消えた北朝鮮からの漂着船

(11月27日)

 26日の日本海は大時化(しけ)だった。季節ハタハタ漁は25日に始まる予定だったが、網入れは延期となり、27日に行われることになった。 
 八峰町八森の漁師を激励するために立ち寄ると、話題はいつしか北朝鮮の木造船が由利本荘市の本荘マリーナ周辺に23日深夜に漂着、男性8人が保護された事件に及んだ。そこで彼は、「あれは警察の大失態ではないのか」と問うてきた。
 現場から木造船がなくなったことである。24日の日没までは船の存在は確認されていたが、25日朝にはどこかに消えていたという。海中に沈んだか、防波堤の外側に流された可能性があるとされており、遊漁船や県警のヘリコプターを使って探したものの、見つからなかったという。
 マリーナは船舶係留施設のこと。漂着後はロープでつなぎ留めらていたが、それがしっかりしたものではなく、波浪によって外れたのだろうか。荒天は天気予報で把握できるのだから、漂流しない準備はできたはずだ、と彼はいぶかった。
 北朝鮮の8人が乗っていて県民を驚かせた漂着船を、近くで監視するのではなく、700㍍離れた場所でパトカーに乗って待機していたということは、警邏(けいら)の意識が低いのでは、と彼は呆(あき)れた。
 木造船は、そう簡単に沈むものではない。救命用具の浮き輪は見つかったそうだが。いまだ見つからないとは、彼は不可解に思う。
 船は約1カ月半前に北朝鮮の北東の都市・清津(チョンジン)を出たとみられ、イカ釣り漁をしていて壊れ、約1カ月漂流したと話しているそうだが、食料や水、イカはあったとしても、厳しい寒さの中で1カ月も生き延びられるものか、よほどの屈強な漁師なのかそれとも…、と彼は不思議がった。
 ハタハタの資源回復のため本県の漁民らは苦渋の3年間の禁漁に取り組み、その時、北朝鮮のハタハタが輸入されたことがあったが、日本海の好漁場にはどんどん進出しているのだろうか、とこちらは思った。
 8人は帰国を希望しており、政府は「適切な対応をしていく」(菅官房長官)としている。しかし、失態もあって、県民には分からないことだらけで、不安である。(八) 

                       


秋田でも有力議員を忖度?

(11月26日)

 地域の経済や政治に関心の高い女性が「今時、あんなことってあるですか。ちょっと考えられないですね」と質問してきた。何のことか返事に戸惑っていると、前県議会議長(69)と県の補助金をめぐる問題だった。
 農林水産業の6次産業化を目的に県の補助金約2億円を活用して4年前ににかほ市金浦にオープンした民間の物産施設。前議長が最大の出資元の食品加工会社が運営している。
 県生活と健康を守る会連合会(県生連)が情報公開請求に基づいて記者会見したところによると、運営会社は2年前に乳畜産物加工販売棟にカラオケ施設を増築する際、事前に県に届けておらず、また目的外使用の可能性もあると指摘された。県は壁の取り壊しなどの費用40万円の返還が必要と試算。
 しかし、後に提出された改修の届け出文書は改修前の日付で、県の収受印も同じ日付。また、カラオケ施設は民間の自己資金での改修であり、客を呼び込む効果があるとして、目的外使用の可能性については「問題なし」とされた。
 以上が経緯だが、県側が議長当時に議長室で面会して説明、議長は補助金返還には該当しないと拒んだという。
 その後、急転。県生連は「有力者の圧力に屈し県の判断が歪(ゆが)められた」としている。前議長は厳しい物言いを否定しているそうだが。
 事実や真相は県議会で究明されると思われるが、何やら国会の論議で盛んに出てきた「忖度(そんたく)」が本県でもあったと想像する。
 冒頭の女性の質問には、議員と職員の関係への疑問が含まれている。おかしい事柄を是正しようとしても、声高な議員の前では屈してしまうのかと。職員は有力な議員を恐れ、おもねり、へいこらしてしまうのか。それが昔はあったけれど、今も続いているのかと。
 さらに、もしかしたら能代市や山本郡の3町でも、国や県の出先機関でもありやしないだろうかと。過去の取材からは怒鳴ったり、感情的になったり、すぐ切れたり、品格を疑われる議員、ぺこぺこした幹部・職員がいたことは確かだ。
 前県議会議長は県議を辞職して先月のにかほ市長選に立候補したが、落選した。(八) 

                       


冬にネギ多めのラーメン

(11月21日)

 10年ぐらい前に、なじみのラーメン専門店の店主に、刻みネギを多めに入れた醤油(しょうゆ)ラーメンを頼んだところ、快く応じてくれた。以来、「醤油」を注文するたびに、「ネギ多め」を出してくれる。
 麺が隠れるくらい浮いており、ネギの香りがふわぁと広がり、麺をすするとまとわり付いたネギが爽やかな辛味を運んでくる。麺を食べ終わると、スープにまだネギが浮遊している。それをレンゲにかき集めて飲み込むと、とろりとしたぬめりもすっと入ってきた。これぞ「能代のラーメン」と、ひとりほくそ笑む。
 一般に「ネギラーメン」といえば、ネギの白い部分を縦に細く千切りした「白髪葱(しらがねぎ)」をそのまま、あるいはごま油などとあえて麺の上に乗せたものを言い、料金が加算されるが、当方が求めたのは単に刻みネギを増やしただけ。しかし、白だけでなく青緑の部分も多少入っているので、茶系の中に彩りをもたらす。
 ラーメンの好き好きは百人百様。ネギの嫌いな人もいる。だから、当方の注文を邪道と思う人もいるだろうし、そこまでしなくてもと眉をひそめる人もいるはずだ。しかし、それを求めるには理由があった。
 一つは秋田市のあるラーメン店で、カウンターに刻みネギの詰まった箱があり、トッピングとしてかけ放題であったこと。濃いめのラーメンには実にぴったりであった。そうしたサービスがあってもいいのではと感じたのだ。
 二つ目は、真偽のほどは分からないが、20年も前だったか、ある専門店のベテラン職人がやめて後に独立したのは、コスト削減を求める社長と、ネギの入れる量で口喧嘩(げんか)したという噂(うわさ)を聞いたこと。ネギはケチらないでほしい。
 三つ目は、能代はネギの一大産地。新鮮なものを安く手に入るのだから、刻みネギを大盤振る舞いしてもいいのではないかと思ったこと。この点について、店主やその両親に伝えたところ、理解を示してくれたのだ。というか、口うるさく思われたか。
 雪の日に別の店で、塩ラーメンを注文したところ、麺の上に予想を超える刻みネギがこんもり。体も心もほっこりした。   (八)

                        


やじがね人に、よえでね人に

(11月15日)

 ある人との惜別の場で、知り合いと再会すると、「やじがねぐ、なった」「よえでね」とぼやきとも嘆きともつかぬ声を漏らした。
 80歳を超えて、自動車の運転に不安を感じるようになり、免許証を返納、買い物に行くには自転車を使うようになった。しかし、足腰が衰えているため、ペダルを漕ぐのも一苦労。先日は自転車ごと転んでしまい、腰から手足を痛めてしまった、と話した。それで「やじがね」「よえでね」。
 90歳を超えた人と会話すると、誰かが訪ねてきたことも、電話がかかってきたことも忘れがちで、なかなか思い出せないことを残念がり、「やじゃねぐ、なったもんだ」「よえでね~」と憂えていた。
 「やじ(づ)がね」は「やざねぁ・やじゃね」などとも言い、「だめだ・いけない」を表す方言。県教委に「秋田のことば」によれば、「埒(らち)明かない」が音変化したもので、「物事が順調に進まない原因が、当事者の能力や性質に起因するところから、不足を感じる能力や性質を言うようになったものであろう」と説明している。
 「よえでね」は「容易でない」のことで、「手強い・難しい・しんどい・ひどく疲れる」などの意。
 工藤泰二著「読む方言辞典・能代山本編」では、病状に「望みがない」場合に使うともあり、「てんてぎしてだどもヨエデネえだ」(点滴をしているけれども、なおる希望がないようだ)の使用例を示している。
 わが地域の中高年のスポーツの試合や練習をのぞくと、自分では気付かないでも「やじがね」「よえでね」を発する人が意外に多い。機敏であったのが思うように動けなくなったり、それなりだった技を発揮できなくなったりで、年を重ねて体力の衰えを感ずる場合に出るようである。
 また、失敗する仲間をからかう際に、「やじがねぐ、なったもんだでが~」「よえでねぐなったが」などと話す。
 運動に汗を流し、趣味に興じて、「やじがね」「よえでね」を使えるうちはまだいいのかもしれない。日常生活が本当に難儀になったり、買い物や食事がままならなかったりした時に発したら、いつでも支えたいものだ。間もなく冬。(八)

                        


 

たんぽも、だまこも、うどんも

(11月10日)

 由利本荘市で開かれた種苗交換会の農業機械化ショーのそばで、同市の農工商フェアが併催され、由利牛や本荘ハムフライ、ホルモン鍋などグルメが販売されていたが、秋の「秋田の定番」のきりたんぽのブースがあったかは記憶にない。
 きりたんぱの発祥の鹿角、本場の大館、元祖の北秋田で開かれたとしたら、確実に何店かの出店があったと推測する。由利本荘は県北ほど食べないので、こだわりがなく、さほど力が入らないのだろうか、と思った。
 では、能代山本はどうか。産業祭や食のイベントでは、きりたんぽ鍋の店や味噌(みそ)付けたんぽのコーナーがあるので、発祥、本家、元祖ではないにしても、確固たる存在である。
 一方で、だまこもち鍋を売りにした店も出るし、農産物直売所でもきりたんぱと同様の出汁(だし)で料理した「だもこ」を販売して、人気を集めているところもある。だまこは五城目町が本場と称されているが、能代山本、とくに五城目に近い地域で伝統料理として確立している。
 つまり、能代山本はきりたんぽとだまこもちの食の圏域が重なる地区である。我が家のように、きりたんぽを食べる日もあれば、だまこもちにする日もある。
 それどころか、単品ではなく、きりたんぽにだまこもちを用意して、一緒に煮て食べる家庭も多い。宴会などではさらに上回って、茹(ゆ)でた細い能代うどん、太い生うどんのどちらかも加えて、「たんぽ+だまこ+うどん」の3つの入った鍋を用意することも少なくない。
 これほど、あれもこれもの地域が全県的にはあるだろうか。
 先日の集まりでは、3つ入りの皿を出された。当然だけれど、それぞれ食感も煮染まり具合も異なり、随分ぜいたくな鍋だと改めて思った。「たんぽだ、だまこだ」と主張するのではなく、「たんぽも、だまこも、うどんも」と受け入れる妙である。これを能代名物として売り出せないかしら。
 名ハンターが鴨(かも)鍋を振る舞った。何とも言えぬいい出汁に肉の味。それに最初はたんぽ、次にだまこ、3番目はどれにするかと問われ、鴨なんばんが浮かんだので、「そば」と叫んだ。(八)

                        


一般に厳しく、身内には甘い?

(11月5日)

 今は亡き友人と4年前に車で東日本大震災の被災地を訪ねた折、車中で彼は交通違反の失敗を苦々しく話した。
 能代市内でのこと。信号が赤になりかけ寸前の黄色であったので、交差点に突っ込んで抜けたところ、呼び止められて、「信号無視」だと告げられた。
 信号が注意を喚起する黄色になれば停止するのは、道路交通法を持ち出さなくても当然のことだが、彼は他のドライバーも「黄色は突っ込む」を行っていて検挙されていないから、自分の場合もいいだろうと高をくくっていたらしい。「アダマさくるな!」とぼやいていたが、ルールはルール。反則金を払った時も「アダマさくるな」だったろう。
 こちらは10年前から無事故無違反の優良運転者だが、その前はスピード違反とシートベルト着用義務違反。速度の方は、前に車がおらず快適でついアクセルを強く踏んだのが運の尽き。パトカーにサイレンを鳴らされ、反則切符を切られたが、致し方なし。以後慎重に。
 シートベルトの方。ある店舗から道路に出ようとした際に慌てて着用したが、交差点を右折したところで停止命令を受け、交番に。電柱の陰かで警察官が注視していたらしく、「乗る時に着用していなかったのを現認しました」と。「エーッだめなの」と思ったが、後の祭りの反則1点。子どもの頃から知っている別の警察官は、苦笑いとも呆(あき)れたとも取れる表情だった。
 それぞれがルールを守るべきなのだが、それを棚に上げ、交通違反で警察官に恨みつらみを言う人は多い。「何もあんな所で取り締まりをしなくても」「あんまり厳しくしなくてもいいのに」などと。そこから進んで、警察官に鋭い視線を投げる人も。ゆえに、警察署も警察官も厳格に律しなければならないのに、どうも道を踏み外す。
 同僚の交通違反をそろって見逃し・もみ消していたとして能代署の地域課長の40代の男性警部ら4人が、犯人隠避の容疑で書類送検され、停職や減給などの処分を受けた。
 一般には厳しく、身内には甘い体質を露呈した。住民の不信感は強く、今後の取り締まりにも冷たい目が向けられるだろう。  (八)

                        


ハロウィーン、東京で能代で

(11月1日)

 昨日はハロウィーンだった。といっても、ハロウィーンとは何かと問われて、すぐに答えられず、実のところよく分かっていない。
 広辞苑によれば、「諸聖人の祝日の前夜(10月31日)に行われる祭り。スコットランド・アイルランドに起源を持つアメリカの祝い」。では「諸聖人の祝日」とは?「諸聖人」とは?。
 インターネットのウィキペディア百科事典では、もともとあった秋の収穫を祝い悪霊を追い出す宗教的な意味合いが今はなくなり、アメリカの民間行事としてカボチャの中身をくり抜いて作ったランタンを飾ったり、子どもたちが魔女やお化けに仮装して近所を訪ね回りお菓子をもらう風習があると説明。
 日本でもこれが広がっているが、都会では子どもではなく、大人や若者が仮装を競い、騒ぐイベントとして近年取り上げられる。
 「ゲッって思ったわよ」。葬儀のため能代市に帰省した東京の60代の女性が苦笑いして事の次第を教えた。
 東京が冷たい風雨にさらされた28日の土曜日。渋谷のNHKホールに古典芸能鑑賞会に出掛けた。日本人が愛し育んできた芸能に触れようという気持ちでいると、ホール周辺はハロウィーンのメークや記念写真の受け付けが並び、若い人がガヤガヤと待っていたという。
 舞囃子(まいばやし)、沖縄舞踊、文楽、長唄に、歌舞伎は中村芝翫(しかん)が演ずる「俊寛」を鑑賞、珠玉の芸を堪能して帰路に就くため渋谷駅に向かうと、派手にさまざまに仮装をしたグループと出会った。若いおかあさんは「うちの子どもたちは血糊(ちのり)の顔で行きました」と興奮して語っていたという。
 日本の古典芸能とハロウィーン騒動の落差に、中高年世代は「ゲッ」となったのだ。
 29日夕。能代市柳町のなじみの店に顔を出すと、奥さんが「お菓子もっていきませんか」と、カボチャランタンを印刷した小袋を渡してくれた。昼にマントを着て訪ねて来た幼稚園児のために用意して、余ったらしい。
 開けると、「うまい棒」に「おっとっと」「カプリコミニ」、金メダルチョコにラムネ飴(あめ)が各1個。何十年と食べていないものばかり。不似合いだけど、童心に帰ってハロウィーンを喜び味わった。 (八)