「おっとり刀」を誤用し赤面

(3月30日)

 読者の50代の女性から「『おっとり刀』と書いていましたが、意味が違うのではないでしょうか」と指摘を受けた。その時は「そうでしたか」とあいまいに返事したが、後で調べると、「しょしー」、己の言葉の理解のいい加減さに赤面の至りとなった。
 今月10日付の本紙1面コラム「渟城雑記」に「警察署長のスノボ」と題して、北秋田署の50代の署長と20代の女性署員が2月、勤務時間中に管内のスキー場でスノーボードをした問題を取り上げた。スノボの目的は昨年12月半ばにスキー場で死亡事故があったため、現場の確認のためだったとのこと。 
 事故から2カ月近くもたった確認は、間が開き過ぎていてずいぶんのんびり、おっとりしていると感じた。そこで「おっとり刀でいくものなのか」と記したが、「押っ取り刀」は「急な場合に腰にさす間もなく、急いで刀を手に取ること。大急ぎで駆けつけるさまにいう」(広辞苑)そうで、彼女の指摘通り真逆の誤用だった。間違いやすい慣用句の使い方に細心の注意が届いていなかったのだ。
 それで、友人からの質問を思い出した。「『津軽のもっけ』と『もっけの幸い』の『もっけ』はどう違うのか」と。
 「もっけの幸い」は「思いがけない幸せ。意外な幸運」のことで、「もっけ」は「物怪・勿怪」、なかなか出会うことのない「もののけ」や異変に思いもかけない良い運があることを言うようだ。
 一方、あまり使うことも聞くこともないが、方言辞典では秋田や青森では「もっけ」は「ヒキガエル、赤ん坊、田舎の子」を指すそうだが、彼が問う「津軽のもっけ」とは異なる印象。秋田市や大館市には「津軽のもつけ」と、「つ」が大文字の焼鳥屋があったが、まさか「モツ(内臓)け(食え)」でもあるまい。
 そこでいろいろ検索すると、「お調子者、熱中する人」を「津軽のもつけ」と呼ぶ、が見つかった。語源は古語の「うつけ」。
 お調子者を秋田弁ではどう言うか。次の宿題に。(八)
 


 

郷土料理、所変われば

(3月17日)

 男鹿温泉郷の旅館に先月末、1泊した。知人が購入した県のプレミアム宿泊券を期限までに使いきれなくなったのを譲ってもらい、宿に電話するとたまたま1室が空いているというラッキーが重なったのだが、初めて食べる料理に出会ったのも幸運だった。
 男鹿名物の焼いた石を新鮮な魚介と汁を入れた木桶(きおけ)に投げ込んで音と湯気の演出を楽しむ「石焼き料理」ではなく、「あんぷら餅」である。
 「あんぷら」は、男鹿周辺の方言で「じゃがいも」のこと。すりおろしたジャガイモに片栗粉などを加えて餅状にしたもので、米に次ぐ準主食のジャガイモをより美味(おい)しく食べる調理法として古くから食されている伝統料理だとは知っていたが、能代山本ではあまりなじみがなく、何十年も生きてきても食べたことがなかった。
 薄醤油(しょうゆ)味の汁に、鶏肉、ゴボウ、セリが入っており、きりたんぽ鍋のようであったが、丸い平状の「あんぷら餅」はほんのりと芋の甘味があり、やさしい味であった。県教委の「秋田のことば」によれば、「あんぷら」はオランダ語の「aard appel」(土のリンゴ)に由来するという。なるほど。これならば郷土食として脈々と受け継がれていくと感じた。
 ふと、20年以上も前だったか、鹿角市の人の葬式に参列したあとの法要の席で出てきた料理を思い出した。ゆで卵のような形の白い団子にセリやシイタケが入った澄まし汁で、団子をかじるとクルミをすりつぶした甘い餡(あん)のようなものが出てきた。
 「けいらん」。その名のとおり、見てくれは「鶏卵」であった。鹿角地方の伝統料理。能代山本の法事ではありえないが、「所変われば…」を実感した。
 とある店の先日の「お通し」は、アサツキの若芽の「ひろっこ」とイカの和(あ)え物だった。味の春到来を感じたが、「ひろっことニシンの味噌貝焼(みそかや)ぎ」を久しく食べていないことに気付いた。春告げ料理だというのに。
 春、郷土料理を見直したい。(八)