退任インタビュー上 秋田洋上風力発電社長・岡垣啓司氏

能代、秋田両港湾区域で洋上風力発電事業を手掛ける秋田洋上風力発電(AOW、能代市日和山下)の岡垣啓司社長(53)が今月末で退任し、4月から筆頭株主である総合商社・丸紅の東京本社(大手町)に戻る。国内初の大規模商業運転開始から1年余りが経過した洋上風力発電。開発段階から建設、運転開始に至るまで5年にわたってプロジェクトを指揮してきた岡垣氏に国内初案件の苦労話や期待される地域経済への波及効果、今後の展望を聞いた。

(若狭 基)

ゼロからチャレンジ

秋田洋上風力発電社長・岡垣啓司氏
秋田洋上風力発電社長・岡垣啓司氏

──洋上風力の国内初案件で当時丸紅に所属していた岡垣氏に白羽の矢が立った経緯は。
 「平成23~27年の4年間、丸紅が日本企業として初めて英国・北海の洋上風力発電事業に参画した際、英国に駐在し最前線でプロジェクトマネージャーを務めていた。AOW案件が重要な段階に差し掛かったところで、英国4年間の実績を買われ、全体の指揮を執ることになり、30年からAOWの専任となった」

──丸紅にとって洋上風力事業の位置付けは。
 「丸紅は長年、国内外で電力事業を積極的に展開している。世界では2010年代に化石燃料である石炭やガスから再生可能エネルギーに本格的にシフトしコア事業になっていったが、洋上風力はまだ電力会社も総合商社も手掛けていない未開拓の分野だった。国内企業では、英国・北海のプロジェクトに参画した平成23年は丸紅しかなく、その後、多くの企業がフォローするようになった。洋上風力は再エネの中でも将来的に大きな成長が期待できる分野と見込み、日本の先駆者として取り組んできた」
 「日本の洋上風力市場は欧州に比べ大きく遅れている。欧州で多くの案件が事業化されていた平成26年にようやく能代、秋田港湾区域で日本初となる大型事業の公募が県により行われ、丸紅としても国内で実績を築くべく本命案件として取り組んできた。丸紅が先駆者としてやるべきと日本市場に飛び込んだ形になる」

──能代、秋田港のプロジェクトを振り返って。
 「チャレンジの連続だった。洋上風力は日本では前例がなかったので、体制作りなどすべてゼロから始めなければならなかった。丸紅が欧州で蓄積した知見・実績を糧に日本でも成功モデルをつくる意識で取り組んできた。洋上風力の経験がない日本人材だけの体制づくりは無理なので、欧州人材と日本人材を融合させた体制で進めてきた」
 「令和2年2月の着工とほぼ同時期に新型コロナがまん延した。完工まで丸3年間コロナと付き合う形となった。建設が始まった段階で対応マニュアルを定め、感染症対策を徹底した。予定していた欧州の人員を大幅に削減し、欧州の人が現場で指揮を執る予定だった大部分をリモートに切り替えてやらざるを得なかった。最低限の人員となり、現場はかなり混乱した」
 「3年8月にSEP船でクラスター(感染者集団)があり3週間工事を中断した。政府が3年12月から4年2月まで入国停止措置を取ったため外国の作業員が3カ月入国できず、風車の据え付け開始も3カ月遅れた。現場、AOW、鹿島建設の連携でキャッチアップでき、工期を守って完工にたどり着くことができた」
 「国が基地港湾に指定した秋田港について、国内で初めて国、県との間で賃貸借契約を締結し、利活用の実績をつくった。契約書をまとめるため、国、県との交渉に数カ月かかった。第1号案件としてAOWがつくった契約書は一般海域のこれからの事業者もひな形として使っていけるだろう。第1号案件としてレールを引けたと思う」

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