「3・3・4」の県議選投票

(2019.4.18)
 

 県議選が終わった。能代市山本郡選挙区の有権者の投票行動をざっくり言えば、3割が期日前投票を利用し、3割が投票日当日に投票所へ行き、一票を投じた。そして4割が棄権した。
 当日有権者数を分母に再計算してみると、期日前投票者の割合は、能代市30・90%、藤里町42・28%、三種町33・34%、八峰町29・31%。選挙区全体では31・74%、人数にして2万2332人。
 ある現職陣営で、実際は前戦が「本番」で、選挙期間中はどれだけ支持が起きているか確かめに遊説に行くようなところもある、という趣旨の話を聞いた。
 告示翌日に期日前投票が始まるが、有権者の手元に選挙公報は届いておらず、解禁された選挙運動用のビラも間に合わない。選挙カーは走り始めたばかり。候補者を「見る」のはポスターぐらい。せめて選挙公報が届くまで待ってもらえないものか、と嘆くのだが、そうも言っていられず、前戦の段階で、いかに立候補予定者を浸透させるかに注力することになる。
 一理ある。だが、しかし。9日間の遊説はセレモニーではない。
 結果論だが、不在者投票分も含むが、68・26%は投票日当日に投票する権利を有していた。その数4万8026人。投票日まで情報を集めてじっくり考える派も、最終盤に「誰がいいかな」と探す派も、「あ、選挙だったな」と気付く派も、いるんじゃないかと思うのだ。
 各選挙事務所に、街頭演説の場所を尋ねた際、よく言われるのが「人の出、次第」。地盤でも、後援会会員でもない「その他」の有権者は、たまたま出くわさなければ聞けない、会えない、見掛けもしない。候補者を知るラストチャンスの9日間だが、そんな不確実な「出会い」しかないのか。当日有権者の38・59%に当たる2万7153人が棄権した。「新たな支持」になり得る有権者をみすみす逃した。と、言えなくもないと思う。
 中には行きたくても行けない高齢者もいただろう。語弊があるかもしれないが、一票は貴重さを増している。夏は参院選がある。有権者の皆さん、投票に行きましょう。候補予定者の皆さん、有権者が「投票さ、行かねばねなっ」と思える実のある政策論争と選挙運動を期待します。

(渡部 祐木子)


 

 

学校統合への思い

(2019.3.10)
 

平成時代の30年間で、能代山本の小中学生の人数は8592人減少、学校は21校なくなった︱︱。本紙で毎週末に連載している企画「平成史」の中でこの地域の学校統合の変遷をまとめ、数字に表れた急激な少子化の実態に嘆息した。
 思い返せば、教育取材を担当していた十数年前、年間300人規模の減少を毎年記事にしていた。当時それほど切実なこととして捉えることができなかったが、取材で足を運んだ学校が一つまた一つと閉校していく現実は重い。この春には能代市鶴形小、崇徳小、常盤中が統合によりその歴史に幕を下ろす。地域の人たちの寂しさはどれほどだろうと察する。
 同市では、18年の市町合併を挟んで二ツ井地域で小学校7校を1校とする統合が行われ、19年4月には渟城第一、第二、第三の3小学校を2校に再編した。保護者や地域住民の中には統合に反対の声もあったという。
 当時、市教育長を務めた神馬郁朗さん(80)は「『もう渟二小の校庭の桜は見られないんですね』と言われ、気持ちが揺らいだ」と回顧。統合を進めた行政関係者もまた、複雑な思いを抱えていたことを知った。神馬さんは、子どもたちが切磋琢磨(せっさたくま)している各学校の経過を見れば、統合の判断やタイミングは間違っていなかったのではないかとも語った。
 二ツ井小は昨年4月で統合から10年経過。児童数減少に歯止めはかからないものの、先月、取材で訪れた学校現場には活気があった。授業によってはクラスを二つのグループに分けて教えることもあるから、教室は足りないぐらいだという。
 昨秋の学習発表会では、5年生が閉校した7校の校歌を披露。親子レクリエーションでは、各校の校章をモチーフにしたモザイクアートを作り、階段脇にある展示スペースに飾ってある。簾内正子校長は「統合から10周年の節目に、閉校していった学校を思い出してもらう活動ができて良かった」と語る。
 カラフルな校章のモザイクアートは、7校それぞれの歴史、住民の期待が今の学校に引き継がれていることを象徴するようで、少子化の数字ばかり見て沈んでいた気持ちが、幾分救われた気がした。

(菊地 健太郎)


 

 

裁判員制度への理解

(2019.2.25)
 

 裁判員制度が今年5月で施行から10年を迎える。これを記念した「裁判所と司法記者クラブとの意見交換会」が14日に秋田地裁であり、参加した。申し込んだ加盟9社の10人の記者が「裁判員」となり、被告人が有罪かどうかを決める評議を模擬体験した。
 昨年7月に秋田支社勤務となり、最初に取材した刑事裁判が裁判員裁判。司法関係を担当していた駆け出しの頃にはなかった法廷の光景に、隔世の感を抱いた。と同時に、制度に対する不勉強さを実感し、届いた参加案内に飛び付いた。
 私を含む10人の参加者は、まず法廷内の裁判員席に座り、模擬裁判・評議用(殺人未遂事件)のDVDを視聴。その後別室に移動し、3人の「本物」の裁判官を交えて評議に臨んだ。
 議論となったのは、証人として出廷した被害者(A)と被告人(B)の殺意があったか否かで食い違う証言のどちらがより信用できるかという点。私は犯行日にBがAに向けて「ぶっ殺してやる」と発言していたのを聞いたという別の証人(C)の証言から、Bに殺意があったと推測する意見を述べたが、「『ぶっ殺す』は口論などの際によく出る言葉。殺意があったとは言えないのでは」と考える参加者もいた。
 時間の制約上、模擬評議は触りの部分で終わったが、現場の雰囲気は十分味わえたし、「人を裁く」のは難しいけれど、やり遂げた後は充実感に包まれるであろうことも予感した。締めくくりの意見交換で杉山正明総括判事が話した「評議では裁判員が自由に言い合えるよう、私自身はできるだけ発言しない、意見を押し付けないようにしている」との言葉からは、制度の導入意義でもある「市民目線」の運用がなされていることも伝わってきた。
 10年で制度が定着する一方で、裁判員候補者の辞退率は秋田地裁で平均66・5%。29年は75・3%、昨年は71・9%とその割合は高まっている。地裁によると、特に29年は審理予定日数の長期化が辞退を増やした要因でもあったようだが、辞退率は全国的に高まっているのが現状だという。
 裁判員になることに心配はいらないと、私は今回の体験で知った。制度に対する国民理解がもっと深まればと願う。

(平川 貢)


 

 

哀悼 石倉山の加藤さん

(2019.2.13)
 

 三種町森岳の石倉山公園近くに住み、多彩な趣味を持つことで知られる加藤國男さんが、先月20日に入院先の秋田市内の病院で亡くなった。76歳だった。白いあごひげに芸術家帽子がよく似合う、そのユニークでおおらかな人柄を知る町内の人たちからは「残念でならない」の声しきりだ。
 加藤さんは大仙市出身。
秋田市内で金融関係の仕事に携わり、退職後に森岳に移住した。ステンドグラスや篆刻(てんこく)、墨絵、俳句など10を超える趣味を持ち、「お世話になったお礼に」と、手掛けた作品を町やJA、温泉施設などに贈った。
 自宅敷地内の工房をアポなしで訪ねても、制作中の作品の話などをじっくりと聞かせてくれた。来客はコーヒーでもてなし、石倉山で採取した素材で作った果実酒や漬物を土産に持たせた。
 妻の美千代さん(77)によると、加藤さんが第2の人生の拠点を森岳に構えたのは、先輩からの勧めもあったが、自宅でも入ることができる良質な温泉があったから。「約20年、好きなことをやったから、悔いはないでしょう。友達と温泉に入ってステンドグラスや木彫りをやって、果実酒を作って…。いい仲間にめぐり会えて本当に良かった」と、時折ハンカチで目頭を押さえながら語った。
 三種町でグリーンツーリズムを進める「田舎ぐらし大学みたね」の会員でもあり、ステンドグラス制作などの講師を務めた。田舎ぐらし大が今年から月末に開くことになったそば打ち講習会でも活動の中心となる予定だった。
 田舎ぐらし大には町内の農家や農家民宿の経営者らが所属し、ジュンサイや果物などの収穫体験やイベントを企画して観光客を受け入れている。田舎暮らしを楽しむ見本のような加藤さんだからこそ、その魅力を語ることが観光客への何よりのアピールになったのではないだろうか。
 石倉山近くの工房はあるじを失いひっそり。当面は飾られた作品をそのままにしているというから、加藤さんの息遣いが聞こえてきそうな工房で、または町内の寄贈先で、作品を見るたびに、「また遊びにおいで」と言ってくれたあの優しい笑顔を思い出すことにしたい。

(菊地 健太郎)


 

本で平成振り返る

(2019.2.1)
 

 先月、イベントの取材で能代市立能代図書館に行った。一仕事を終え、会社に戻ろうとしたところ、貸し出しカウンターの向かいに設けられたコーナーの真っ赤なポップ広告が目に入った。「平成を振り返る」。
 コーナーは、同図書館が新書や美術など一つのテーマにスポットを当て、関連する蔵書を紹介する「テーマ展示」の一環。今年4月末で「平成」が終わり、新たな時代を迎える前に読書を通して、30年間を振り返ってもらおうと企画した。事件・ニュース、話題の人など6ジャンル計約130冊の蔵書を紹介しており、毎日本を読むだけで文字通り「振り返る」ことができそうだ。
 元来の読書好きということもあり、「せっかくだから何冊か借りてみよう」と並ぶ本とリストを眺めながら品定め。職員によると、特に東日本大震災(23年)の体験談や写真集、藤里児童殺害事件(18年)、地下鉄サリン事件(7年)といった事件や災害を扱ったノンフィクション、スポーツではフィギュアスケートの羽生結弦選手が手掛けた自叙伝などがよく借りられているという。
 残念ながらそれらを借りることができず、「平成の文化を一目でおさらいできますよ」と職員からお薦めしてもらった「図解平成オタク30年史」(2018年・新紀元社)を読んでみた。
 アニメや漫画、ゲーム、アイドルなどその年の文化の流行を活字だけでなく、年表や地図などの図表とともに振り返ることができるのがうれしい。中でも、メディア作品の舞台となった土地を巡る「聖地巡礼」については「作品の由来となった場所・施設を訪れ新たな知見を得る」「地元グルメや再現された劇中メニューを食べる」「スマートフォンで撮影し、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に投稿・発信する」など、「平成」ならではの楽しみ方が紹介されており、これから始めようと考えている人にとって、役立つ情報がたっぷり詰まっていた。
 同書によれば、「聖地巡礼」は19年に放送されたアニメ「らき☆すた」が始まりとされ、ファンと地元の努力で聖地化が進んだという。先日、三種町がロケ地となった映画「デイアンドナイト」が全国で上映され、同町は今後、「巡礼者」たちでにぎわうことが期待される。地域の魅力を体感したファンと地元を愛する住民が協力して聖地化、ひいては「地域おこし」につながればと願ってやまない。

(藤田 侑樹)


 

「能代振り」力強く

(2019.1.10)
 

 消防団員らが分列行進や、式典を行うことで、無火災を誓うとともに消防人の心意気を示す新春恒例の消防出初め式。今年も4日に三種町と藤里町、5日に能代市と八峰町で行われ、地域住民らに頼もしい姿を見せた。
 能代市では、消防団員らが能代地域と二ツ井地域でそれぞれ分列行進や観閲に臨んだ後、市文化会館で合同式典を行い、長年にわたって活動に尽力してきた消防団員らを表彰。出席者は地域防災の要として住民の命や財産を守ることを誓った。
 このうち、能代地域は毎年、消防団のまとい振り隊・木遣(や)り隊による勇壮なまとい振りが披露される。今年も、隊員11人が同市畠町で「神田振り」「能代振り」、市文化会館大ホールでは「神田振り」「三三九度」「能代振り」「能代奴(やっこ)振り」を披露した。
 「神田振り」と「三三九度」は大館市などの出初め式でも披露されているが、「能代振り」「能代奴振り」とは具体的にどういうものなのだろうかと気になり、隊長を務めている能代第3分団の吉田孝悦分団長(59)に話を聞いた。
 吉田分団長によると、能代市のまとい振りは市制50周年を記念して披露されたのが始まりとされ、それ以来、消防出初め式で披露されるようになったという。
 「能代振り」はまといを両手で高く上げて回す動作と、体を右側にひねりながら下げる動作を繰り返す演目。また、「能代奴振り」も基本は前者とほぼ同じだが、まといを下げる際に右足を前に出す動きが加わり、体のひねりも大きくなる。
 いずれも動きが派手で同市の演目の中でも大きな見せ場となるが、まといは重いもので約10㌔もあることから負担が最も大きく、動きをそろえる難度も高い。練習にも力が入り、吉田分団長は「練習は隊員たちの仕事が終わってから行うので疲れもあるが、全員が気合を入れて取り組んでいる。本番で披露できた時の達成感も魅力」と話す。
 取材を通し、引き継がれてきた消防人の心意気に少し触れることができた気がする。来年以降の出初め式では、今までとは違った目線でまとい振りを見ることができそうだ。

(小林 佑斗)


2018 想風

2017 想風

2016 想風

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