考えても思い浮かばないので、『能代にそんな言葉ねがビョン』と答えたそうだ。これホントの話」
 市民ミュージカル。来年も楽しい方言をよろしく。(八) 

                        


 

衆院選政党票から何見える

(10月24日)

 今回の衆院選で個人的に注目したのは、小池百合子東京都知事が率いる希望の党から排除された民進党議員が中心となって結党した立憲民主党がわが地域でどれほどの票を獲得するかであった。
 それは自民・公明の与党と、希望に日本維新の会の保守系野党、立憲民主・共産・社民のリベラル派の3極構造によって日本の政治が今後動く中にあって、立憲民主の立ち位置を知ることができ、その影響力を推し量る材料となるからだ。
 そして、そもそも右から左のウイングを広げまとまりのなかった民進党で、左寄りの支持がどれだけあったかをつかめるとみるからでもある。
 比例代表の各政党の得票数から能代市の場合を見てみる。
 今回は得票順に①自民1万524②希望6695③立憲民主4029④公明3208⑤共産1696⑥社民829⑦維新804⑧日本のこころ268⑨幸福実現168。
 27年12月の前回は①自民9109②民主5825③維新3141④公明2668⑤共産2119⑥社民1293⑦生活629⑧次世代444⑨幸福実現119。
 投票率が戦後最低だった前回を上回ったことや、消えた政党や新たな政党があることから、単純には比較できない面もあるが、自民・公明の票が若干上向いた。希望と立憲に分かれた民進(旧民主)は、希望が維新の票を吸収、立憲が共産と社民の票を引き寄せ、結果、維新も共産も社民も減票となったといえよう。
 自民に公明、それに日本のこころを加えた保守与党は能代市で1万4000票、希望と維新の保守系野党は7499票、立憲・共産・社民のリベラル野党は6554票。
 山本郡を合わせれば、保守与党2万1681票、保守野党1万1414票、リベラル野党9434票に。
 来年春には能代市と八峰町、三種町の首長と議員選挙がある。再来年春には県議選。戦いの構図も投票率に表れる住民の関心度も異なるが、今回の衆院選の政党票の結果は、各党の最低限の基礎票ともいえ、その力量をうかがい知る。
 そこから次の地方選の何かが透けて見えてくるはずだ。(八)

                        


 

小学校統合後の校舎利用

(10月21日)

 急激な少子化によって小中学校の統合が進んでいる。その報道を目にするたびに、寂しさを覚えるとともに、廃校の利用に思いが及ぶ。
 10年前に閉校となった市街地の小学校の母校。体育館は取り壊され、校舎は役所の物置に。それでも「学校の桜」は残り、毎年見事な花を咲かせ、住民を和ませ引きつける。
 それだから、遠い昔の木造校舎、その後の永久校舎でのさまざまをおぼろげに思い出す。勉学をふざけて叱られたこと、遊びや野球、ポートボールに懸命だったこと、いじめについて皆がこんこんと諭されたこと、学校給食の好き嫌いなどを。
 8年前に閉校した三種町の鯉川小。町出身のジャーナリスト橋本五郎さんが寄贈した約2万冊の書籍を基に「橋本五郎文庫」という名の図書館を中心とした「みたね鯉川地区交流センター」に生まれ変わった。
 運営委員会が設立の周年イベントを多彩に開催、それをのぞいたり、意外な新刊本を借りにいったりするが、田園地帯に佇(たたず)む図書館はいつ訪れても落ち着いた空間で、ゆったりした気分に浸れる。きっと住民も卒業生も校舎が残ったことを誇りに思っているだろう。
 能代市教育委員会が19日、複式学級のある小規模小学校5校の統合年次を示し、具体化に動き出した。祟徳と鶴形は2年後の平成31年4月に第五へ、朴瀬と竹生、常盤は32年4月に向能代へ。
 ここに至るまで説明や協議が行われてきたが、過疎、少子高齢化の地域の人々の心細さや不安はどうだろうか。統合準備と並行して、閉校校舎の利用も検討も求められる。
 交流拠点として活用する例が多いが、地域の歴史や風土を踏まえた特色ある活用を考えたい。すでに拠点がある場合は、思い切った転用も必要かもしれない。大仙市が旧双葉小をアーカイブス(公文書館)にしたように。
 7月に出会った元中学校長が「祟徳小はうまく使いたい」と話していた。築後22年。秋田杉をふんだんに使い、武家屋敷をイメージし物見塔のある木造校舎。帰省した人は「能代に歴史民俗資料館みたいなものが欲しい」と言っていた。 (八)

                        


 

 

新米だまこもち、んめどぉ

(10月13日)

 仲間とのランチの席で、先輩が「新米食べだすか」と聞いてきたので、「ええ、一応まあ」と答えた。
 稲刈りシーズンになって、「新米出回ったら送って。こちらで買うのよりも、秋田のあきたこまちの方がずっとおいしいので」という首都圏の能代市出身者がくすぐるように要望してきたので、先週末、農家の友人が栽培して直売している「あきたこまち」の新米5㌔を購入、宅配便にした。
 その折にわが家の分も求め、早速炊いて味わった。「新米」という言葉が脳の旨(うま)い、美味(うま)いのイメージを高めることもあるだろうが、朝ご飯は至福だった。
 そのことを伝えようとする前に、彼は「俺はまだ。いつも持ってきてくれる人から届かない。稲刈りが遅れているんだよ」と話し、前日に鳥海山周辺で紅葉狩りした帰りに車で通った由利本荘市の田園地帯の広い範囲で稲刈りが進んでいないことを紹介した。
 すると、同席した2人も「私もまだ」と。農村部に生まれ育った人には実家や親戚から、出来秋に新米が贈られるのが慣わしであるもの、ここでも刈り取りの遅れが表れていた。農家の側も早く作業を進めて届けたいはずだがそうもいかず。もらう側も催促するのもはばかれるのだろう。いずれ来るのだから。
 そういえば、本来であれば連休中に稲刈りの予定の農家の知人が、雨模様の食のイベントに夫婦で現れていた。収穫の進行状況を尋ねると、「半分しかいっていない。この天気だろう」と渋い顔をしていた。
 好天が続いて、稲刈りの遅れを挽回、影響が出ないことを祈らざるを得なかった。
 能代市で行われた全国ねぎサミットでは、各地のネギを試食したが、申し訳なかったけれど買わなかった。わが家に能代産の在庫が少し多くあるから。代わって、北秋田市のコーナーに新鮮なセリがあったので、それを求めた。「だまこ鍋」にしようと。
 冷凍庫にストックしていた岩川地鶏を取り出し、地場のマイタケも用意。米を押し潰していくと粘りが出てきて固まる〝半殺し〟に。疲れたけれど。
 「あきたこまち新米だまこもち」は「んめどぉ」であった。(八)   

                        


 

秋田の枝豆は10月も旬

(10月7日)

 4日の能代は雨雲空で、「中秋の名月」を楽しむことはかなわなかったが、代わって美味(おい)しいものを頂戴した。枝豆。
 なじみの店で軽く一杯引っかけて帰ろうとすると、女主人に「まだいて」と止められた。常連客の1人が大量に持ち込んだ枝豆が間もなくゆで上がるので、少しでも賞味してほしいとのこと。
 鮮やかな緑に変わったアツアツを頬張ると、薄い塩味の中に甘味が広がった。豊かな風味に、濃厚な味わい。思わず「んめ」と発し、カルビーの「かっぱえびせん」のコマーシャルではないけれど、「やめられないとまらない」でビールを飲み込みながら、小皿にもられた全部を食べてしまった。
 居合わせた客も「んめなぁ」。農家に生まれた人が自家栽培した自慢の枝豆で、品種は「秘伝」であった。土壌がいいのか、肥料が適していたのか、実に豆豆しかった。わが家の小さな菜園で作ったものとは随分異なる出来の良さと思った。
 1日にスーパーで秋田県産の枝豆を購入して連日食べていて、7〜8月のものより美味しい気がしていたので、「今の時期の方が旨(うま)い」と話したところ、別の農家の人は「昔は中秋の名月の日に枝豆をよく食べたものだ」と説明、居合わせた皆も同意した。
 以前は10月の秋まで食べていたのが、今は冷凍物が年がら年中あり、店頭には他県産のものが6月ごろから並ぶので、枝豆の時期が分かりづらくなっているのかもしれない。そんなことを考えながら、お裾分けを持ちながら、帰路に就いた。
 小紙6日付の社会面に、能代市磐字栗山で十五夜の4日夜に昔から伝わる「豆もらい」が行われ、小学生が「豆くださーい」と地区の家庭を訪ねると、ゆでた枝豆や菓子が渡されたとあった。この日に食べ頃を合わせて植えた農家の声も載っていた。
 「旬とシーズンは違う」という小泉武夫東京農大名誉教授の言葉を思い出した。シーズンは季節を示すが、旬は価値や滋味までも表す言葉だと。「もっとも美味しく」「もっとも栄養があり」「もっとも安く手に入る」が定義であるとも。
 10月の枝豆はまさに「旬」である(八)   

                        


衆院選、戦いの構図が決まって

(10月4日)

 衆議院が解散、総選挙では小池百合子東京都知事が率いる希望の党に民進党が合流することが決まった先月28日の翌日、東京在住の政治記者からこんな解説を聞いた。
 「状況は一気に変わった。与党に楽観論はない。非常に厳しいと受け止めている。与党で過半数は分からなくなった。政権交代の可能性すらある」 「選挙後は自民党は政局になる。安倍首相の続投は黄色から赤信号に変わる」
 同席した青森県の知人や北海道の初対面の人は首を傾げ、長野の仲間は「そうかなあ」とつぶやいて、「地方にいればそんな感覚はありませんが…」と質問した。
 東京の記者は、昨年8月の都知事選で自民党と袂(たもと)を分けた小池氏がブームを起こして圧勝したことと、今年7月の都議選で小池氏が代表を務める地域政党「都民ファーストの会」が大勝、自民が惨敗したことを目の当たりにし、小池人気を肌で感じたから、「二度あることは三度ある」で旋風が吹くと読んだと推測した。
 しかし、地方には小池ブームの実感はないので、小池氏が受け入れられるのか分かりかねるので、さらに言えば8年間に民主党政権が誕生した選挙の熱のようなものが湧いていないようでもあり、東京目線と異なっていた。そこから地方と東京の〝温度差〟を感じた。
 それよりも、したたかに希望の党を強化していく「小池劇場」に報道が振り回されている印象を受けた。
 その後、短期にさまざまな曲折を経て、民進党のリベラル派の議員が立憲民主党を結成、民進党の代表や首相経験者が無所属で立候補を表明し、共闘や連携もほぼ固まり、自民・公明の与党と、棲み分けする希望の党と日本維新の会、立憲民主・共産・社民の野党連合の分かりやすい「三極の構図」が決まった。
 秋田2区は、自民党前職の金田勝年氏(68)と希望公認となった新人の緑川貴士氏(32)、共産党新人の藤本友里氏(38)の三つどもえは変わらぬまま、本番に突入しそうである。
 大義があるのかが問われたそもそもの解散から、野党の再編劇の混乱──そこから見えたものを有権者はどう判断するのか。  (八)