2022五差路

2023五差路

 

たばこに関する話

(2024.2.26

 同僚の記者が禁煙を始めた。社内は禁止されているため、愛煙家は外の喫煙スペースでたばこをくゆらす。かつて自分もそうだったのだが、この季節に肩をすぼめて吸う味はどんなものだろうか。
 入社した頃、記者の大半が喫煙者だった。それぞれの机には灰皿が置かれ、誰にも気兼ねすることなく吸っていた。大量の吸い殻、天井には煙が漂った。当時は当たり前だったが、あの環境の中でよく仕事をしていたなと思う。それが一人、また一人とやめ、今や少数派となった。
 厚生労働省の国民生活基礎調査によると、2022年の喫煙率は男性25・4%、女性7・7%。3年ごとに調べており、男性は前回(19年)から3・4㌽、女性は1・1㌽低下した。男性は01年で48・4%とほぼ2人に1人が吸っていたが、約20年が経ち4人に1人まで減った。
 喫煙が及ぼす害が広く認識されるようになったことや健康志向の高まり、たばこの値段の上昇など、やめる理由はさまざまだろう。
 自分の場合は、どうだったか。ストレス解消で吸っていたものの、逆にストレスを感じるようになっていた。社会が受動喫煙に厳しくなり、たばこを吸える場所が制限され、数を減らした。取材、またはプライベートで外出すると、常に「どこで吸おうか」と考え、喫煙場所を探していた。そうした煩わしさが嫌になった。
 だが、他人には「絶対にやめた方がいい」とは言い切れない。原稿を書いていて行き詰まった際、たばこに救われたからだ。一服は時に思いがけない着想を与えてくれた。(工)


 

東京に向け想定外の北上

(2024.2.11

 年明けからの穏やかな天気が一転、寒波が到来していた先月16日、私用で東京に向かうため搭乗予定だった大館能代空港─東京・羽田空港便が欠航となり、代替の移動手段をどうするか頭をひねった。
 前日は雪で3便(往復)すべてが欠航しており、その日のうちに航空会社から「搭乗便は欠航の可能性がある」とのメールが届き、対応を考え始めた。当日、降雪は収まってきたが、結局、低温で「滑走路凍結」による欠航に至った。
 行きは鉄路にし、最寄りの駅に車を置いてとも思ったが、帰りは空路での大館能代空港着なので、空港に駐車した方が便利と判断し、取りあえず空港に向かった。
 後発便に切り替える手もあったが、鉄路の方が安心とタクシーを呼び、JR鷹ノ巣駅に到着。後発の2便も欠航となったため、選択は「正解」だった。
 列車ダイヤを調べ、鷹ノ巣から特急で秋田に向かい、秋田新幹線「こまち」でという行程を組み、当初の予定よりは東京都心着が3時間程度遅れることを覚悟した。
 駅員に特急と「こまち」の切符を手配したところ、「もうすぐ到着する特急で新青森に向かい、北海道・東北新幹線の方が速い」と説明され、それに従った。東京行きで北上するのは想定外だったが、新青森駅から新幹線「やまびこ」に乗り、盛岡で自分が予定したより1本前の「こまち」とつながり、1時間早く東京入り。おかげで初日の行動はほぼ計画通りできた。
 翌日から県北部は穏やかな天候に戻り、18日に帰って来たら車には雪一つなかった。今回の欠航の顛末(てんまつ)は、有事に慌てず「急がば回れ」という年始の教訓か。(池)


 

おみくじは「大吉」

(2024.1.30

 年明け2日、家族で市内の神社に初詣に出掛けた。社殿でおはらいを受け、帰りにおみくじを引くと見事、大吉をゲット。1年のお守りにしようと財布にしまった。
 その後、秋田市へ買い物に向かい、せっかくだからと県内一の初詣客数で知られる有名神社にも参拝。ここでの運試しも、やはり大吉。2024年、この上ないスタートが切れた。個人的には。
 しかし世の中は、元日夕方に石川・能登半島を突如襲った大地震に始まり、翌2日には羽田空港で、被災地に物資を届ける予定だった海上保安庁の航空機と着陸した日本航空の旅客機が衝突し、海保の5人が殉職。正月早々、悲惨な出来事続きでの幕開けとなった。
 政治に目を向けると、自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で、年明け後も検察の捜査が続き、19日には国会議員2人と安倍派、二階派、岸田派の会計責任者ら計8人を立件。これを引き金に、3会派はいずれも派閥解散を決めた。党内の混乱はまだまだ続きそうな中、26日には通常国会が開会。政界の今後は波乱含みだ。
 決して穏やかとは言えないムードで始まった新年だが、そんな時こそ必要なのが明るいニュース。新型コロナウイルス流行前の生活にもようやく戻りつつある。鬱々(うつうつ)とした気分を晴らし、希望の光を照らしてくれるような明るい話題を報道部一同、一つでも多く取り上げ、読者の元に届けていく年にしなければならない。
 改めて見返したおみくじには「羽目を外すと一挙に調子を崩す」「失せ物出ず」など気になる御託宣も。浮かれず、やはり地道が一番と心して行く一年としよう。(平)


 

できるだけの支援の手を

(2024.1.18

 天気のいい日だった。取材して帰社し、原稿を書き終え、一息ついたころのこと。ほかに誰もいない報道部のテレビからアラームが鳴った。緊急地震速報だ。よりにもよって元日に。いや、自然は日取りを選ばない。能登半島を最大震度7の地震と、津波が襲った。被災の全体像をつかめないまま三が日が明け、15日で2週間が経過した。
 石川県の2~15日の資料から、被災状況を、ほんの一片知る。市町設置避難所の避難者は、発災翌日時点で全県19市町のうち16市町3万1811人、4日が最多の14市町3万3530人、15日時点は15市町1万6742人。
 その99~97%を能登北部と能登中部の9市町が占める。3市町は最長1週間、半数以上の住民が避難所に身を寄せた。孤立集落は、合計数が初掲載された8日時点で北部4市町の24地区3345人、15日時点は3市町15地区415人。
 避難も復旧も相当の長期に及ぶことは想像に難くない。何はさておき、この厳冬期をどう乗り越えるのか。集落の孤立解消は安堵(あんど)だが、再建の道筋は果たして描けるのか。能登中部以北の高齢化率(4年10月1日現在)は50%台が3市町、40%台が5市町、1町は30%台。20%台が9市町もある石川県では高齢化が進む地域だ。わが能代山本4市町は42・4%~49・7%(同)。人ごとではない。
 能代山本からも被災地へ支援に駆け付けている人たちがいる。見聞きしたこと、考えたことを、身近な人へ、できれば広く地域へ、話してほしい。被災地の苦境に思いを致し、できるだけの支援の手を。そして、少しでも、いつか必ずやってくる「その日」への備えを。(


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