8年ぶり三種の選挙にある予兆

(4月25日)

 能代山本の「おらほの選挙」前半戦の能代市と八峰町の首長・議員選の熱い戦いの余韻は消えて、しばらく前の出来事のように思える。
 けれど、あいさつ回りしている当選者と落選組を見掛けると、まだそれほど日は経(た)っていないのだと教えられた。ある議員は「3カ月以上かけて回ったのだから、当選して1週間やそこらで終わりとはいかない」と。次期は出馬があり得るかどうか分からないが、次の選挙に向けて気持ちを新たにしていると理解した。
 そして、次に控える後半戦の三種町長・議員選挙に思いを及ぼした。
 三種町は4年前の前回、町長選・議員選ともに無競争。今回は町長選が現職と新人の一騎打ち、議員選は定数2削減の16に現職15人と新人5人の20人が立候補する予定で、8年ぶりの選挙となる。
 前回新人当選した3人は、選挙の事前準備と告示日1日だけの選挙運動をしたとはいえ、投票の洗礼を受けていない。現職として立候補するものの、事実上の新人の戦いをしなければならないだろう。一方、3選を目指す町長もベテラン議員も、新人並みの態勢で挑む必要に迫られる。
 8年という空白期間に、地域の人口は減って有権者数も減少、さらに有力支持者や運動員が高齢化したり、残念にも亡くなっていることが多いからだ。後援組織の見直し、あらたな支持層の掘り起こしが必要といえる。
 さらに「この時期の選挙」という問題もはらむ。
 町長の任期は5月17日、議員の任期は6月30日だが、同時に行う。普通、地方選挙は3カ月前に一斉に動き出すのが常で、能代も八峰も正月前後に事実上のスタートだったが、三種の場合、能代と八峰に引きずられる形で進み、長丁場の前哨戦となってしまう。
 緊張感を持続して浸透できるのか、中だるみして切り崩されるのか。そして農繁期真っ盛りの5月8日告示・13日投開票である。
 能代・八峰の議員選挙は2期目を目指した人の減票が目立ち、落選も。22日のにかほ市議選では新人の大量当選と現職の苦杯。
 三種の選挙に激しさの予兆がある。(八)


 

北朝鮮と能代の近未来

(4月22日)

 ミサイルが秋田沖に落ちたり、能代山本の上空を飛び越えたりすることがなくなり、全国瞬時警報システムのJアラートの不気味なサイレンは鳴ることはもうないのか、それを聞いて緊張することもなくなるのか。
 北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)最高指導者が21日、核実験と大陸間弾道ミサイルの試射の中止、核実験場の廃棄を宣言したという。本当だろうか、まただまされるのではないかとも思う。
 一方で、厳しい経済制裁を受けている北朝鮮が、事実上のギブアップして、これまでの強行路線から国際社会との協調に転換するようになればいい、そうすれば秋田県民も能代山本の住民も安心できる、と楽観論も浮かんでくる。
 北朝鮮情勢は、ニュースや学者・評論家の論評からしか知りようがないが、今回の宣言は6月上旬までの米朝首脳会議に向けたものらしい。先日聞いた講演で李英和(リヨンファ)関西大学教授は、「日朝会議決裂→戦争へ」ではなく、「会議開催→北朝鮮の核放棄→金政権維持」、つまり3代続く〝金王朝〟の生き残りのために今は妹も含めてしゃにむに行動していると解説していた。
 事はそう単純に進むのか。世界や日本の歴史をひもとけば、内紛や内乱が起きる可能性なきにしもあらずで、ここは対岸の国の動きを見守るしかないが、拉致問題の早期解決を願いつつ再び楽観的な予測をする。
 北朝鮮が共産主義・社会主義国家の中国、ベトナムと同様に改革開放・市場経済導入で近代化の道を進めば、能代山本にも何らかの効果が生まれるのではないかと。
 久しく聞くことがなくなった「環日本海経済圏構想」を思い出した。ロシア沿岸地方と中国東北部、韓国、北朝鮮、それに日本の日本海側の地域で経済発展を目指す構想。李教授はそれを格上げしたモンゴルを含めた北東アジア経済圏にビジネスチャンスが広がる可能性を強調した。
 かつて東洋一の木材会社といわれた能代の秋木に、大正期に豆満江(とまんこう)を拠点に中国東北部と朝鮮に進出した歴史がある。
 何年先になるかは分からない。けれど、港のある能代に北朝鮮と新たな経済展開があると夢想する。   (八)


 

能代市長選の歴史に刻む

(4月17日)

 能代市長選が終わった。斉藤滋宣氏(65)が4選を果たし、果敢に挑戦した小野立氏(39)は及ばなかった。能代で現職を破ることがいかに至難であるのかを改めて示した。
 人口減によって有権者が減った上に投票率が低下した中での結果は、自民・公明の支持を受け、盤石の組織基盤があり、危機感を持って引き締めを図った斉藤氏が前回より3264票を減らした1万8656票。
 対して市議1期で知名度のあった小野氏は1万2105票。人物も支持層も異なる前回の「現職vs新人」に当てはめることができないが、母親の出身地に都会から舞い降りた経営者で無名の29歳の新人が獲得した1万2341票に及ばなかった。
 先行する斉藤氏を小野氏が急迫する構図であったが、それは小野氏が生まれ育った旧能代市の空洞化した市街地に限定され、斉藤氏の地盤とする旧二ツ井町や市街地周辺地域、農村部には支持が広がらなかったとみられる。
 旧能代市の市長選の歴史で、現職が新人に負けたことは一度もない。柳谷清三郎、豊沢勇治、西村節朗、宮腰洋逸の各氏である。
 多くの市民に記憶として強く印象に残るのは、現職引退を受けた市長選だろう。ポスト西村氏に誰がなるのかの昭和62年に宮腰氏が自民党を除名されながらも、実力者が応援する自民党国会議員秘書と戦った一騎打ち、宮腰氏の後継を選ぶ平成15年に豊沢氏が自民党県議の能登祐一氏らと争った三つ巴(どもえ)だ。宮腰氏も豊沢氏も、多様な応援団が生まれて草の根が拡大、運動は熱を帯び、保守陣営を凌駕(りょうが)して当選した。
 一方、旧二ツ井町では七尾英直、丸岡一直の両氏が現職を退けた。18年の合併後の市長を選ぶ選挙は、旧能代市長の豊沢有兄氏と二ツ井に居を構える元参院議員の斉藤氏との戦いだが、「現職vs新人」とは言えない構図であった。
 斉藤氏は新人の挑戦を2回連続阻んだ。旧能代、新能代ともに新人には現職の壁が相当厚い。しかし、現職には減票をもたらす。
 6551票差。勝因敗因はさまざま分析されるが、結果は、前回同様に実に微妙なバランスで収まったとみることができる。(八)


 

「空き家千軒、捜索難航」の報道に

(4月13日)

 いまだに見つかっていない瀬戸内海の有人島の逃走劇は、他人事(ひとごと)と思えない。わが地域にも重なり合う問題をはらんでいるからだ。
 窃盗の罪で服役中の27歳の男が、愛媛県今治市の造船作業所のある刑務所から逃走、橋でつながる広島県尾道市の向島(むかいしま)に潜伏しているとみられる事件。能代山本が類似した事案に巻き込まれる可能性は極めて低いとみられるが、「空き家1000軒、捜索難航」の報道に共通点を見てしまう。
 島とはいえ交通網が整備されており、人口約2万2000、世帯数が9000弱。にもかかわらず、空き家が1000軒以上もあることに驚く。大掛かりな捜索が続いているものの発見に至らないのは、所有者の許可なく空き家に立ち入ることができず、確認作業が難航していることもあるという。
 いずこも地方は空き家が増えている。犯罪を犯して逃げて、田舎の空き家に潜むことは起こりうる。認知症で遠くまで行ってしまい、そこの無人の家に迷い込むことが無きにしもあらずだ。グループが誰も住んでいない家に押し込み、我が物顔で住み着くことだってあるだろう。
 心配し過ぎだと笑われるかもしれない。けれど、一度、そうした騒動が持ち上がった場合に、空き家が増加している現状と、所有者が不明だったり、家の相続人が遠い地にいたりすることが多いことと照らし合わせると、確認に手間取ることは確実だ。
 事件でなくとも、放置された家屋が朽ち果てて、隣家や道路に危険を及ぼすこと、ごみ屋敷化した家が異臭を放つこともある。実際に、全国で被害が出ている。
 改修して間もなく死去した遠縁の空き家の状況を見回りに行くと、暗然とする。手前の家も、奥の家も無人、隣家は廃屋と化しているからだ。おそらく貸しも売りもできない物件をこの先、誰がどう維持管理していくのか。
 好天に誘われてドライブ、街なかにも集落にも入り込んだ。想像以上に空き家があった。塀が崩れそうでロープを張っている家も。
 選挙たけなわ。地域の明日へ訴えを広げる候補者は、車窓から何を見て何を感じているだろうか。(八)


 

使えぬ英会話を喋らされて

(4月8日)

 テレビのローカル情報番組で「春から始める習い事」を特集、英会話が取り上げられて、「考える前に、話してみよう」とリラックスして英語と触れ合える指導をしている教室が紹介されていた。
 1月に参加者の大半が中高年男性という講演会で、皆がそろって少しばかり英語を喋(しゃべ)らされたことを思い出した。インバウンドつまり日本への外国人観光客が急激に増える中で、受け入れ態勢が十分整っていない秋田はどのように向き合って行くべきかを考えるための企画。
 講師はアメリカから日本に在住して30年で海外との橋渡しをするコンサルタント会社を経営する女性のルース・マリー・ジャーマンさん。演題は「世界に誇れる美点〜日本的なグローバル化を目指して」で、なるほどとうなずくことの多いパワフルな内容だった。
 喋らされたのは、駅で迷っている外国人がいたら、「せめてそれぐらいは使ってほしい」というフレーズ。英語は一応習ったはずなのに、ほとんど話せず、読めず、聞き取れず。外国人から話掛けられるとどぎまぎ、ようやく出てくる「アイ・キャン・ノット・スピーク・イングリッシュ(私は英語を話せません)」で逃げるのにいまさら…。
 それに、訪日外国人の皆が英語圏ではなく、アジア系が圧倒的に多いのだから、英語は通用しないのではとも思った。ところが、ルースさんは第2言語で英語を話すのは世界の多数派、正しさよりも言い方とハートが大事、さらに日本人の発音をきれいで分かりやすい、などと安心するようなことを言った。
 そこで、秋田訛(なま)りの怪しい英語を読み上げた。「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」(どうなさいました)、次は慌てている相手を落ち着かせるように「ジャスト・ア・モメント・プリーズ」(ちょっと待ってください)、そして「プリーズ・リピート・マッチ・モア・スローリー」(もっとゆっくり繰り返してください)と。そうしていけば何とはなく通じてくるそうだ。
 「勇気を出せば、英語でコミュニケーションができる」とも激励された。そうかなあと思いつつ、能代山本にもやってくるインバウンドから逃散しないように構える。(八)

 


 

食堂で見つけた「健康十訓」

(4月4日)

 男同士のランチは、フレンチあるいはイタリアンのこ洒落(じゃれ)たビストロやレストランは不似合いだし、かといって昼から落ち着いた和食の店でもないと、結局は麺類に丼物のある納得価格の大衆食堂に落ち着いた。
 それで何にする?。半チャンラーメンかカツ丼かと迷いながらメニュー表を手に取ると、裏面には「健康十訓」なる漢字の列記。「一、少肉多菜」が目に飛び込んできた。
 「肉を控えて野菜を多く摂りましょう」という訓(おしえ)であった。ラーメンに半チャーハンでは炭水化物が多くなるし、カツ丼ではカロリー過多。互いにいつもそんな腹いっぱいの昼食かと思われたくないのか、注文はどちらも店自慢のピリ辛タンメンとなった。
 肉は豚コマが少々、野菜は白菜、タマネギ、モヤシ、人参、キクラゲ、ネギなどがたくさん。それぞれの旨味(うまみ)がスープに混然としていて、温かで滋味であった。そして、体に良さげな麺を食べた満足感が広がった。
 その店で「健康十訓」は目にしていたが、特に気に留めてはいなかった。しかし、友人は関心を抱き、スマートフォンで写真を撮り保存していた。それをたまに見ては、戒めにするのだろうか。
 「健康十訓」は、調べると江戸中期の尾張の俳人が書いたものだという。どこかの店の暖簾(のれん)か誰かの湯飲み茶碗(ちゃわん)でも見たような記憶があり、小物に案外使われているよう。
 内容は現代風に改められ、順番も異なるものもあるらしいが、食堂のは「二、少塩多酢」(塩分を控えて酢を多く)、「三、少糖多果」(砂糖を少なく果物を多く)、「四、少食多嚼」(お腹いっぱい食べずよく噛=か=む)と食事に関して続く。
 次に生活様式に触れ、「五、少衣多欲」(厚着を控えて陽=ひ=に当たる)、「六、少車多歩」(車に乗るよりよく歩く)と。そして気持ちの持ちように移り、「七、少煩多眠」(くよくよせずよく眠る)、「八、少念多笑」(笑いは憤りを吹き飛ばす)、「少言多行」(口先よりも行動を)、「十、小欲多施」(欲しがるよりも与えよ)。
 秋田県は「健康寿命日本一」を掲げ、さまざまな施策を講ずるそうだが、こちらは十訓を優先しよう。 (八)