2017 想風

2016 想風

2014 想風

2013 想風

2013 風

2012 風

 

立ち上がり再戦へ

(2015.11.26)

 「日本にボクシングの世界チャンピオンは10人ほどいるが、世界のトップ戦線に食い込めるのは三浦隆司と井上尚弥くらいでは」。都内のボクシングジムに通う拳闘フリークの友人はメールで三浦選手の非凡さをたたえた。「花道でホルヘ・リナレス、山中慎介、ローマン・ゴンサレスの現役王者3人を従えてのリング・イン。日本ではありえない感動ものだよ」と続け、ボクシングの聖地・米ラスベガスのリングに立てた快挙を力説した。
 ラスベガスで21日に行われた世界ボクシング評議会(WBC)スーパーフェザー級タイトルマッチで、三種町出身の王者三浦選手(帝拳)はフランシスコ・バルガス選手(メキシコ)に9回TKO負けし、5度目の防衛を逃した。
 記事にするためWOWOWの生中継を観戦した。三浦選手は4回に強烈無比な左ストレートを相手にヒットさせてダウンを奪うと、8回にはラッシュでコーナーに追い詰め優位に立った。だが直後の9回に倒され連打を浴びてレフェリーが試合を止めた。解説者も「8合目で勝利を逃した」と言う僅差の勝負だった。まさに一寸先は闇だった。
 三浦選手は勇敢だった。ダウンを喫しふらふらになりながらもファイティングポーズを取り、クリンチしながらも相手に立ち向かった。倒されてもすぐ立ち上がり、悲鳴を上げる肉体を魂で支えた。絶望的な状況でも前進闘争する苛烈な気概と益荒男ぶりに涙腺が緩んだ。
 三浦選手は「KO勝ちしたい」と闘志を燃やして憧れの舞台に臨んだ。激しい試合を好む米国進出を見据えたKO宣言だろう。
 ビッグマウスが珍しくないボクシング界で三浦選手は異質だ。謙虚で嫌味がなく、多くを語らない。それでいて試合は派手だ。同じ帝拳のロンドン五輪金メダリスト村田諒太選手も、三浦選手の練習に対する姿勢に一目置くという。「MIURA」の名前は世界中のファンの記憶に刻まれた。気力、体力十分の31歳。再戦への期待が高まる。             (若狭 基)


 

戦う変わらぬ姿が

(2015.11.5)

 以前は想像も付かなかったスーツ姿がとても良く似合っていた。指揮を執る姿は、秋田ノーザンハピネッツの長谷川誠ヘッドコーチ(HC)が「静」とすれば、明らかに「動」だ。
 能代工高バスケットボール部前監督の佐藤信長新HC(45)率いる青森ワッツは先月24、25日、弘前市の青森県武道館で行われたホーム戦でハピネッツと対戦した。佐藤HCの新天地での活躍を紙面で伝えることができればと、25日に会場に足を運んだ。能代工高監督時代と変わらない指揮官が、コート上にはいた。
 試合中は常に立ちっぱなし。せわしなくベンチを行ったり来たりしながら、選手に指示を出す。喜怒哀楽も豊かだ。好プレーには納得の表情を見せ、ファウルトラブルや相手のスリーポイントには渋顔。どんな時も冷静に試合を見守る長谷川HCとは対照的だった。
 取材では、安定感あるハピネッツ主導の試合展開に安心しながらも、心の奥底ではワッツを応援している自分がいたのも事実。何とも複雑な40分間だった。
 試合は、ハピネッツが92─73の約20点差を付けて快勝した。青森ワッツはリーグ参入3年目で選手層も若い。戦績は取材当日現在、1勝5敗で東地区(12チーム)10位。新HC1年目は厳しいスタートダッシュとなったが、佐藤HCは「落ち込んでいるわけではない。52試合分の6試合を終えただけ。これから先はまだ長い」と前を見据える。選手と一体となって戦う姿のみならず、苦境を楽しむ姿勢もまた相変わらずだ。
 来年4月にはハピネッツのホーム戦で青森ワッツとの対戦が予定されている。今試合はハピネッツに軍配が上がったが、この先、佐藤HCがどのようにチームを成長させるか楽しみだ。
 また、bjリーグは来秋、ナショナルリーグ(NBL)と統合するため、今季が最後のリーグとなる。悲願のリーグ初優勝を狙う長谷川ハピネッツ、そして、大化けできるか、信長ワッツ。今季もbjリーグから目が離せない。                         (大柄 沙織)


 

旅先での出合い

(2015.9.8)

 旅行者は自らが興味を抱き、行き先に選んだ現地で見聞き、出合うものに対して高い関心を持つと思う。この夏、私的な旅で、その点を強く感じた。
 8月下旬、山梨県や富山県、長野県に出掛けた。目的は、完結までに長い時間を要するであろう日本百名山を巡る山旅で、今回は南アルプスの仙丈ケ岳や北アルプスの剱岳、八ケ岳中信高原国定公園に属する美ケ原を歩いた。
 山の麓にある民宿や山中の山小屋に宿泊して非日常を味わえることは、それはそれでうれしい。しかし、無事に山から下りてくると、「打ち上げ」と称し、その土地ならではの飲食物を求めて酒場を徘徊したくなってしまう。
 松本市に宿泊した夜、事前に調べておいた居酒屋で信州サーモンや馬刺、山賊焼き、野沢菜といった定番の郷土料理を味わった後、自分に似つかわしくないことを承知でバーに足を向けた。松本市は「バーの街」と言われるそうで、そう耳にした以上、行かないわけにはいかない。
 訪ねた先のバーで出合ったのが桃だった。普段は飲む機会が少ないカクテルを作ってもらおうと、生意気にも店主に旬の食材を生かしたものと注文したところ、店主はすぐに「川中島白桃」を使ったカクテルづくりに取り掛かった。
 口に含むと抜群の甘さ、果肉の食感に感動した。長野県の桃の生産量は山梨県や福島県に次いで高く、今年は糖度に恵まれていると店主は教えてくれた。地場の食材に誇りを持ち、自らの技でおいしいカクテルを提供してくれる店主の姿は印象的でほれぼれした。能代への帰路、川中島白桃を探し、買い求めたのは極めて自然な流れだった。
 土地の人間が自ら暮らす地域の良さ、旬を把握し、魅力として外部に差し出すことは、ファンの獲得に結び付くかもしれない。能代山本を見渡せば、農産物や海産物など食は豊かで、味わい深い日本酒もある。長野で私が経験したように、ファンを生む素材はこの地域にも存在する。長所の発信には作り手をはじめ、消費者と接する立場にある人の語り掛けは欠かせない。
 そんなことに気付かされた山旅、いや川中島白桃との出合いだった。

(宮腰 友治)


 

宇宙のまちに活気

(2015.8.30)

 今年で11回目の開催となった能代宇宙イベント。国内最大のアマチュアのロケット打ち上げイベントとして知られ、国内のみならず海外からの参加もあり、イベントの規模は広がりを見せている。期間中は大学生たちが能代市内に繰り出し、街中も活気に満ちた。
 「宇宙」という共通の夢に向かって切磋琢磨し、技術を高め合う学生たちの姿は会場を訪れた人々にも元気を与えてくれる。
 市内では地域との交流の輪も広がった。市内で作業をする大学生に地域住民がジュースなどを差し入れして応援したほか、県山本地域振興局が企画した能代山本地域企業見学には宇宙イベントの大学生が参加し、市内の工場を見学してものづくりの現場に理解を深めるなど、イベント会場だけでなく街中にもにぎわいをもたらしていた。
 また、今年は韓国のソウル大からも缶サット競技に参加するチームがあり、国際的な広がりも見せる。慣れない土地で作業する彼らを日本の大学生が一生懸命サポートする様子は、国境を感じさせなかった。
 同大のジョン・マンチョルさん(修士1年)は「アジア圏でこれほどのロケットイベントを行うのは日本ぐらいのはず。小学生も会場を訪れ、小さいころから宇宙に触れられるのはとても良いこと」と語り、子どもたちの視野拡大にもつながる貴重なイベントなのだと改めて感じた。
 昨年に10回という節目を迎えてイベントは新たな1歩を踏み出し、実行委員長で千葉工大惑星探査研究センター上席研究員の和田豊さんは「参加者はどんどん増えている。海外からの参加を今後も募り、20周年を目指してイベントと能代のグローバル化につなげられれば」とし、「外国語の表記がある看板がほとんどなく、案内の面で課題が多い。行政にも協力を呼び掛けたい」と語った。
 イベントが終わり、全国から来た大学生が帰ってしまうのは寂しいが、来年はさらに多くの参加者が集い、宇宙のまちを活気づけてくれると信じている。

(小林 佑斗)


 

骨折して知ったこと

(2015.8.22)

 6月中旬のある夜、ちょっとした気の緩みから階段を踏み外し、右足くるぶし付近の骨を折った。これまで大きなけがをしたことがなく、骨折なんて自分には縁がないことだと思っていたが、けがをして気付いたことがたくさんある。
 6週間ギプスで右足を固定され、松葉杖生活になった。当初は事の大きさが分からず、高校野球やインターハイなどスポーツシーズン真っ盛りの夏を前に、「松葉杖でも取材に行こう」と気持ちも高ぶっていた。
 しかし自宅の階段の上り下りに苦戦し、少しの段差やカーペットのめくれにすらつまずく。寝返りをすると激痛が走り、満足に眠ることができない。とにかく日常生活を送ることが一苦労で、すっかり気がめいってしまった。
 職場に復帰し、ギプスが外れた後もすぐには元通りに歩けるようにはならない。松葉杖ではノートとペンが持てないし、カメラで写真を撮ることも不可能。自由に駆け回る同僚記者の姿を横目に、内勤作業でデスクが目を通した原稿に誤字脱字やミスがないかを確認したり、スポーツの結果を書いたりしている。
 スポーツ担当記者として、本来自分が行きたかった大会の取材ができない悔しさから骨だけではなく、心も折れそうになったが、けがをした人のつらさや痛みを以前よりもぐっと身近に感じることができるようになった。
 けがで試合に出られない選手をこれまでも何度か取材してきた。「全治○カ月、夏の大会には間に合わない」などという話を聞いて、「かわいそうに」「大変だな」と思っても、具体的なイメージがつかみにくかった。
 同僚記者たちが取材してくれた7月の甲子園予選で、過去に自分が取材した選手が試合で活躍した記事を読んだ。けがで長い間試合に出られなかった選手が、チームのためにできることを考え、後輩に積極的にアドバイスしたり、ベンチで裏方作業に徹してきたことを知っていたから、彼の活躍は本当にうれしかった。
 本番の舞台に立てなかったり、ベストなパフォーマンスができなかったり、けがに泣いた選手はこの夏もたくさんいた。きつい練習に取り組んできたにもかかわらず、目標としてきた舞台に立てないつらさが今では痛いほど分かる。
 競技から離れている期間は、自分を見詰め直す時間でもある。地道にリハビリに励み、遅れを取り戻すためには人一倍の努力が必要だ。私も夏の悔しさを胸に刻み、早く骨のある記事が書けるように努力していきたい。

(浅野 結子)


 

星野シローの目線

(2015.8.9)

 宇宙人がいる──。モデルロケット製作の取材で子ども館を訪れ、その奇っ怪な姿を目の当たりにした時は一瞬尻込んだ。「北羽さんですか?はじめまして、よろしくお願いします」と思いがけず丁寧にあいさつされ、なんだかキツネにつままれたような気持ちになってしまった。
 彼は遠い宇宙の彼方から能代を調査するためにやって来た宇宙人「星野シロー」…もとい、能代市初の地域おこし協力隊員・野口亮太さん(26)=埼玉県出身=。短大卒後、県内の広告代理店などに勤務し、地元の観光PRプロジェクトに約3年間携わっていた。同市が協力隊を募集していることを知り、「知らない土地で自分のキャリアを試してみたい」とチャレンジ精神をみなぎらせ応募、昨年12月から地域おこし活動を展開している。
 野口さんに課せられた使命は「バスケの街づくり」と「宇宙のまちづくり」推進への協力。あれこれと考えを巡らせているうちに、バスケのユニホームを着た宇宙人に扮して注目を集め、ブログで能代の魅力を発信する…ことを発案する。
 ブログのタイトルは「NOSHIRO PLANET〜バスケの街 宇宙のまち 調査報告書〜」(http://noshiroplanets.blog.fc2.com/)。“宇宙人”ならではのユニークな視点で能代の観光スポットやイベントを紹介している。バスケ・宇宙関係に比重を置いているが、その他にも老舗の商店や飲食店、公共施設など取り上げるトピックは多岐にわたる。
 野口さん(シロー君)の感性は豊かで鋭く、時には「なるほどなあ」と思わせられることもある。バスケと宇宙をPRする能代を「アメリカンな街」と表現したり、伝統銘菓の知られざるこだわりを分かりやすく紹介するなど、“星野シロー”というフィルターを通して能代を見詰め直すことで、これまで見落とされていた価値が浮き彫りになってくるようだ。
 5月からは2人目の地域おこし協力隊員・西村武美さん(30)=大仙市出身=も加わり、さらなる広がりが期待されるところ。今後もつぶさにブログをチェックし、興味深そうな取り組みを見つけたらぜひ取材させていただきたい。

(佐藤 拓人)

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能代の街で活動する星野シロー

 


 

歌声ふたたび響け

(2015.7.10)

  統廃合に伴い、校舎に響くことがなくなった校歌を5月から月2回の教育特集面で掲載している。歌詞には学校の教育理念、地域の自然や文化、歴史が盛り込まれ、各校の特徴を表す。閉校時の校長に当時の思い出を語ってもらい、校歌の魅力に触れている。
 第1弾は、能代市の旧日影小。自転車通学が許可された小学校で、閉校時の校長、佐藤みか子さんは「黄金色に輝く稲穂の中を颯爽(さっそう)と自転車で通学する子どもたちの姿が印象的」と振り返った。
 「風に鍛えて雪に耐え」の一節も印象に残った。冬、田んぼに囲まれた校舎に歩いて通うのは一苦労。吹雪ともなると前が真っ白になり、教職員らは視界不良の中で出勤したという。当時を懐かしむ佐藤さんの話を聞きながら、自然に囲まれた校舎で伸び伸びと過ごす子どもたちの姿を想像した。
 続いて二ツ井町の旧切石小の元校長、小山勝子さんに取材した。桜が満開に咲く校庭でのお花見給食や地域のシンボル・桜山登山、切石小の代名詞・コカリナ演奏など特色あふれる取り組みを聞いた。歌詞には、「香りの高い桜山」「庭うつくしく咲きかおる」と同校の特徴がたっぷり詰まっていた。
 三種町の旧上岩川小は、房住山や三種川など豊かな自然に囲まれた学校。閉校時の校長で現在は二ツ井小校長の佐々木彰子さんによると、恒例の房住山登山では、山頂で保護者が持参したロールアップキーボードの演奏に合わせて児童が元気に歌声を響かせたという。
 雪中ジャンボカルタ大会や「がんばリンゴの森」除幕式など「閉校年は全ての行事が有終で、校歌はとにかく歌った」(佐々木さん)。学校行事を活発に楽しむ児童の姿が浮かんだ。
 校歌には学校や地域の特色が色濃く反映されている。母校・旧渟三小の校歌を振り返ってみた。一番の歌詞は「わが東洋にたぐいなき 製材所もて知られたる いとも住みよき能代港」。木都・能代を象徴する良い歌詞だ。
 卒業生に少しでも当時の学校生活を振り返ってもらえたらという思いで、これからも取材を続けたい。次はどこの校歌を紹介しようかな。

(山田 直弥)


 

子どもたちの希望に

(2015.6.27)

  7年前、母校・能代工高バスケットボール監督の就任会見で、目を大きく見開きながら抱負を語る姿が印象的だった。指導者という肩書きに違和感を覚えるほど、「現役選手」のフレーズがぴったりな人だった。
 佐藤信長さん(44)は7年間の監督・教諭生活を終え、bjリーグ・青森ワッツの新ヘッドコーチ(HC)として、新たな一歩を踏み出した。能代工高の監督就任時から佐藤さんを取材していたこともあり、再出発を見届けたいとの思いで、HC就任会見の会場となった青森市まで足を運んだ。
 今ではすっかり指導者としての風格が感じられ、「新HC」の肩書きも板についていた。緊張しながらも、どこか晴れやな表情で受け答えする姿に安堵した一方、能代と縁遠くなることに一抹の寂しさも覚えた。
 会見で印象的だった言葉がある。
 「子どもたちに、『将来、青森ワッツでプレーしたい』という希望を与えたい」
 青森ワッツは今年4月にジュニアユースチームを設立。また、これまでもバスケスクールを定期的に県内各地で開校し、ジュニア世代の育成に取り組んでいる。
 実は佐藤さんも監督時代、能代工高体育館に地元小学生らを招き、選手とともにバスケの基本や楽しさを伝えていた。少子化の影響で、スポーツ界も今後は競技人口の減少や、選手獲得が一層厳しくなることが予想されるが、佐藤さんは「バスケが子どもたちにとって魅力あるスポーツであれば、やりたい子は増えてくると思う。リーグ全体で夢を与えられるような組織にしたい」と語った。
 チームの指導方針にも技術や人間性も含めて子どもたちの手本となるプレーヤーの育成を掲げており、バスケットボールを希望のある競技にしたいとの思いがうかがわれる。
 そんな佐藤さんだが、新HC就任までの約2カ月間はどんな心境だったのだろう。本人は「これまで携われていなかった家族と過ごした」と述べるにとどめたが、最悪の場合を想定し、バスケ以外の職に就くことも考えていたという。佐藤さんは「人生の半分以上はバスケで生きてきた。好きなことをやって生活できることはごく稀(まれ)。そういう中でバスケに携われることに感謝している」と語った。
 今年4月からは新生・能代工高バスケ部が始動した。bjリーグも同校OBの長谷川誠HC率いる秋田ノーザンハピネッツの躍進が目覚ましい。今後もバスケから目が離せない日は続き、能代工もハピネッツも、これまで以上に応援していくつもりだ。加えて、個人的に青森ワッツの動向にも注目したい。

(大柄 沙織)


 

節目の町つぶさに

(2015.6.11)

 10年務めた大館支社から本社勤務に戻り、八峰町担当となって1カ月が経過した。10年ひと昔と言うように、気分はまるで海岸にたどり着いた浦島太郎。花火で有名な雄島を見詰めていると、本当に竜宮城がありそうな…。変わらない景色を懐かしみ、「こんな施設あったっけ」と変化に驚きながら、新鮮な気持ちで取材に当たっている。
 再発見してるのは、同町の農山漁村空間としての景観の美しさ。奥深い田園風景には連綿と続いてきた農の力強さを感じるし、取材帰りに日本海に沈む夕日に目も心も奪われていると、原稿の締め切りのことなど忘れてしまいそうだ。人を癒やす自然こそが町の一番の資源なのだと、改めて感じている。
 そんな美しい景観を誇る町も、人口減少への対応が目下最大の課題。人口は18年3月の町村合併時に比べて約1500人減り、今年5月末現在で7762人。象徴的な動きが児童生徒数の減少に伴う学校統合で、来春には町内の小中学校が五つから三つになる。子どもたちのため、苦渋の選択をした地域では活力低下が懸念される。県が昨年10月1日現在でまとめた統計によると、町の1年間の人口減少率2・83%は県内25市町村で3番目に高い。
 町が今年度打ち出した施策には、人口減への強い危機意識を感じさせる施策が並んだ。移住・定住施策として、町民から空き家を借り上げてリフォームを行い、移住希望者に「お試し住宅」として貸し出す。町民の中に〝3本の矢〟と評価する声もある子育て支援施策の成果も注目。3歳以上の保育料を無料(3歳未満は半額)としたほか、小中学生の給食費は半額に、小学生までだった医療費無料化を中学生まで拡大した。肝心の産業振興策では、農林漁業といった地場産業の振興に加えて、豊富な観光資源にさらに磨きを掛けて発信する取り組みも求められるだろう。
 合併から来年3月で丸10年。町は最上位計画となる総合振興計画(19〜28年度)を今年度中に見直し、新計画を策定する予定だ。自然との共生を掲げた10年をどう振り返り、次の10年をどう描くのか。大事な節目にある町の動きを、つぶさに伝えていきたい。

(菊地 健太郎)


 

「白神の森」に関心を

(2015.6.7)

  白神山地の二ツ森や岳岱自然観察教育林、留山を訪ねた。雪解けとともに若葉が萌えた新緑の季節は過ぎ、ブナなどの広葉樹の緑は深みを増していた。
 青秋林道の終点である二ツ森の登山口に到着したのは午前6時前。わずかな時間でも、その空間を独り占めできればと早々に出掛けた。「三文の徳」ではないが、駐車場には私の車のみだ。
 登り下り2時間程度の山歩きで、終始耳にしたのはエゾハルゼミの鳴き声。「よくも朝から騒々しく」とは人間の思うこと。自然界では生き物たちが次の世代に命を引き継ごうと懸命に活動している。
 岳岱では、樹齢400年といわれるブナの巨木が存在感を放っていた。コケや藻類に覆われた樹皮は黒みを帯びて岩のようにも見え、周囲に育つ年下のブナとの違いは明らかだ。想像の域を超えた長い歳月の重みを感じずにはいられない。
 池や木の枝には、モリアオガエルやヒキガエルなどの卵塊が点在し、繁殖の動きが見て取れた。「水分が豊富だから、木もよく育つ。コケや藻が生え、カエルなどがいることは素晴らしい自然のバロメーター」。藤里町の秋田白神ガイド協会の斎藤栄作美さんは、そう教えてくれた。
 動植物にとって恵まれた森林環境の白神の森だが、いま一度、保全のために向き合わなければならない問題が迫っている。
 ここ数年、生態に悪影響を及ぼすとして生息が危惧されているニホンジカの姿が白神山地周辺で目撃されている。ニホンジカは植物の葉や根、樹皮などを食い荒らし、その上、繁殖力も高い。広大な白神山地に一度入り込んでしまうと、これまで連綿と紡がれてきた森の営みを破壊し、自然景観を一変させかねない。
 私たちは白神山地の麓で暮らし、動植物と同様に水をはじめ、多くの恵みを受けている。守り継がれてきた白神の森に変化が生じようとしている今、求められているのは関心の高まりだ。あるべき姿で後世に継承するために。

(宮腰 友治)


 

じゅんさい丼 奮起を

(2015.5.19)

 今月から三種町担当になった。2年間担当した八峰町では、新鮮な山海の幸や白神あわびなどの絶品メニューを次々と胃袋に放り込み、三種町でも勝手に期待を高めている。先日は農家からジュンサイのお裾分けを頂き、鍋と酢の物にしておいしく食べた。
 生産量日本一で、町が全国に誇るジュンサイを活用したご当地グルメが「三種じゅんさい丼」。ジュンサイを薄焼き卵の茶巾で包み、地場産の梅を混ぜた酢飯に乗せた丼で、24年4月から発売を開始した。酢飯とジュンサイが絶妙にマッチし、「これはヒットする」と確信した記憶がある。
 ただ、最近は発売当初のような“勢い”は失われつつあるように思える。最大で6店舗が提供したが、今は4店舗。また、当初はどれぐらい食べられたかを知るため食数をカウントしたが、町商工観光交流課や三種じゅんさい料理推進協議会によると、今はデータを取りまとめていないようだ。
 一方、青森県深浦町で25年6月に発売し、7店舗で提供中の「深浦マグロステーキ丼」は、毎日飲食店が町職員にメールで食数を報告している。同メニューは、発売から2年も経(た)たずに7万食を達成。ホームページでは「ファンの皆様 応援ありがとうございます!」と強調している。
 町観光課によると、当初は半年で食数報告を終える考えだったが、店から「食数の推移が励みになる」という声が聞かれ、継続している。「○万食突破!」といったアピールをし、同グルメが尻すぼみにならないように取り組み、同課は「ニュース性を持ち、情報を発信し続けなければ」と話す。
 じゅんさい丼のある提供店が「じゅんさい丼は暑い時によく出る」というように、まだまだ魅力的なメニューとして可能性はあるはず。何度も試食会を開き、並々ならぬ情熱を注いで生まれた地域活性化のメニューの注目度が、徐々に薄れるとしたら、もったいない。
 提供店が一定の数を超えたら、何か記念の企画をするのもいいかもしれない。各地にご当地グルメがあふれる中、常に情報発信し、メディアに取り上げられるような取り組みは不可欠。じゅんさい丼も、白神あわびも、能代豚なんこつも。

(山谷 俊平)


全国感じた3日間

(2015.5.13)

 この5月に大館支社から本社勤務に戻り、4年ぶりに能代カップ・高校選抜バスケットボール大会(3~5日)を取材できた。全国屈指の強豪校同士が繰り広げるハイレベルな試合を、能代山本にいながら間近に見られる喜びを改めてかみしめた3日間だった。
 インターハイ、国体、ウインターカップの3大会に次ぐ「第4の全国大会」とも表現される能代カップの歴史の中でも「レベルが高い」と、ファンの注目度は高かった。
 3連覇を飾った明成(宮城)と初参加で準優勝した福岡大大濠は、それぞれ昨年のウインターカップ、インターハイの王者で、今年も優勝候補の筆頭格。ほか3校の招待チームも全ていずれかの大会で4強以上の強豪だった。
 市総合体育館のアリーナに設置されたメーンコートには、市内外から足を運んだバスケファンが熱い視線を注いだ。初参加だった桜丘(愛知)の江崎悟監督は「インターハイの準々決勝以上と同等の緊張感がある。参加できた意義は計り知れない」と振り返った。各校ともインターハイの前哨戦として重要な機会と捉えており、そんな大会が能代で開かれていることを誇らしく思った。
 招待校の中には「地元でなくても、良いプレーに惜しみなく拍手してくれる。能代の観客は、ほかとは全く違う」と話す選手もいた。“バスケの街”ならではの会場の熱さは、各地のコートでプレーしてきた全国トップレベルの選手たちだからこそ、敏感に感じ得たのだろう。
 能代工は2勝3敗の4位に終わったが、胸を熱くさせる戦いぶりも見せてくれた。中でも、全勝優勝に王手をかけた明成との最終戦。序盤のリードを守りきれず82─102で敗れたが、ディフェンスから速攻に転じる伝統の「走るバスケ」で食らい付き、終盤に点差を10点近くまで縮める粘りを見せた。
 盛実海翔主将(3年)は「速攻が通用したことには自信を持てた。追い上げる展開で畳み掛けられる強さを磨かなければ」と振り返った。現状を受け止めながら、高みを目指そうとする真っすぐなまなざしを頼もしく感じた。
 昨年のウインターカップで7年ぶりに8強入りし、名門復活への期待が高まる。秋田国体(19年)以来遠ざかっている王座奪還に向け、選手たちは確かな手応えを得たはずだ。

(川尻 昭吾)


桜の風景を守る人

(2015.5.6)

 桜が咲くところに人は集まる。先月24日、仙北市角館で満開となった桧木内川堤を歩きながらしみじみとそう感じた。平日ながら武家屋敷や堤周辺は県外ナンバーの車も行き交い、大型観光バスが所狭しと駐車場に並ぶ。ここに集まっている人たちは、この桜の風景を見るためにはるばるやってきたのだと思うと風景の持つ力を思い知らされる。
 そして、人を引き付ける風景には、それを守り育てている人たちがいる。同市教委文化財課の「桜係」だ。樹木医の資格を持つ桜アドバイザーを中心に3人体制で桧木内川堤のソメイヨシノ約400本、武家屋敷のしだれ桜162本の維持管理を担っている。
 担当者によると、ソメイヨシノは昭和9年に植えられたもので、国の天然記念物に指定されるしだれ桜は樹齢50年余から300年ほどのものまである。桜は植え替えをせずに“若返らせる”方針なのだといい、「剪定(せんてい)後、新たに伸びる若い枝を大切にする」ことで高樹齢木もたくさんの花を付けていられるのだという。専門的な知識のあるアドバイザーの存在は大きく、「継続して手をかけることが大事。アドバイザーがいなければ角館の桜は守れません」と話した。
 また、角館中の生徒がふるさと体験学習の一環として花を終えた後に肥料を与える「お礼肥え」を毎年行っている。3年ほど前から大曲養護学校も加わり、今年で28年目。子どもたちのまちの桜を守っていく意識も確実に育てていた。
 同じく、東北の桜の名勝地である弘前公園はどうか。弘前市公園緑地課は、公園内の桜の維持保全を専門とするチーム「桜守」を26年に設けた。それまで樹木医が1人で公園内の約2600本の桜を管理していたが、技術の継承を目的に新たに樹木医を採用、一般の職員も含め3人がチームとして取り組んでいる。
 公園には明治15年に植えられたという日本最古のソメイヨシノもある。やはりこちらも「若い枝を大切にしている」のだそうで、樹齢133年の古木は今もしっかりと花を付けている。ほかにも、樹齢100年超は園内に300本以上あるとされ、弘前方式と呼ばれる管理技術の高さは日本一とも言われている。
 今年、能代山本のまちなかにある桜を見てみると、テングス病の枝や、剪定され新しい枝を伸ばしきれない不自然な樹形の桜が目に付いた。地域の人が剪定や施肥に汗を流しているのを取材したこともあるが、専門家の継続した指導がなければ限界があるのかもしれない。
 桜を植えるのも枯らすのも人なのだとすれば、花のない桜祭りはさみしいものだ。見た人を感動させる風景を守る人たちの仕事は尊いと感じた春だった。

(佐藤 詩織)

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今年も多くの人々を魅了した桧内川堤の桜並木

 


さあ投票に行こう

(2015.4.11)

 県議選能代市山本郡選挙区の期日前投票が行われている同市の旧渟二小に、子育て世代の女性3人が連れ立って訪れ、一票を投じた。若い世代の選挙離れを憂い、声を掛け合って来たという。
 市民グループこども未来ねっと能代の女性たちだ。代表の佐藤佳代子さん(36)と副代表の大高佳子さん(37)が、20代、30代の若い世代がなかなか投票に行かなくなってしまったことに不安を覚え、「自分たちができることをしたい」「ランチの前にみんなで期日前投票に行こう」と企画した。
 平日のこの日は、集まった人数は少なかったが、投票券を持参して旧渟二小に集まると、1人ずつ受け付けを済ませ、記載台で候補者の名前を記入し、投票箱に1票を投じた。
 東日本大震災の影響で福島県から避難して来た佐藤さんは、震災を機に「行政に期待していることと、実際にしてくれることに温度差がある」と感じるようになった。そんな中、「投票することで自分の意志を示したい」という思いを新たにしたという。 
 しかし、実際、私の周りの同世代からも「自分の1票くらいでは政治は変わらない」「誰を選んでも同じ」と投票に行かないという声も多く聞かれる。
 昨年末の衆院選では、全国的に投票率が戦後最低となり、能代山本でも54・55㌫と約半数の人が棄権した。「政治に対して不満を言う人は多いが、せめて自分ができることとして1票を投じてほしい」と佐藤さんは語る。大高さんも「投票に行かなかった人が全員投票に行っていれば変わっていたかもしれない。特に若い人たちが投票にいくことで、新しい考えが政治に届くと思う」と力を込めた。
 期日前投票はせず、その後のランチ会のみ参加した市内の母親(40)は、子どもと一緒に行ける日曜日の投票日に行く予定だ。小学生の子ども2人を持つ母親(37)も、子どもたちが保育園の頃から選挙には必ず一緒に行っている。「投票は有権者として当然。親が投票に行くのを見せることで、子どもたちも大人になってから自然に行くようになると思う」と話した。
 20代、30代が当たり前のように選挙に行くようになれば、未来はもっと明るくなるだろう。自分の未来は自分で選びたい。

(浅野 結子)


満足!大人の職場体験

(2015.2.13)

 この冬、仙北市角館町の一家で営む洋菓子とパンの店・ルーシーカンパニーで、パン職人が指導するパン作り体験に参加した。全国各地で神主や探偵、鍛冶屋、カフェオーナーなどさまざまな職業の体験を“旅”として提供しているイベント会社(東京都)などの企画で、同店では昨秋から月に1回行っている。
 参加者は私と埼玉県から来た女性の2人で、体験日は通常通り店舗は営業。忙しい日程でありながらパン職人の鈴木翔さん(30)さんが歓迎してくれた。体験のメーンである「自分だけのオリジナルパン作り」では、シナモンロールを作りたいとは決めていたが、それ以外のことは考えていなかった。一緒に参加した女性が次々とパン生地とさまざまな具材を組み合わせているのに対して、なかなか手が動かず自分の発想力の限界を感じた。時間が押してしまったが、昼食は焼き上がった自分のパンと鈴木さんが作った「かくのだてバーガー」を味わい、優しい味に何だかほっとした。
 鈴木さんの曽祖父と祖父は和菓子職人で、父親が洋菓子店としてリニューアル。料理好きだった鈴木さんは、パン職人を目指して両親と同じ専門学校に進学し、関東で修業を積んで25歳の時に帰郷。父親の店のスペースを半分借りてパンの販売を始めた。
 最初はパンの決まりごとを守り、「かっこつけた商品を作っていた」そうだが、都会で流行していたパンに地元の人たちの反応はいまいち。「地元のみんなの生活に密着した職人になりたい」と、次々と新しい商品を開発していった。
 鈴木さんが開発した「かくのだてバーガー」は地元の小麦粉・ネバリゴシ、地元醸造店の特上粒みそを取り入れた特製ソース、地場産野菜、自家製ハンバーグとこだわり抜いて作った人気商品。地元のラーメン店主との会話がきっかけで誕生した「ラーメンパン」は、器に盛り付けられたラーメンのように仕上げ、斬新な発想で話題を集める。
 「子どもに胸を張って食べさせられる安心安全食材で、おいしく体に優しいパンを作る職人になりたい」。鈴木さんは悩んだ時期も含めて、仕事について楽しそうに語った。
 大人になってから違った職業を実際の現場で体験するのは、新たな発見や学びがあっていい。来店した人々の笑顔も印象的だった。雪が解けたら桜で彩られた角館にまた足を運びたい。

(佐藤 詩織)


情報発信 気持ち新たに

(2015.1.14)

 本紙新年号恒例のお年玉付きクイズ「2015年写真入りニュースクロス」に、今年も多くのご応募をいただきました。その数146通。当選した20人の皆さんには、暗がりを明るく照らす「LEDセンサーライト」を近日中にお届けします。どうぞお楽しみに。
 さて、今回も応募はがきに新年号および普段の紙面についてのコメントをお願いしたところ、多岐にわたって感想、意見を頂戴しました。当欄を借りてその一部を紹介します。
 まずは新年号。「『発見!おらほのメェ〜人たち』は感動する内容。地域にはこんなすばらしい方々がいらっしゃるのだなあと」(能代市槐、農業女性・54)、「『んめ〜ものリレー』はどれも“なるほど”とうなずけました」(同市栄町、主婦・63)、「『ほくう寄席』が面白かった。来年もぜひ」(秋田市牛島、無職男性・71)など。楽しく読んでもらえて何よりです。話題の国際結婚に引っ掛けた「すてきな国際結婚」には、「八峰町の柴田さん、よく帰って来られました。ありがとう」(能代市浅内、主婦・60)の声がありました。
 クイズへの感想も多数で、「(ヒントの)キーの中に能代の話題があって面白い」(同市栄町、会社員女性・48)、「頭のサビ落としに最適」(同市大町、無職女性・64)、「帰省して息子と一緒に楽しみました」(千葉県八千代市、公務員女性・31)。一方で能代市内の78歳男性と47歳女性はともに「ヒントの字が小さい」と指摘。来年は改善を図ります。
 日ごろの紙面には「カラー紙面が多くなり、新聞を読むのが楽しみになりました」(能代市栄町、無職女性・71)、「知っている名前を見つけるのが楽しみ」(三種町森岳、主婦・54)といった感想、「出身者が都会で活躍している様子を紹介してほしい」(能代市向能代、会社員男性・65)、「子どもたちの事をいっぱい書いて」(同市鰄渕、主婦・64)などの要望、「誤字が多い。校正をしっかり」(同市真壁地、主婦・66)の叱咤激励が。
 また秋田市仁井田の中学生、T君(12)からは「能代は何が有名なのか知らない。行事、施設、遊び場その他、もっと県内外にアピールして」の意見。ふるさとを元気づける地域情報の発信。本紙としてできることを考えなくてはなりません。
 「渟城雑記が楽しみ」という八峰町八森の女性(75)には「今まで気付かなかった事や何気ない暮らしの中で生きる力を与えてくれるのも北羽の良いところ」との“逆お年玉”を頂きました。クイズの答え「未来に向かって進め」の精神を忘れず、明るい未来が開ける「未」年にするべく、編集局一同、より良い紙面づくりにまい進します。

(平川 貢)


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