小さく見える過去の選挙違反

(6月28日)

 能代山本の犯罪の歴史で、摘発が大きく減ったのは選挙違反、それも現金買収だ。
 戦後の昭和の時代は、選挙があるたびに候補者に一票を投ずることを求め有力支持者や運動員が有権者に現金を渡す買収、飲ませ食わせさせ投票を託す供応の容疑の逮捕・検挙が相次ぎ、紙面をにぎわした。
 やがて逮捕者は起訴され裁判に、執行猶予付きの有罪と追徴金を言い渡されるケースがほとんどだった。量刑不当と最高裁まで争った町議もいたが、異議申し立ては却下され議員失職した。現金を受け取った有権者は略式起訴を経て、簡易裁判所から罰金と公民権停止の略式命令を受けた。 
 町や村を二分する戦いが激しいあまり、「票を金で買う」が横行した首長選、毎回多くの逮捕者・検挙者が出ることに立候補した首長は裁判の証人尋問で「選挙をやるたびに地域が暗くなるのは遺憾」と述べた。
 首長選、県議選、市町村議選、衆院選でも摘発が続いた。昭和30年代の参院選で当選した林野庁長官経験者の候補者の陣営が木都能代で木材業界を巻き込んだ大量違反があり、騒然となったと後に聞いた。
 しかし、平成に入ってから悪質な選挙違反は影を潜めた。現金買収の摘発は平成12年の藤里町議選以降なし。供応は同23年の県議選絡みの飲食が処罰された。
 警察の情報収集・捜査能力の問題とは思えない。供応・買収の噂(うわさ)が聞こえてこないのだから。田舎から選挙違反が消えてきたと推測する。
 しかし、広島県は違った。衆院議員の河井克行・前法相と妻の案里参院議員の昨年の参院選をめぐる大規模買収事件。現金約2570万円を提供した疑いのある94人のうち、首長や地方議員は40人にのぼると報じられている。
 受け取った側は失職し、あちこちで選挙となるのか。結果的に資金源となった自民党本部、さらには安倍首相の責任はどうなるのか。
 能代山本の選挙違反が小さく見えてくる。(八)


 

 

わっぱが仕事はいいかげんか

(6月21日)

 「わっぱが」なる秋田弁の意味と語源を2人から質問された。さらに、「わっぱが仕事」という言葉は「いいかげんな仕事」を指すのだろうか、ちょっと違うような気がするがどうなのか、とも。
 本県にも配備が計画された地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」。それが停止となったのは、ミサイルの推進力を補助する装置のブースターの落下地点を正確にコントロールできないためとされることについて、佐竹敬久知事が18日、報道陣に対し「わっぱが仕事は最後にこういう結末になる」と述べたと、秋田魁新報が報じた。
 佐竹知事は昨年6月に防衛省の調査報告書に事実と異なるデータや誤記載が見つかった際にも、「秋田弁で言えば『わっぱが(いいかげん)仕事』」と批判したとも記していた。
 そこで「わっぱが」が話題となったのだ。小欄では15年前に「わっぱが、いい加減?」と題して取り上げており、一部を紹介する。

 ◇ ◇ ◇

 中山健さん編著の「秋田方言辞典」では、「わっぱか」の語源考察として「わりはか(割量)の転訛(てんか)」とある。「わり(割)=ある人に割り当てる分」、「はか(計、量、果、捗)=①稲を植えたり刈ったりするときなどの分担範囲②仕事などの進みぐあい。はかどり」と示している。
 「わっぱが」には「終わりにする」「けじめをつける」の意味もある。
 「わっぱが」は、農村社会が生み出し地域に根づいた方言である。一生懸命こなす、目標を達成するといった前向きな姿勢もにじむが、「わっぱが仕事」という言葉になると、とたんに「やっつけ仕事」と同様にいい加減さがつきまとう。

◇  ◇  ◇

 あまり丁寧に行わない意味が込められて用いられることもあり、知事の使い方は間違いではなかったのだ。
 方言辞典からこんな使用例を見つけた。「わっぱが仕事だとおもてどだりかだりすなや」(割り当てられた仕事だと思っていい加減にやるなよ)。(八)


 

帰れなかった、帰りたい

(6月18日)

 今月初め、職場の受付から「Aさんがお見えです」と内線電話。「はてどのAさんだろうか」と首をひねりながら行くと、応接ソファに座っているのは、世話になっている先輩だった。関西に住む多忙な人が、なぜ能代にいるのかと驚いた。
 「どうしました」と質問すると、「実はおふくろが亡くなって…。昨日葬式と納骨を済ませた」と話した。病院から母親の容体が悪化したとの連絡があり、その翌日に飛行機で帰省しようとしたが、朝に息を引き取ったという。親の死に目に会えず、さぞ無念だっただろう。
 妻や娘をはじめ家族も慌ただしくやって来て、身内だけでひっそりと見送ったが、各種手続きを取り急ぎ済ませ、関西に戻ったのは4日後だった。
 実はゴールデンウイーク期間中に見舞いと様子うかがいに来たかったらしいが、新型コロナウイルスの感染拡大防止の緊急事態宣言中であり、県境をまたぐ行動は自粛が求められており、感染者の多いところから故郷に戻るのはためらわれたという。
 病院側の配慮で電話転送機能を使った「リモート面談」を2回行ったとのことだが、やはり直接語り合い、老いた母の手を握り、背中をさすってやりたかったはずだと思った。
 能代に年に何度か帰省、そのたびに酒を酌み交わす東京在住の後輩が、「能代に帰りたい」とメールで漏らしていた。
 5月に父親の法事を執り行う予定だったが、コロナで移動できず、中止に。90歳を超えた独り暮らしの母親は転倒骨折したという。妹が面倒を見ているらしいが、心配なのだ。「地方への移動が解禁になったら、すぐ能代に帰りたいと思っています」と伝えてきた。
 政府が発表した外出自粛の段階的緩和は、明19日からステップ2に入り、全国を対象に県をまたぐ移動の自粛が解除される見込みだ。
 帰省したくてもできなかった事情ある人が戻って来ても、地元は白い眼で見てはいけない。(八)


 

拉致被害者家族の発言に

(6月14日)

 ある発言を知って、内心忸怩(じくじ)たるものがある。北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の父・滋さんが5日に87歳で亡くなり、妻の早紀江さん(84)と双子の息子の拓也さん(51)と哲也さんらが9日に記者会見し、それぞれの思いを語ったが、哲也さんが述べた一部。
 安倍首相が拉致問題を解決できていないと批判する人々に対して、「安倍総理・安倍政権が問題なのではなくて、40年以上も何もしてこなかった政治家や、『北朝鮮なんて拉致するはずないでしょ』と言ってきたメディアがあったから、ここまで安倍政権が苦しんでいるんです」と述べた。
 安倍政権が最重要課題とする拉致問題に進展は見られないが、そこの評価は別に置くとしても、政治家が長きにわたって行動しなかったこと、メディアが拉致に否定的だったのは事実であった。小泉総理が訪朝した2002年9月17日の日朝首脳会談で金正日総書記が日本人拉致を認める前までは。
 能代市では1963年4月1日に浅内浜で2人の死体とゴムボートが見つかり、同年5月10日には米代川河口に1人の遺体が上がった。北朝鮮の工作員だった。大々的に報ずる北羽紙を読んだ小学生時代の記憶がある。しかし、いつの間にか忘れられ、むしろ北朝鮮を礼賛する声が能代にもあり、日本海沿岸の危険性を説く報道はなくなった。警察は警戒を続けていたのに。
 1992年に能代市の落合浜から消えたとみられる旧合川町の松橋美恵子さん(当時26歳)、1973年に能代に行くと言ったまま戻っていない旧峰浜村の薩摩勝博さん(当時23歳)が拉致の可能性を排除できない特定失踪者となったが、失踪情報が明かされることはなかった。2人を心配する声はあり、不明者の噂(うわさ)もあったのだが。
 能代で3月にロケが行われた映画「めぐみへの誓い」の完成が間近。現状打開に向けて心一つになるよう上映を応援したい。(八)


 

五能線沿線の観光の目玉が…

(6月11日)

 能代山本の住民にとって五能線沿線、国道101号沿いの旅はいつの季節も魅力的である。
 首都圏の若い夫婦の2組を別々に案内、青森県深浦町の十二湖に案内、不老不死温泉に宿泊、翌日は鯵ケ沢町まで足を伸ばして、「海の駅わんど」などを巡り、イカ焼き村で魚介料理を堪能した。
 また、東京在住の能代市出身者が能代の役七夕の頃に帰省した折、高さ20㍍の山車の壮大な運行が話題を呼ぶ五所川原市の立佞武多を見たいと望めば連れて行き、深浦や鯵ケ沢の「観光地」に立ち寄った。
 その中で、絶大な人気だったのが鯵ケ沢のイカ焼き店にいる秋田犬の「わさお」。
 「不細工だけどかわいい」というブサかわ犬で、捨て犬がおばさんに育てられた物語と、わさわさした毛並みやデカ鼻、愛嬌(あいきょう)ある表情が話題となって、写真集の出版や映画化、JRの観光駅長に就任と大活躍し、旅の途中に出会った当方も、都会の彼・彼女も「カワイイー」と嬉々としてその姿をカメラに収めた。
 深浦町の高台にある25年前にオープンした観光施設のウェスパ椿山も人気スポットだった。「白神の自然に恵まれた食べて、遊んで宿泊できるアミューズメントリゾート」が売り。
 かわいい展望モノレールに乗り、夕陽を眺めながら開閉式展望温泉に入り、レストランで地魚を味わい、コテージに泊まったお土産は「つるつるわかめ」。
 ガラス工房が目当ての東京の人は、製作工程を見学、ガラス玉のアクセサリー作りを体験した。
 「わさお」が8日、静かに命を終えた。推定13歳。人間の年齢では80─90代。いつか別れが来ると思っていたが、やはり残念である。
 ウェスパ椿山は9日、10月31日をもって全営業を終了し全施設閉鎖すると「お知らせ」を出した。業績不振にコロナが追い打ちをかけた。
 五能線沿線の観光の目玉が2つ欠ける。新たな資源を掘り起こしたい(八)


 

〝けどばだ〟の百花繚乱

(6月8日)

 「けど」、「けぁんど」は秋田弁の道路の呼び方だが、先日ある女性が「私はてっきり県道のことだとばかり思っていた」と話し、周囲に「だあ~」と笑われていた。すると、「じゃあなぜ道路を『けど』と言うのよ」と質問されたが、語源をすぐに思い出せず、「はて何だっけ」とお茶を濁した。
 気になって翌日調べると、「なんだ、そんなことも忘れていたのか」と自分にあきれた。町と町を結び、都市と都市をつなぐ重要な道路である「街道」が訛(なま)った方言だった。ただ主要道ばかりではなく、通路、小路など歩ける道全般に「けど」が使われていて、中高年の会話に頻繁に出てくると気付いた。
 長い付き合いの年上の男性と出会うと、「けどばだの花っこ、きれいだな」と話した。飲食店街の街路樹の桝(ます)の雑草が取り除かれ、植えられたマリーゴールドや千日紅(せんにちこう)、サルビアが色鮮やかに咲いていることを伝えたのだ。
 「けどばだ」つまり「道路端」に咲く花。そういえば近所に小さなピンクの花があふれんばかりに咲いているのを思い出し、近寄ると二つの品種らしく可憐(かれん)という言葉がぴったりだった。市道沿いの街路樹の木は病気か何かで切られたが、高齢で亡くなった人が自分の家の前の桝に植えた花らしく、世話をしている女性によると年々増えているという。彼女も自分も花の品種は分からず、植物に詳しい同僚に判別してもらうと、カタバミとナデシコだった。
 それで街を歩いて街路樹の桝を見てみると、雑草ボーボーも目立つが、手入れが行き届いて、いろいろな花が咲き乱れていた。
 いまだ見分けがつかないが、いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)、あるいは花菖蒲(はなしょうぶ)もしくはジャーマンアイリスがあちこちに。マーガレットではなくフランスギク、真っ赤な花が満開のバラ、そして品種は知らないけれど楚々(そそ)とした花、凛(りん)とした花も。
 コロナ退散を願いつつ、過ごしやすい今の季節の百花繚乱(りょうらん)を楽しみたい。                          (八)


 

アベノマスクが届いて

(6月3日)

 新型コロナウイルスの感染防止でマスクの需要が高まり、買いだめ、品薄、不足、高騰と騒動が続いたが、幸いにもその渦中にはまることはなかった。
 病院に通院している家人にマスクは欠かせないため一定量を常備、またインフルエンザ対策で買い増したからで、コロナの感染でマスクの着用が求められた時期に慌てなくてもよかった。
 また、スーパーやレンタル店、本屋に行く時はマスクはするが、家にいる時はもちろん、人のほとんどいない戸外に出掛ける場合は着けないので、都会の人のように常時着用によって毎日一つを廃棄することもなく、廃(すた)りのペースも遅い。
 仮にコロナが長引いて、マスクがさらに当分必要だとしても、不足は解消され、能代山本のスーパーやドラッグストアにも流通、しかも値段もだいぶ下がって、買い求めやすい状況になっている。
 さらに言えば、机や書類棚を整理していたところ、8年ほど前に健康保険組合が家庭常備薬の注文を斡旋(あっせん)、その宣伝用にマスク2枚を寄越していたのを見つけた。そのうえに、カバンから「振り込め詐欺にご注意!」のキャンペーンで渡された不織布マスク2枚も出てきた。
 先日は、知人が手作りの布マスク2枚を「使って」とくれた。浴衣生地を活用、夏向きにぴったりだ。
 自宅ポストにガーゼ製の布マスクが入っていた。政府がコロナの緊急対策として全世帯に2枚ずつ配布するのが、届いたのだ。賛否があり、揶揄されてアベノマスクと呼ばれている代物。
 5月16日に東京在住の先輩から「アベノマスクが届きました。家宝にいたしマスク。関西方面もまだなよう。その頃にはコロナ騒動が終わるコロナ!」と寒いダジャレ入りのメールが届いた。
 それから17日後、マスク環境が改善された時期に能代にようやく到着。家宝ではないが、とりあえず「いつか」の時に向けて保管する。第二波が心配されているのだから。(八)