2021五差路

 

にぎわい戻る夏に

(2022.6.20

 最近、新聞やテレビで頻繁に見聞きする「3年ぶり」。新型コロナウイルスの影響で中止されていた多くのイベントが復活しようとしており、北羽新報でも見出しになることが増えている。 
 新型ウイルス感染者は、全国的に減少傾向。本県は今月10日、入院・療養者の状況も踏まえ、警戒レベルを「1」に引き下げた。一時は新規感染者が1日40人を超えた能代山本だが、1桁まで減っている。
 年明けに始まった能代山本の感染拡大では、地域活動の自粛に伴い記者からの出稿量が激減。紙面作りに当たり、少ない記事でスペースを「どう埋めようか」と苦労した。
 感染が落ち着いた今、その頃と状況が一変、豊富な原稿に助けられている。今度は、あふれる記事を「どうさばこうか」と苦心。うれしい悲鳴だ。中には長く掲載できないものもあり、取材先から「いつ頃、載るのか」といった問い合わせを受けることも。
 マスク着用の緩和が議論され、外国人観光客の受け入れが再開するなど、感染防止と社会・経済活動の両立を図る「ウィズコロナ」の取り組みも本格化している。
 能代山本では能代の花火やこども七夕、白瀑神社のみこしの滝浴び、世界じゅんさい摘み採り選手権大会、弊社の400歳野球大会などが3年ぶりに行われる。待ちわびた住民も多いはず。
 また少しコロナ前の風景に近づきそうだ。ただ、感染対策はこれまで同様しっかりと。どのイベントも細心の注意を払い開催する。油断することなく、楽しみたい。にぎわいの戻る夏を願う。(工)


 

待望の3往復、定着を

(2022.6.5

 大館能代空港でカメラを構え、到着する飛行機を待ったのは平成10年7月18日の開港日以来だった。大型連休直前の4月28日、同空港の東京(羽田)便が待望の3往復となり、その第1便を写真に収めた。
 新たに加わったのは羽田発午後1時5分(大館能代着2時15分)と、折り返しの大館能代発午後2時55分(羽田着4時10分)の1往復。初日の羽田からの搭乗者何人かに話を聞くと、これまでは午前便は羽田発8時55分、夕方便は大館能代発6時30分だったため「朝は慌ただしく、夕方便は家に帰ると夜遅かった。ちょうど使いやすい時間帯」と歓迎していた。
 この「昼便」は、コロナ禍による需要減退もあり、当面は金曜から日曜日の週末の運航となる。3往復定着には、来年10月までの利用実績が課題となり、県北圏域住民がいかに多く使うかも試される。
 ただ、近年は青森県弘前市周辺住民の同空港利用が増えているという。高速道路網整備で時間的距離が短縮されたこと、駐車場が無料なことなどから地元の青森空港より大館能代を選択しているようだ。空港利用促進協議会(事務局・大館市)には青森の自治体が10市町村も加盟した。これは、開港前の空港建設運動の際は想定もしていない動きだ。
 空港ビルの外で到着便の写真を撮影していたら、近隣からビル内のレストランにランチを食べに来たというご婦人2人組に「この飛行機に誰か乗ってきたんですか」と声を掛けられた。ビル内は節目の祝賀ムードだったが、地元の2人は3往復化を知らなかった。さあ、みんなで乗ろう「ちょっとそこから、ずっと遠くへ」。(池)


 

地震の恐怖、8歳の記憶

(2022.5.26

 昭和58年5月26日の正午前。小学3年生だった私は、週末に開催を控えた運動会の予行練習で校庭にいた。練習もほぼ終わり、グラウンドにしゃがんでいた時だった。突然の大きな揺れと「ゴー」という地鳴りのような音が響き、木造校舎の外壁や窓ガラスが今にも壊れそうだった。あまりの恐怖に声が出なかった。気が付くと、足元には無数の亀裂が走っていた。
 午後は休校となり学校を出ると、朝は何ともなかった通学路の至る所で隆起や地割れが発生し、水もあふれていた。友達の家に立ち寄ると、床の間の畳が大きく盛り上がっていた。幸いにもわが家は無事だったが、集落を回ってみると無残な姿となった家が何軒もあり、ただただぼう然とした。
 その後は地震の被害や津波にのみ込まれた人たちの捜索活動などを伝えるテレビや新聞にくぎ付けに。水道がストップしたため、給食はしばらくパンだけになったほか、おぼんを洗わなくてもいいように「紙」を敷いて食べた──。そんなことも思い出される。
 日本海中部地震から39年。私の地震体験談は、いま記したことでほぼすべてだが、それでも津波をはじめマグニチュード、液状化現象といった用語を認識したのはこの時であり、中部地震がなければもっと先だったはず。何より地震は恐ろしいものだと、当時8歳の少年には強烈に刻み込まれた。
 きょう26日は「県民防災の日」。行政が開催する訓練に参加するのは難しくても、身の回りの備えを確かめたり、実際に体験した人は当時を思い浮かべるだけでも「防災力」は高まる。今年もそんな意義ある日にしたい。(平)


 

感染者情報開示の縮小

(2022.5.19

 これも「ウイズ・コロナ」に至る過程なのだろうか。新型コロナウイルス感染者の発生に関する公の情報開示が「縮小」している。片手間で済ませる作業になっているのか。知らせるまでもない、ありふれたことにしたいのか。耳に入らないよう目に触れないようにしたいのか。腹の中のあまのじゃくがのっそり鎌首をもたげる。
 日々の感染状況は県が公表する。症例1件ごとだったが、2月に大幅に簡素化され、保健所別や全県の合計人数が中心になった。感染者急増に伴う保健所の業務負担増大が理由だった。
 4月下旬、問い合わせ先が「県新型コロナウイルス感染症対策本部保健医療対策部広報班」に変わった。先日、広報班とは「毎日交代で来て『紙』(公表用の資料)を作って、報道対応をする」のだと知った。電話口の職員は本務ではなく、「紙」以外は承知しない。
 県人事課は県職員が感染した場合の公表基準を変えた。4月はざっと数えて80人を超えたが、大型連休からは発表ゼロである。
 さて、能代市は。市教育委員会は今月6日、感染に伴い学級閉鎖などの措置を講じた学校名を公表しないと決めた。これに「合わせる」と、市子育て支援課は臨時休業等とした放課後児童クラブと保育所の名称を公表しないとした。
 当事者への配慮は当然だが、実際を不明瞭にする情報の抽象化や骨抜きは、何を生むのだろう。慣れか、無関心か、詮索か、素知らぬ振りか、はたまた日常化か。報じることが悪のようにも言われる昨今なのだが、「コロナの話」をお日さまの下で声を潜めず話せるようになる日が来ればと思う。(渡)


 

きさぎ氏に「アッパレ」

(2022.4.30

 北羽新報の第2社会面に連載の4コマ漫画「アッパレ君」は、きょう30日で終了する。作者のきさぎのぼる氏からは毎週、1週間分の原稿が郵送されて来ていた。それも12日消印の作品で最後となった。
 届くと、掲載日の指定がある作品以外は、内容などをチェックして掲載する日を決めていた。例えば、春の花を題材にした作品。作者の住んでいる関東地方だとすでに咲いているようでも、能代山本ではまだ早かったりすると、掲載を先送りするといった具合に整理していた。
 作品にはストーリーやオチが瞬時に理解できるものもあれば、作者の発想についていけず、少し考えてから「なるほど」と納得するものも。社内の誰よりも早く読めるのが担当者の特権で、「今回はどんな作品なのか」と楽しみにしていた。
 アッパレ君は27歳のサラリーマン、しっかりママと4歳児の3人家族という設定で、連載が始まったのが昭和62年5月1日。きさぎ氏は当時、「会社、家庭を中心に世相をチクリと風刺しようと思いますが、見事に傑作が出来ましたらアッパレとご声援ください」とのコメントを本紙に寄せている。
 その、きさぎ氏が26日に亡くなった。今月上旬、高齢、体調不良により「月末で連載を終えたい」との意向を伝えてきていたが、28日夜に訃報が届いた。家族の話では「生涯漫画を描き続けたい」と言って最後まで頑張り、人生をまっとうしたという。
 35年間にわたる連載、本当にご苦労さまでした。「アッパレです」。ご冥福を心よりお祈りいたします。(工)


 

梅にウグイス、桜には?

(2022.4.14

 桜前線が北上し、能代市内でも日当たりの良い場所では開花してきた。春の街は市長・市議選の真っ盛りで、各候補者は文字通り「サクラサク」の吉報を目指し、17日の投開票日に向け、支持拡大をと奔走している。
 桜より一足早く花が咲いた梅に合わせるように、選挙カーからの「ウグイス」の声が響き渡る。鳴き始めからだんだん美声となるウグイスに対し、選挙カーのウグイスは日を追うごとに声をからす場合もある。
 市民に最も身近な選挙は、新型コロナウイルス感染防止で4年前と様変わりし、前哨戦の大きな集会などはなく、有権者へのあいさつもマスク越し。選挙期間も握手戦術など、従来のスキンシップは図られず、人を集めての街頭演説も控え、ウグイス嬢や本人が声を大にしての名前の連呼での遊説が中心となっている。
 注目の〝春の陣〟だが、コロナ禍で前哨戦から運動が控え目なこともあってか、市民からは「盛り上がりに欠ける」との声が聞かれる。近年、投票率は低下の一途をたどっているが、自分が住む町の将来を描く重要な選択の機会だ。投票当日が無理でも、「期日前投票」がある。大事な一票を行使しよう。18、19歳の有権者にとっては「大人」として迎える最初の選挙となる。
 さて、「梅にウグイス」なら桜には何かと、似合いのものをさまざま検索してみたが、特にはないようだ。満開の桜花の下で酒宴を楽しみしこたま飲んだ酔客たちの「千鳥足」が見られたのは、コロナ禍前の、遠い昭和の時代か。(池)


 

日常を取り戻す年度に

(2022.4.3

 4月になった。年度の始め、通常なら心機一転、さあ頑張ろう、という時だろうが、相変わらずの新型コロナに加え、ロシアのウクライナ侵攻、原油・原材料の高騰、頻発する不穏な地震等々、何だか気分が浮かない。
 それにしても連日、値上げのニュースだ。主なところでは、チーズ(雪印メグミルクなど)や食用油(日清オイリオなど)、レトルトカレー(大塚食品)、トマトケチャップ(カゴメ)、トイレットペーパー(日本製紙など)、タイヤ(ブリヂストンなど)、蛍光灯(パナソニック)が今月から値上がりする。人気の駄菓子・うまい棒(やおきん)は40年以上続いた税抜き1本10円が12円になる。
 値上げは5月以降も続き、コカ・コーラの1・5㍑サイズ、東洋水産や明星の即席麺、永谷園のお茶づけ海苔(のり)などが予定されるほか、「ユニクロ」のファーストリテイリングが衣料品を8月までに値上げすると発表済み。財布への打撃は必至だ。
 値上げに伴い、賃金まで上がってくれるのならいいが、コロナや原材料高の厳しい経営環境では期待薄。国は賃上げ促進のため、4月から賃上げに積極的な企業の法人税を大幅に減税するが、物価上昇を自社の製品価格に転嫁し、利益が上がった分を従業員の賃金に回せる企業が、能代山本にどれほどあるだろうか。
 ともあれ、今私たちを苦しめ、暗たんたる気持ちにさせている「諸悪」が一つ解決しただけでも、世の中はぐっと明るくなっていくだろう。令和4年度が「日常」を取り戻していく年度になることを願いたい。(平)


 

少子化、また一段階

(2022.3.26

 「令和3年」の秋田県年齢別人口流動調査報告書が公表された。1年間の人口の動きがどうであったか、前年10月から当年9月までを集計した調査で、暦年でも年度でもなく、学年とも半年ずれるので使い勝手がいまひとつで、どんなもんかなあと眺めていて、嘆息というか、驚きというか、目が点というか。出生数である。
 令和3年(2年10月から3年9月まで)に生まれた子どもの数は、能代市230人、藤里町4人、三種町40人、八峰町13人。
 ちなみに3年10月1日時点の100歳以上は能代市48人(うち男性1人)、藤里町3人、三種町15人、八峰町8人。ご長寿、御同慶の至りに存じます。
 過去の出生数も見てみた。
 2年=能代市211人、藤里町4人、三種町51人、八峰町23人。
 元年=能代市208人、藤里町6人、三種町47人、八峰町26人。
 平成30年=能代市241人、藤里町11人、三種町55人、八峰町22人。
 4市町の合計は、令和3年287人、2年289人、元年287人。平成30年が329人。もう少し、さかのぼると、29年は345人、28年は388人、27年は323人。少子化の基調は、令和に入って、また一段階、進んだ感がある。…ように見える。
 さて。弥生3月卒業・卒園、4月は入学・進級と、子どもたちの成長に目を細めるうちに、選挙の春もやって来る。少子化、人口減少が、大きな課題であることは、言わずもがな。首長選にしろ議員選にしろ、立候補(予定)者の皆さんの、まずは認識を、きっちり拝聴したいものである。(渡)


 

天気取材の記憶

(2022.3.15

 新聞を読んでいると、ある写真に目が留まった。2月21日付の八重山毎日新聞(沖縄県)の記事。「今冬一番の冷え込み 伊原間で11・5度観測」の見出しで、写真説明には「吹き付ける北風を避けるように建物の陰で身を寄せ合うスズメたち」とあった。
 同じ日の能代市の最低気温は氷点下2・7度だから、こちらに比べると、随分と暖かいのだが、写真のスズメは、羽毛を膨らませて丸くなり、目を閉じ、5羽でかたまり暖を取っているようで、厳しい寒さに耐えている様子が伝わってきた。
 駆け出し記者の頃、天気取材をよくした。苦労したのが写真。「台風接近」でずぶぬれになり、「大寒波」ではかじかむ手でカメラを構えた。
 被写体が定まらない時があり、それが最も大変だった。例えば「真夏日」を観測したとすると、海やプールで撮影するのが常套手段。ただし暑さを報じるたび、同じような写真ではいけない。そこで頭をひねるのだが、異常な暑さが続いた夏、ネタ切れに陥った。
 また、暴風雪の取材に出た。デスクに人を入れて写真を撮るよう指示されたものの、外に人の姿がない。人にこだわっていたら、夕方になっても写真が決まらず、「どうしよう」と途方に暮れた。すると、ある公園に雪だるま。目も鼻も口もある。吹雪の中でシャッターを切り、会社に戻ったら駄目出しされた。
 今冬の能代山本は、記録的な大雪に見舞われた。取材に当たった記者も苦労したに違いない。沖縄のスズメを見て昔の記憶を思い出した。(工)


 

日大前理事長の権力

(2022.3.7

 わが社には購読紙のほか交換紙とする全国の地域・地方紙、さらにさまざまな業界紙が届く。その中に、学生たちで毎月20日に発行を続け、昨年で創刊100年を迎えた「日本大学新聞」もある。トップ記事の見出しで「新生日大へ不退転の一歩」と打った1月20日発行の紙面は、これまでと一変した。
 いつもは学内の明るい話題や運動部の活躍などを大きく報じるが、所得税法違反で前理事長が逮捕・起訴される不祥事を受け設置した「再生会議」の動きや、問題についても緊急連載、学生たちの怒りの声などに紙面を割いた。
 日大は平成30年5月、アメリカンフットボール部員の危険タックル問題が連日報道された。その際、「日大新聞」はそれに触れることはなく、今回の一連の事件も取り上げず、関連記事の掲載はタブーなのかと受け止めていた。
 今号の1面コラム「清流」で、筆者の学生はこれまでの苦悩をつづった。タックル問題を一切報じなかったことに「大学の圧力を受けたわけでないが、いわゆる忖度(そんたく)は間違いなくあった」とし、前理事長らの事件には「書けば何らかの報復があるのではないか、新聞発行が続けられなくなるのではないか——。誰もがおびえていた」と明かした。
 それでも熟議を重ね、事件を全面的に報じようと結論付けた。新理事長・学長が記者会見で、前理事長の影響力排除への覚悟を示したことで、前に進もうと決断した。
 前理事長の権力の前に役員や教職員、学生までもがおびえていた構図が浮かび上がる。学生のコラムは「母校再生への道筋を報じたい」と締めくくっている。 (池)


 

店舗進出なぜ乏しい

(2022.2.25

 男鹿市で4月の開業に向けて建設中のショッピングモールに、「無印良品」が出店するとの報道が先日あった。「うらやましい…」。こんな感情を抱いた能代市民は、かなり多かったのではないだろうか。
 「無印」の本県出店は秋田市の2店舗に続く3店舗目。秋田魁新報の報道によると、取り扱うのは生活雑貨、食品、衣料品など約7500品目、売り場面積は約1700平方㍍で、何と東北最大という。「それがなぜ、男鹿に?」。私は「うらやましい」を通り越し、悔しく、ショックすら覚えた。
 この感情に至ったのは、たぶん根底に、昨年11月に東能代地区に開業したモール型商業施設「イオンタウン能代」があるから。思えば開業前、秋田市の「イオンモール秋田」にはあるようなあんな店こんな店、能代を離れてしまったあの店この店も入居するのではと、周りは盛り上がっていた。「無印」も待望論があったお店の一つ。これがもし能代への進出だったら、市民は歓喜に沸いたはずだ。
 市内のある不動産業者に「能代って、そんなに魅力がないんですかね?」と聞いたことがある。それに対する回答は「大館と能代、それぞれを中心にコンパスを回してみたら分かる」だった。大館の周囲には鹿角、北秋田、県境を挟んで弘前があるが、能代は円の左半分は人がいない海。なるほど。
 そう考えると、能代はお先真っ暗のようにも思えるが、業者によればそうした条件でも能代進出をうかがう全国チェーンの話が何社か聞こえているという。実際に出店したら、市民は歓迎します。そういうお店、間違いなく好きなので。           (平)


 

電力供給の安定

(2022.2.18

 能代山本は記録的な豪雪だが、今ほど雪が多くない印象だった正月明け早々、能代市二ツ井町濁川地区で、雪の影響で電柱が倒れたため集落がほぼ半日停電した。寒い季節でもあり住民は不便を強いられただろうが、それでも現地の悪条件を勘案すれば復旧作業は極めて迅速だと感じた。
 豪雪・寒波は海外でも多いらしく、先日は米国・ニューヨークで猛吹雪のため大規模停電が発生、交通網もまひしたという報道があったが、そのニュースに対する米国滞在経験があるという読者のコメントが示唆に富むようで興味を引かれた。
 指摘によると、米国はガスを使わずに電気だけに頼っている、いわゆる「オール電化」の家庭が多く、しかも電力自由化に伴って中小の電力会社が乱立し、停電も頻発する上に停電時は必ずしも対処が素早いとは限らない。そのため冬季の停電は生死に関わる場合もあるという。
 翻って先日の二ツ井町内での停電では、電気がない状態がほぼ半日に及び、住民はさぞかし不安だったと思われるが、狭い道路、雪の中の不安定な足場といった悪条件にもかかわらず、復旧作業は迅速なのだと感じた。
 能代山本の沿岸では今、風力発電所の建設計画が大規模に進もうとしている。再生可能エネルギーの導入・普及は歓迎すべきだが、電力供給源の拡大・多様化と、給電網の維持管理はまた別でもある。二ツ井町での復旧作業の様子を見るに、日頃は「あって当たり前」と感じる電気というインフラの安定がどうやって実現されているか、その一端に触れた思いだ。(岡)


 

感染相関図を作成して

(2022.2.3

 机の資料の山から、昨年12月の日付がある1枚が出てきた。タイトルは「新型コロナウイルス変異株(オミクロン株)感染者の濃厚接触者について」。当時、県は、オミクロン株陽性者と同じ国際線航空機に搭乗していた濃厚接触者の中に本県在住者がいた、ということを発表していた。少々の、懐かしささえ覚えた。小康状態だった感染状況も、今となっては、である。
 新型ウイルスはオミクロン株にほぼ置き換わり、全県的に感染は広がり続けている。能代保健所管内の感染状況を「相関図」にしてみて、実感した。端緒は想像の域にとどまるが、親しい間柄か、久々の帰省か、なじみの店か、いずれ楽しい時間だったろう。1勝を、上位大会を目指して、全力で臨んだ大会だったろう。残念ながら感染は、家庭へ、職場へ、学校へと入り込む。まるで野火のように。
 先月5日に「ゼロ」だった全県の感染者数(入院、宿泊療養施設入所、自宅療養の合計)は、2月1日時点で1939人。感染拡大スピードが速いことは素人目にも明らかで、第5波のデルタ株に比べて伝播性が高く、潜伏期間が短いということもうなずける。とすれば、なおさらに普段の暮らしを守り、活動や業務を継続するためには、基本的な感染防止対策をやり続けるしか防御策はないのだろう。それとて完璧も絶対もない。
 ウイルスに感染すること自体は責められることではなく、誰が悪いわけでもない。感染された方には一日も早い回復を祈るばかり。そして忙殺されているであろう保健所や医療機関など最前線に立つ皆さんへ敬意と感謝を。  (渡)


 

べた記事とコロナ

(2022.1.26

 たくさんのピースを組み合わせ、一枚の絵を完成させるジグソーパズル。全体像を想像しながらピースの形や色など細かい違いを見極め、つながるもの同士を選んでいく。脳のトレーニングにもなり、子どもから大人まで世代を超えて楽しめると、根強い人気がある遊びだ。
 新聞の編集レイアウトは、ジグソーパズルとよく似ている。紙面に記事を割り付ける際、まずは紙面全体の出来上がりをイメージ。そしてトップ記事を右上に置き、準トップやその他の記事をバランスを考えながら配置していく。記事を罫(けい)線で囲んだ「かこみ」がある場合は、それを最初に据えてから、記事を割り振る。
 一発でぴたりと組み上がることは、まずない。記事が長かったり、短かったり。そのたびに削ったり、延ばしたり、あるいは写真の大きさを変えたりし対処している。こうした調整で、重宝するのが1段見出しの「べた記事」。ニュースの重要度を表すのが見出しの段数ならば、最も低いものなのだが侮れない。10行、20行といった、わずかに空いたスペースを埋める切り札となる。
 そのため、大きな段の立つ記事ばかりではなく、行事の前触れやグラウンドゴルフ、将棋の結果など、べたとなる記事の出稿を記者に求める。
 能代保健所管内では1月、新型コロナウイルスの感染が急拡大。それとともに、べた記事が急増した。紙面を完成させるために不可欠なワンピース。いつもは歓迎するのだが、ほとんどが行事の中止や延期を周知する内容に辟易(へきえき)している。早期の収束を願う。  (工)


 

アスリートから元気を

(2022.1.23

 新年早々どか雪に見舞われ、その後も雪の日が多く、連日の除雪は足腰にこたえる。特に大変なのは除雪車が通った後の雪塊の処理だ。車庫の前に大きな“土産”が並び、その片付けは大仕事。高齢のひとり暮らし世帯などは、自力ではどうしようもなく、家から出られない事態になりかねない。
 そうした「除雪弱者」のため、近隣で助け合う光景が見られる。住民総出で雪を一掃する地区もあった。「自助」で行き届かないところを「共助」で補う温かい活動だ。生活の安全確保のための雪の処理だが、事故も多発しており、作業は安全第一を心掛けたい。
 還暦を過ぎた身には“厄介者”とも言えるが、子どもの頃、雪は何よりの遊び道具だった。昭和の時代は市町村はもとより、学校単位でも近場にスキー場があった。雪を活用したイベントもさまざまで、白銀に子どもたちの歓声が響き渡った。少子化、人口減少が進んで催しはどんどん減り、数少ない行事もコロナ禍で中止が相次ぐ。
 その雪、氷の上で熱戦を繰り広げるスポーツの祭典、北京冬季オリンピックは来月4日の開幕まで2週間を切った。東京五輪が1年延期され昨年夏の開催となったため、ほぼ半年での夏季大会とのリレーとなる。
 フィギュアスケート男子シングルで羽生結弦の3連覇なるか、スキージャンプ女子で高梨沙羅が悲願の金メダルを手にするか、世界舞台で好成績を挙げているフリースタイルスキー、スノーボードの日本勢はどうかなど、期待が高まる。気が沈みがちなコロナ禍、東京五輪同様、アスリートから元気をもらいたい。

           (池)


 

元気、希望伝える紙面

(2022.1.16

 全国の新聞社から当社に届く元日付「新年号」。正月休み明けに、各紙の“力作”に目を通すのが毎年の楽しみになっている。
 このうち北海道の「苫小牧民報」は、1面に「夢花火」と銘打って昨年打ち上げられた花火の大きな写真を載せながら、「夢を阻む要因はあちこちに存在する。一人一人の声を伝え、それらを一つ一つ取り除く、取り除くための努力を続ける」という編集局長の誓いを掲載。
 兵庫県の「丹波新聞」は、当地のNPO法人が開いた「社会的つながりプロジェクト」交流会への参加者20人が、グータッチで大きな輪をつくる様子の写真に、「笑顔を広げよう。もう一度。元気を出そう。もう一度」との文を添えた。
 長野県の「市民タイムス」は、巻頭に「夢へ進む 未来につなぐ」の大見出しを打ち、新型コロナウイルスが暮らしに変化をもたらす中にも、伝統行事を引き継いでいくとする関係者の思いを紹介。福島県紙「福島民報」は、「福島の復興や地域づくり、コロナの克服にもSDGs(持続可能な開発目標)の視点が欠かせない」として、SDGsに関する話題を20㌻以上にわたり特集していた。
 新年号は各新聞社が1年の幕開けにふさわしい内容を目指し、工夫を凝らして編集を行う。コロナ禍が長期化している中、読者に元気を、地域に希望の光をもたらしたいとの思いが、今年はどの紙面からも強く感じられた。
 コロナがまた、暴れ出した。終息の時もまた遠のいてしまったが、元気や希望の光は地域にともし続けなければ。そんな紙面づくりに今年も記者一同、取り組んでいきたい。

           (平)


 

満足度の向上、なぜ

(2022.1.8

 新年号恒例の市民アンケートは、1千枚配布し380人から回答を頂戴した。ご協力ありがとうございます。381人目と382人目の方、すみません、締め切りを2~3週間過ぎており、集計に間に合いませんでした。「あ、まだ出してない」と思い出してくださったのでしょう、ありがとうございます。
 何か手だてはないものかと思うのだが、集計は手作業だ。回答記入済みのアンケート用紙をセットしたらデータが出てくるなんてハイカラ(ハイテク?)なマシンはなく、イーチ、ニーイ、サーンと用紙をめくり、ひたすら数える。数え終わると、表計算ソフトや電卓の力を借りながら、足し算、割り算、引き算をせっせと。
 作業を進め、1人ひとりの意思が380人分の一固まりのデータになってきた時、気付いた。結果が、前回調査に比べ、総じてプラスの方向にシフトしている。例えば、斉藤市政の評価であり、新型コロナウイルス対策への満足度であり、市職員の仕事ぶりであり。
 満足度が高いこと自体は、悪いことではない。ただ、現状を肯定する傾向が複数の調査項目で一斉に出てきたのが、気にかかる。幸福度が上がった?満足のハードルが下がった?批判的な見方をすることそのものに嫌気が差している?それとも、手のひらで転がされている…わけではないと思いたいが。さて、なぜだろう、と思う。そして、回収できなかった618枚は、どのような意思が書かれるはずであったのだろうか、とも。
 一方、プラス傾向が進む中で横ばい圏内だったのは、市議会議員の仕事ぶりへの評価。さて、なぜだろうと考えてみてほしい。

(渡)


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