「めぐみへの誓い」を観て

(9月21日)

 一つ離れた席に座っていた人は、泣いているのか何度も何度も鼻をぐずぐずさせていた。こちらは胸が張り裂けそうになった。秋田市で19日開かれた映画「めぐみへの誓い」の完成披露試写会を観(み)てのこと。
 北朝鮮による拉致被害者を奪還するため、映画化することで全世界の良心に訴えるとして製作された作品は、能代市でも撮影が行われた。「めぐみ」とは、1977年11月に拉致された、当時新潟市在住で中学1年生13歳の横田めぐみさん。
 めぐみさんの父で、長らく拉致被害者家族連絡会代表を務め今年6月に87歳で亡くなった滋さん役を原田大二郎さん、母親の早紀江さんを石村とも子さんが演じた。拉致問題を訴える運動が理解されるまで相当の時間を要した悔しさ、めぐみさんが帰って来ることを願うことの苦悩、北朝鮮の招待所で軟禁されためぐみさんの絶望と生きて必ず父母に会うとの決意、おなじく拉致された田口八重子さんの日本に残された2人の子を思う心が、迫真の演技で迫ってきた。
 原田さんと石村さんがJR能代駅頭で署名運動をする場面、石村さんが日本キリスト教団能代教会で祈りをささげるシーン、そこに能代市民のキャストも登場、さらに日本海の荒波や風力発電所が印象的に撮影され、身近でもあったが、能代にとっても意義ある作品と理解した。
 それは、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない秋田県内の失踪事件5件のうち、失踪場所が旧二ツ井町、旧峰浜村、能代市と能代山本が3件あり、また北朝鮮の工作員の密入国(死亡)が能代市で2件あり、過去の事件としてとらえるのではなく、それを認識して拉致問題に関心を持ち、解決につなげていこうとすることが大切であると考えるからだ。
 と同時に、地方の小さな新聞社が拉致問題にどれほど向き合い報じてきたのかを問い返されたようで、忸怩たる思いになった。
 劇場公開は来年2月。能代でもぜひ上映を。(八)


 

高校野球、無観客いつまで

(9月16日)

 高校の硬式野球の熱心なファンで、仕事が休みの土曜・日曜には大会や練習試合を見ては地元の学校を応援してきた後輩の最近のストレスは、球場内で観戦できないことだ。
 新型コロナウイルスの感染防止対策で、スタンド応援はベンチ入り選手以外の部員と部員の家族(部員1人につき2人まで)に制限され、事実上の無観客試合となっているためである。
 それでも先日出会うと、「野球に行って来ましたよ」と少しに笑顔を見せていた。コロナの動向次第で開催されるかは未定だが、来春のセンバツ甲子園。それにつながる秋季県北地区高校野球大会が能代球場で開かれ、能代と能代松陽が代表決定戦で勝利、県大会の出場権を得た試合に触れることができたのだ。
 県北大会も無観客試合で、球場には入れない。しかし、球場の外にいて、アナウンス、父母や部員の拍手、チームの掛け声、打球の快音、キャッチャーミットに収まる速球の小気味よい音を聞いて、またバックネット席と一塁、三塁のスタンド席の間にある通路から球場内の一部とスコアーボードをのぞくことができて、球児の活躍と試合の雰囲気を味わうことに満足したのだ。試合の展開を教えてきたのがその証し。
 7月に同球場で行われた夏の甲子園予選に代わる大会の予選で、観客席に入れなかった選手の祖父母が困惑しながらも試合の様子をうかがっていた姿や、大館からやって来た40代の女性2人が広げたシートに座って応援していたことを思い出した。
 県大会は秋田市の八橋球場とこまちスタジアムで無観客で行われるが、後輩は能代球場のような雰囲気を味わえるか心配していた。同時に宮城県高野連がコロナ対策を徹底して、準々決勝以降の8試合を人数制限して観客を入れて行うことを、うらやましそうに紹介した。同県で行われる東北大会も同様という。
 コロナ禍にどう向き合っていくのか。いつまでも恐れと不安ばかりでは前に進まない。(八)


 

近場で「大人の修学旅行」

(9月11日)

 涼しい秋口になったら温泉に行こうと仲間に誘われ、しばらくして行き先は男鹿に決まった。
 男鹿での宿泊は何十年ぶり。ただ、男鹿水族館や道の駅オガーレ、アジサイで有名な雲昌寺を訪ね、真山・本山・毛無山の縦走登山、五社堂の拝観もしたことがあり、「いまさら」と思った。
 しかし、コロナ禍の観光産業を応援する県のプレミアム宿泊券と国のゴーツーキャンペーンを活用した格安の1泊温泉旅行になると、まとめ役が強調するので、「じゃあ行こう」となり、乗用車2台で出発した。
 ところが、予想外の残暑で出発時から30度超え。温泉でゆっくりくつろぎ、美味(おい)しい料理と酒を堪能した翌日も酷暑で、中高年には耐えられず変更が続いた。
 戦国時代の武将の安東愛季(ちかすえ)が能代市檜山とともに居城を構えた男鹿市脇本の城跡は東北最大級の大きさを誇るそうで、一度見たかったが、地理不案内で通り過ごしてしまう始末。
 入道崎の食堂で木桶(きおけ)に真っ赤な石を放り込んでぐつぐつ煮た魚介を頬張る石焼き料理は、暑すぎて誰も食べたいと言い出さず、これもパスに。
 しかし、男鹿水族館は見所いっぱいで、泳ぐハタハタ、ふわふわ飛ぶようなクラゲに魅せられた。ホッキョクグマの豪太とは15年ぶりの再会だったが、猛暑にへばった姿も愛くるしかった。
 真山神社のすぐそばの「なまはげ館」は初めての見学。ユネスコの無形文化遺産に指定され、多彩な面のなまはげの勢ぞろいは、以前の倍の数となったそうで見応えあり。能代からの来館を伝えると、職員は浅内のナゴメハギに話題を振った。真山伝承館では大晦日(おおみそか)の行事が再現され、雄叫(おたけ)びのなまはげの登場に圧倒された。
 修学旅行の湯沢市の中学生も来ていた。本来は東京に行くはずが変更に。それでも楽しそうに郷土の学習に懸命だった。
 そういえば、われらの旅は「大人の修学旅行」がタイトルであった。 (八)


 

ドフラカボチャを調べると

(9月6日)

 5月に苗を植えた野菜の収穫を終えて、わずかばかりの菜園は草ぼうぼう状態に。実の生(な)りを振り返ればトマトは上々、キュウリとパプリカはそれなりに、ナスががっかりで、所詮(しょせん)は素人であった。
 毎年、失敗するのがカボチャ。砂地に腐葉土や肥料を混ぜ込んで苗を植えたのだが、土壌がはかばかしくないのか、肥料不足なのか、育て方が悪いのか、蔓(つる)はぐんぐん伸びるのだが、果実はさっぱり大きくならず、今年も野球ボールを一回り大きくした程度であった。もう少し丸々すれば、食卓をにぎわしたはずなのだが。
 昨年8月の小欄を思い出した。マンズナルというインゲンの品種の話題を載せたのだが、最後は次のように結んだ。
 「ふと久しく聞いたことのない『どふらカボチャ』なる言葉が浮んだ。『おめだば、どふらかぼちゃ、だおな』と相手を馬鹿にする時に使ったが、その由来は何なのか。次の宿題に」
 その宿題に答えようと「どふら」と「カボチャ」を調べると、意外にも「どふら」は「カボチャ」を指す方言だった。
 方言学が専門の宮城学院女子大学の志村文隆教授が10年前に河北新報に掲載したコラムによると、西日本にカボチャのことをボーブラと呼ぶ方言が分布しているそう。
 カボチャはアメリカ大陸が原産で、16世紀後半にポルトガル船で中国を経て日本に渡来、カンボジアの産物として入ってきたのでカボチャ、伝来地の九州ではポルトガル語に由来するボーブラが使われ、各地に伝わり、秋田ではボーブラがボンボラ、ドフラに変化して今も残っているという。
 秋田の方言辞典では、カボチャが太った人に擬せられるところから、ドフラは「太った人」をも指すと説明。また、カボチャの実がスカスカだったり、グジャグジャしていた場合、「役に立たない」ことを表現する際、ドフラカボチャと言う場合もある。
 ドフラからカボチャの歴史まで学べるとは、宿題の解きは大切であると知った。(八)


 

うごめく来春の知事選挙

(9月1日)

 「知事選は来年なんだ」と50代の知人が話し掛けてきた。出会えば四方山(よもやま)話、この頃は新型コロナウイルスの感染状況やそれがもたらす尾ひれはひれの付いたうわさ話への嘆きと憤りが主で、政治や選挙は話題に上らなかったので、「今頃どうして」と思った。
 固定電話に電話がかかってきて、来春に秋田知事選挙があることに気付いたという。
 電話は調査会社による世論アンケート。国政選挙が近づいたり、本番に入るとよくあることだが、彼は初めての経験、それも半年後の知事選で調査するにも早すぎると感じ、そのことを誰かに語りたかったようだ。
 無機質の女性の声で4人の実名を示し、推したい人を「#1」から「#4」の一つを選んで押すのだという。
 名前が挙がったのは現職の佐竹敬久氏(72)、衆議院議員の寺田学氏(43)、前衆議院議員の村岡敏英氏(60)、それに「秋田市の県会議員。誰だったかなぁ。思い出せない」と話した。
 沼谷純氏(47)が浮かんだが、次は秋田市長選を考えていると発言していたことを記憶しており、違うと判断。何かヒントがないか質問すると、「トップ当選を続けているそうだ」と返事があり、「鈴木とか言っていなかったか」と聞くと、「そう」と一言。鈴木健太氏(45)と分かった。
 知事選の動向は、すべて現在3期目の佐竹氏にかかっている。佐竹氏は昨年末の記者会見で次期知事選の出馬を問われ、健康状態や客観情勢、県民の評価などを踏まえ、「来年秋ごろまでには」と述べた。
 その秋がやってきたのだから水面下で知事選がうごめき、件(くだん)のアンケートになったのだろう。知人は「分からない」と回答したらしい。
 仮に佐竹氏が不出馬となれば、自民・保守系は村岡氏か能代山本ではなじみのない鈴木氏なのか、対抗して野党共闘は寺田氏か。あるいは別に意欲のある人が担がれるのか。「県北に人材はいないのか」の声も聞こえてきそうだ。
                                (八)