2012 風

「ヨネちゃん」追った日々

2013.4.17

 春の気配が近づいてきた3月28日、能代市子ども館北側の内川にアザラシが初めて姿を現した。愛くるしい瞳と勢い良く泳ぎ回る姿のかわいらしさから、「ヨネちゃん」の愛称であっという間に市民の人気者になった。
 翌日からわが社報道部記者による〝アザラシ探し〟が始まった。「アザラシいます」と後輩からメールで連絡が入り、車で急いで内川へ向かうと、アザラシが魚をくわえて元気に泳ぎ回っていた。野生のアザラシを見ることができた興奮の中、夢中でカメラのシャッターを切った。想像していたよりも小さかったが、魚を自力で捕まえる姿にはたくましさを感じた。
 30日は内川では見られず、夕方会社に戻る前に後輩と一緒に「もう少し遠くも探してみよう」と、直線距離で約2㌔離れた釣り公園付近まで車を走らせた。すると、犬の散歩中の男性に「あっちにアザラシがいるよ」と教えてもらい、行ってみると陸に上がってくつろぐヨネちゃんを発見した。
 「近づかずに遠くから静観してほしい」という男鹿水族館GAOのアザラシ飼育担当者の助言を守り、遠くからそーっとカメラを構えた。ヨネちゃんは降り注ぐ陽光を浴びながらリラックスした姿を見せてくれた。
 4月に入ってからは数日置きに目撃情報があり、内川周辺で探していると「きょうはヨネちゃんいますか」とたびたび声を掛けられ、市民の関心の高さを感じた。一方で、ヨネちゃんフィーバーの影で気になったのは内川の環境だ。内川に流れ着くごみの多さには、見物人からも「ごみがたくさんあって汚い」「ヨネちゃんがかわいそう」という声が聞こえたほど。
 15日、大森山のレジャー船係留地の南端でアザラシの死骸が発見された。GAOの獣医によると、野生のアザラシは弱みを見せないことから、人間から見たら元気なように見えても実は衰弱していることもあるという。死んでいたのがヨネちゃんかどうかは分からないが、あんなに元気に泳ぎ回っていたヨネちゃんだとしたら、常に死と隣り合わせの野生動物の厳しい世界を思い知らされた気がした。
 能代を明るく元気付けてくれたヨネちゃんは、どこから来たのかもわからず、永遠に旅立ってしまったかもしれない。それでも、きょうもまた内川からひょっこり顔を出してくれるような気がしてならない。(浅野 結子)


 

地元で「逸品」探そう

2013.4.1

 少し前の話になるが、年末セールを行っていた能代市柳町の服のセレクトショップで、米国の有名ブランド「HOLLISTER」のチェックシャツを買った。
 冬のボーナスをもらい、多少ながら膨らんだ財布を手にして何気なく入店。まさか、若者を中心に世界で人気を誇る同ブランドの服が能代山本で手に入るとは思わなかったし、安くしてくれるというのでインディアン風の赤いベストも合わせて購入。「能代でもこんな楽しい買い物ができるんだ」と、認識を改めたのだった。
 春になり、新生活商戦の取材で、見習い記者を引き連れて同市畠町の寝具店に足を運んだ。インテリアグッズが豊富で、たまに足を運んでいたのだが、新人は初めて。能代の商店街に素敵な雑貨を揃(そろ)えた店があることを知らなかったようで、「僕はもう商品に目星を付けてきましたよ」と、満面の笑みを浮かべていた。
 自分も友人も必要な物があるとつい市外の大型ショッピングモールに出向きがちだが、能代の店にも魅力的な商品がある。能代街なみ創造協議会が2月に開いた「冬のまち歩き〜靴・履物店巡り」では、「こんなところにこんな商品が」の声が聞かれたし、足のサイズを着実に測り、最適の一足を提供する技術には「さすが専門店」の声も上がっていた。
 4月からは、市の街なか商業情報発信調査事業「一店逸品運動」に参加する商店主で能代逸品会を組織し、月1回のペースでまち歩きイベント「逸品お店巡り」を展開する。準備期間の24年度は店主と一般を対象に計4回開き、参加者が初めて入る店の商品を知ったり、店はその反応が励みになったりと、店と住民の双方で好評を得たという。
 専門店には「入ったら何か買わないといけないんじゃ」といった敷居の高さを感じがちだが、たとえイベントでも1回入店し店主と打ち解けられれば、その高さはぐっと下がるだろう。まずは地元の店をのぞいてみるという意識が住民に培われるとともに、店は客が入りやすい店舗作りを考え、実践するきっかけにしてほしい。
 逸品会参加店ではフェイスブックで自社ページを作り、サービスや商品の情報発信に着手した店舗も。地元の店に何があるのか知らないままに市外に走るのでは、ガソリン代だってもったいない。店と住民の距離が今以上に近づくことを願う。(山谷 俊平)


 

アツ過ぎる若者たち

2013.3.21

  「かっけー!」「やべーよ!」と計20回は叫んだと思う。ど迫力の演奏に奇声を上げ、写真を撮ろうとステージ周辺をうろちょろ。スタッフや出演者に迷惑を掛けたかもしれないと反省しつつ、「だってアツ過ぎるんだもん」と言い訳もしたくなるイベントだった。
 17日のノシロックフェスティバル。昨年からの室内型音楽フェスで、能代山本内外から15組のバンドやシンガーソングライターが出演した。
 目を見開いて激情のパンクを展開した「Martians・gohome」、静かで丁寧な人という普段の印象を全身全霊のシャウトで吹っ飛ばした「菊一文字」、高校生とは思えない情熱的なビジュアル系サウンドを奏でた「Imperial」——。仕事を忘れ爆音に身を任せた。
 普段の取材相手は中高年者や子どもが多い。記者は異性の出会いがありそうでないゆえんだが、20、30代と話をする機会は比較的少なく、先輩と飲食街を歩いても若者の姿は少なく見える。「アイデアとエネルギーのある若者は都会でよろしくやっているんだろう」。そんな思いが片隅にあった。
 しかし、ノシロックの会場は、キラキラした若者であふれていた。ハイレベルな演奏と歌に思いを込める出演者、それに総立ちで応える観客。会場を縦横無尽に走りながら、運営を支えたスタッフや高校生ボランティア。能代山本にはこんなにもアツい若者たちがいた。
 出演者からは「フェスでバンド仲間ができた」「つながりを生かし、イベントなど面白いことをやりたい」との声が聞かれた。バンド間のつながりが次への原動力になることを願う一方、演奏者以外の縁が広がったのも今回の特徴で、新たに能代のクラブイベント「NightGroove」とコラボしたほか、鶴形そばなどご当地グルメの出店、バスケの街関連の展示もあった。
 若者と音楽を起爆剤に、さまざまな人を巻き込んで一つのものを作り上げる。ノウハウを積み重ねれば、実行委が将来の目標とする野外フェスでは、バスケや秋田杉、豚なんこつ、凧など、能代らしさを出しながらさまざまな楽しみ方のある屋外イベントができるだろうと、1人夢を広げている。
 頑張れ、熱きバンドマン。その情熱を市民に伝え、陰ながら応援する報道マンでありたい。(山谷 俊平)


 

命を無駄にせず…

2013.2.9

 先月28日、クジラの死骸が打ち上げられているとの連絡を受け、八峰町八森のチゴキ海岸へ向かった。クジラはごつごつした岩場に仰向けで横たわっており、本来あるべきはずのないものが存在している光景に、何とも言えない衝撃を受けた。
 その後、クジラの腹部の肉が数回にわたってさっくり切り取られてしまった。死骸で発見されたことでさえ「可哀想」と哀れんだのに、「肉まで持ち去るなんて…」と正直ショックを受けた。
 しかし、だ。冷静になって考えれば、日本には鯨食文化がある。私自身も何度かクジラを食べたことがある。クジラ肉を入れた〝ナスかやき〟は、酒好きな祖父の好物だったことを思い出す。
 能代山本の海岸ではまれにクジラやイルカの死骸が打ち上げられるが、20年ほど前に八森沖にクジラが漂着した際は、骨が見えるほど肉が剥(は)ぎ取られたという。同町に限らず、能代山本の住民らは「昔から当たり前に食べていた」、「クジラは高級品になって普段は食べられない。そのまま放置しておくのはもったいない」と話し、さらに、ある人は「クジラだけじゃなく、イルカも食べる」とも。
 海の恵みに感謝しながら、流れ着いた命を無駄にすることなく頂戴する。普段私たちが魚を食べるように、クジラを食する文化が能代山本でも根付いているのは確かだ。また、津軽地方には漂着したクジラが村の飢饉(ききん)を救ったという昔話も伝えられているそうだ。それを思えば、クジラの肉が持ち去られたのは、ごく自然のことのようにも感じる。
 寄生虫や伝染病の恐れがあるとの声もあったが、日本捕鯨協会(東京都)によると、「座礁した理由が病気の場合は食中毒の恐れがあるが、クジラの肉で病気になったという報告はあまり聞いたことがない」と話す。ただ、販売するにはDNA分析や登録が義務付けられているほか、座礁したミンククジラに限っては販売自体が禁止されているという。
 クジラやイルカなど海棲ほ乳類の生態に詳しい日本セトロジー研究会会員で同町八森の工藤英美さん(75)の調査では、このクジラはミンククジラの雌だと分かった。本来は体長8〜9㍍ほどだが、5㍍しかないため、子どもの可能性が高いとみられる。
 研究者の立場でもある工藤さんは、クジラからはさまざまな生物学的情報を得られ、海水中のPCB濃度も分析できるため、貴重な研究資料になると話す。漂着後は「学術調査を行うので、傷を付けたり、持ち帰ったりしないで」と呼び掛けていた。
 肉は切り取られてしまったが、31日には解剖を行い、皮膚や脂肪、臓器などを採取した。これらは国立科学博物館(東京都)や国内の研究施設に送られ、このクジラにも世界に通用する国際ナンバーが付けられるというから驚きだ。また、土に数年間埋めて骨格標本にする予定。
 水産庁の「鯨類座礁対策マニュアル」(改訂)では、座礁クジラの死骸は埋却または焼却と記されている。命ある動物が廃棄物と同じように処理されるのはあまりにも悲しい。その意味で、「クジラの死が少しでも報われて良かったな。八峰町に流れ着いてラッキーだったな」と感じるのは私だけだろうか。(大柄 沙織)


 

「都会のもろさ」を実感

2013.1.26

 14日から少し遅めの冬休みを取った私は、その日の朝一番の東京行きの新幹線に乗り込み、「雪のない場所」へと向かっていた…。そのはずだった。
 この日は、関東地方などを爆弾低気圧が襲い東京で初雪を観測。気象庁の雨という予報は大きく外れ、東京で積雪8㌢を記録する7年ぶりの〝大雪〟に交通網が乱れるなど大混乱の1日となった。
 午前11時30分頃、大宮駅で新幹線を降りた時、すでに数㌢の積雪がありみぞれ交じりの雪が降り続けていた。しかし、能代に比べればささいな雪、この数㌢が大きな混乱を招くという意識がなかった私は、ぜひ見たかった立原道造の「ヒアシンスハウス」がある別所沼公園などを観光していた。
 街では雪道でバランスをくずしながらもかたくなに自転車から降りない人やチリトリで除雪する女性などを見た。さらに、スリップした車のタイヤが空回りしている音は絶えず鳴り響いている状態。雪国から来た私にとっては奇妙な場面が目に付き、雪に対応できていない環境に少しずつ不安を感じ始めた。
 駅へ戻ったのは約1時間後。人が駅からあふれており嫌な予感がした。時刻表の電光掲示板には「運転見合わせ」の文字が流れていのだ。
 運転再開を待っていた人たちは、たまに通過する新幹線の音に過剰に反応した。電車が来たと勘違いした大勢の人が全力でホームに向かう階段を駆け上がっていくなど、私にとっては目が点になる光景が繰り返された。
 電車での移動をあきらめた人たちが徐々にバスやタクシー乗り場に移動を開始。私もバスでとなり駅へ移動したものの電車の運行状況は変わらず、交通情報などを調べているうちに携帯電話の充電も切れてしまい、ついに頼れるものがなくなった。
 駅の近くにあったカフェで事情を説明し良心的な店員のおかげで携帯を充電してもらうことができた。充電待ちの間に運転を再開する路線も出てきて再び電車に乗ったのは午後5時頃だった。
 ところが安心したのもつかの間、二駅進んだところで運転見合わせのアナウンスが車内に響いた。路線を変えるために移動したホームでも電車が来るめどが立っていないという。ホームにいた人たちは口々に不満をつぶやきながら行き場もなく駅構内を歩き回った。「もしかしてこれが帰宅難民か」と冷静にみている自分もいたが他人事ではない。私もその1人だ。
 その後、少しずつ再開し始めた電車を乗り継ぎ、千葉県内の目的地に到着したのは午後8時ごろ。それにしても、都会とはなんともろいことか。この程度の雪に機能は完全にマヒしてしまい、人々のイライラもピークに達し、奇妙な集団的行動ばかりが目についた。せっかくの休みになぜと後悔の念が何度も押し寄せたが、「都会の弱さ」を体感できる貴重な1日となった。(佐藤 詩織)


 

議会広報への熱意

2013.1.23

 岩手県内陸南部の金ケ崎町。北上市と奥州市の中間にあり、人口は約1万6千人。隣県とはいえ、これまで立ち寄ったこともなく、その名も初めて聞く町だった。
 そこの町議会(伊藤雅章議長)の議員7人と議会事務局職員の計8人が先日、北羽新報社を訪ねてきた。年4回発行している「議会だより かねがさき」の紙面作りについて、新聞編集者の目線から意見を聞きたいとの趣旨で、「どうぞ思ったことを何でも言ってください」とのことだった。
 事前に送られてきた広報紙を見ると、これがまたなかなかの充実ぶり。基本20㌻のボリュームで、写真やグラフをふんだんに使い、議員の一般質問には1人1㌻を割き、答弁に対する質問者の「つぶやき」も掲載。数年前の一般質問で投げ掛けた提言が、その後どう生かされたかを追うコーナーもある。
 また、管外視察研修の報告には3㌻を費やし、「おらほでもやれる」の感想付。議会事務局長の高橋義昭さんによると、「原稿書き、写真撮影、編集まで、すべて議員さんの手作り。職員は最終校正を手伝う程度」。定例議会終了後、20日以内の発行を目指している。
 同町議会の広報は、平成15年から9年連続で岩手県町村議会広報コンクールで入選。全国コンクールでも17年から7年連続入選を果たし、うち5回が全国2位の優秀賞。「上位の評価を受けているが、あともう少し」(伊藤議長)と、最優秀賞の獲得が悲願になっている。隣県の新聞社との意見交換は、全国1位を取るために足りないものを探る狙いもあったようだ。
 正直、驚いてしまった。広報作りにこれだけ真剣になっている議会があることに。参考までに能代山本の市町議会広報にも目を通したが、量的にも質的にもちょいとレベルが違う。たとえコンクールを意識した努力だとしても、読んでもらえる紙面作りを考えていることに変わりなく、議員自らが議会のことを住民に伝えようとする意思がある。
 最も若い議員がこんなことを話していた。「議員になるまでは、自分は議会広報なんて読んだことなかった。今は、どうしたら読んでもらえるのか苦労している」。そんな苦労や工夫の跡が見られるのが、金ケ崎の議会広報だ。能代山本の議会関係者も一度、金ケ崎町議会からレクチャーを受けてみてはどうだろうか。(伊藤 仁)


 

秋田の「国際収支」は

2013.1.20

 元総務大臣の片山善博さんの講演会が大館市で開かれ、足を運んだ。
 片山さんといえば、20代後半に能代税務署長を務め、秋田とは縁がある。だからというわけではないが、1時間を超える話は引き込まれっぱなしだった。
 一番興味深く聞いたのは、〝改革派〟として鳴らした鳥取県知事時代のエピソード。公共事業をやってもやっても、県が豊かになっているという気がしない。一時的に県民所得は上がるのだが、実感がない。そこで、鳥取県の「国際(貿易)収支」を計算してみたというのだ。
 鳥取県を一つの「国」になぞらえ、国境(県境)を越えて入ってくるもの、出ていくものを調べ上げたところ、「輸入」で最も大きいのはエネルギー、次いで車だったという。逆に「輸出」の代表格は農産物で、国際収支は〝大赤字〟。
 そこから導き出した答えは、「公共事業をやっても、使われる鉄やコンクリート、アスファルトなどは、みんな国外(県外)からやってくる。従来型の公共事業はマクロ経済(国全体)で見ると大きな役割を果たすが、鳥取県にはあまり利益をもたらさない。従来型でない、この地域の将来の発展につながるような事業が必要だ」。
 内閣府が発表している1人当たり県民所得によると、鳥取県と秋田県はいずれも全国平均以下。差は約16万円(2009年)と似たり寄ったり。互いに公共事業への依存度の高い、過疎の自治体同士であり、大いに感じ入るところがあった。
 実は、片山さんの著書「日本を診る」を買い、読んでいる最中だった。雑誌「太陽」への連載をまとめたもので、当時話題になっていた道路特定財源や事業仕分けなどについて辛辣に評価している。自治体の借金(起債)を実質的にコントロールしている総務省への批判も展開されていた。
 その記事が世に出た後、片山さんは菅内閣で大臣になったわけだが、講演では「官僚とは良好な関係を築くことができた」というような意味のことを述べていた。
 また話を聞く機会があれば、今度は人心を掌握する要諦をうかがってみたいものだ。(戸田 章二)


 

読者からの〝お年玉〟

2013.1.12

 元日付新年号で、恒例のお年玉(読者プレゼント)付きクロスワードクイズを出題、能代山本はじめ県内外から130通を超える応募がありました。新年早々多くの方々に挑戦していただき、感謝申し上げます。
 また応募者の皆さんには、今年も新年号の感想および本紙への意見の記入をお願いしました。わが社にとっての〝お年玉〟のようなありがたい言葉の数々、ここに紹介します。
 まずは新年号に対する感想から。
 「第1集の白神山地の記事は地元に住む者として知っておきたい記事」(能代市・63歳女性)、「昨年藤里町の岳岱自然観察教育林を見学した。記事を読んで感動した記憶がよみがえってきた。今後も白神の森の話題はこまめに伝えてほしい」(同・60歳女性)。世界遺産登録20周年。「悠久の森」の今とこれからは、1年かけてさまざまな角度から報じていきます。
 「能代北高出身の私は懐かしく、応援歌も昔の事を思い出させてくれた」(三種町・53歳女性)、「『かぶり物』17体、みんな笑顔でいい。イベント頑張って」(能代市・女性)、「ヘビー級フード、食べに行きたくなった」(同・41歳女性)。企画の意図が伝わり、うれしい限りです。
 お年玉付きクイズには「正月になると母の実家(能代市)に遊びに行き、夢中になっている」(秋田市・15歳男性)、「孫、息子、家族でようやく解いた」(能代市・70歳女性)、「ボケ防止のためにやっている」(同・80歳女性)などのほか、「年始めからのきょうだいゲンカを止めることができた」(同・27歳女性)との声も。「家族の和」に貢献する出題を、来年も目指します。
 日ごろの紙面にもたくさんの感想、意見をいただきました。「元気な若者を紹介し若い人たちが頑張る気持ちになれるような記事を」(同・54歳女性)、「できれば週1回か月1回の割合で特集(グルメ、レジャー、流行など…)を組んでほしい」(三種町・42歳女性)は貴重な要望。「スピーディーでタイムリーな話題を」(能代市・56歳男性)、「誤字や間違いが多い」(同・76歳男性)は慎んで受け止めなければなりません。
 「今年は悪い事ばかりでなく、楽しい事、耳寄りな情報をたくさん載せてほしい」(同・67歳男性)。同感です。読者の皆さんからの叱咤(しった)激励、編集局一同しっかりと胸に刻み、「日常の生活に大変役立っている」(同・63歳女性)と言ってもらえる紙面づくりに今年も頑張ります。(平川 貢)


kaze