
1970年万博のタケノコ
大阪・関西万博は来場者の評判が上々のようだ。ただ、周囲で「行って来た」という人や、「行く予定だ」という人はおらず、いまひとつ関心が高まってこない。
55年前、1970年の大阪万博を見に行った。小学2年生の春休みだった。シンボルの「太陽の塔」の迫力に圧倒され、アポロ11号の宇宙飛行士が持ち帰った「月の石」が展示されているアメリカ館をはじめ、世界各国のパビリオンを見学、「動く歩道」や「回転ドア」を初体験し、外国人と接するのも初めてと、わくわくの連続だった。
前の年の農作業が一段落後、祖父が万博関係の工事の出稼ぎに行き、開幕間もなく祖母と自分たち孫2人を大阪に呼んで万博を見学させてくれた。
話は変わり、大阪から帰郷する際、祖父は関西からタケノコの根か何かを持ち帰り、高台にあるわが家の畑の斜面に植えたようだ。畑はその後、耕作放棄地となり家族が足を運ぶ機会も少なくなっていたが、平成10年に祖父が亡くなって少しして、その畑に行ってみると、立派な竹がいっぱいあった。
翌春には、孟宗竹のようなタケノコがにょきにょきとあり、タケノコ掘りに精を出すことになった。調べてみると「真竹」という品種で、掘りたては軟らかくて味は格別。以来毎年、5月に入ると“収穫”し、旬の味を楽しんだり知人にお裾分けしたりしている。
今年もシーズンに突入し、何度か繰り出した。長年、自然の中で過ごすのどかなひとときだったが、近年はクマとの遭遇を警戒しながらの緊張の時間でもある。「来ないでくれ」の願いを込め、周囲に鈴の音を響かせている。
(池)